月蝕



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○○○なんかだいっきらい!【エイプリルフール番外2022】
7.ハルオミの嘘【三年前 レンジャーユニオン大講堂前にて】
7.ハルオミの嘘【三年前 レンジャーユニオン大講堂前にて】

 ああガッカリだ。大人になるって、なんてつまらないことなのだろう。
「俺、アズのこと大好きだぜ」
 あんなに初々しくてかわいかった友人が、今やサラリとそう言うのだから、つまらないことこの上ない。
 新年度の始まりの日。つまり今日は着任式。私たちの制服は、昨日までレンジャー養成学校の緑で、今日からは正規隊員の赤となる。着任式は隊員服ではなく礼服で出席が決まりなのだが、この日のためのオーダーメイドらしいスーツ姿のホシナハルオミは、他を寄せ付けない輝きを放っている。例え、先程壇上で恭しく頂戴した辞令を筒状に丸めて肩を叩いていたとしても、流石のイケメン御曹司だ。
 大好きだぜ。いつの時代のドラマだよ。クサくて笑っちゃいそうになる。イケメン御曹司にそんなこと言われて、平常心でいられる女子は多分そうそういないと思うが、私は一秒ほどポカンとしてからすぐに意図を理解した。
「懐かしー、それ。よかったわね、今日はヒスイ時代のシンオウ人にならずに済んだじゃない」
「ちょっとは照れるとか驚くとかしてくれ」
 彼の恋人であるユキが、親御さんの姿を見つけて走っていった直後のことだ。まさか浮気じゃあるまいし、これで浮気なんて言ったら年がら年中私に好き好き言い続けてるユキは何回浮気したことになるか分からない。私たち三バカトリオの間には不思議な愛情表現の流れがある。年がら年中好き好き言い続けられている私の方も、こんなとき返すための言葉を、やっと覚えはじめたところだ。
「ありがと、ホシナ」
 微笑むと、ん、とホシナは顎を引いた。少し照れくさそうに、彼もはにかんだ。
 何年か前、大好きチャレンジがユキとホシナの間で流行って、ホシナはなかなか言えなくて、いつもユキにからかわれていた。あの頃はまだ捻くれていて、アズサは乗ってやらなかった。乗ってたら言えてただろうか、今なら恥ずかしげもなく言えるのだろうか。あの頃ダイダイ連呼して真っ赤になってたホシナは、今、ぴしりとスーツを着こなして、涼しい顔で愛を語る。
 もうダイダイ言わないんだろうな。大人になるってつまらない、つまらなくって、なんか浮つく。でも、私たちも今日からは、半人前でも社会人だ。
「ココウなんて僻地に赴任したら、気軽には会えなくなるだろうけどさ」
 つっけんどんでも根は優しい。ずっと一緒にいたから知ってる。びし、と丸めた辞令で私を指して、ホシナは優しい声で言った。
「俺たちがいつでも、どこにいても、アズの味方だってこと。絶対忘れんなよ」
 ガラの悪いお坊ちゃんから、見違えて精悍になった友人が、まっすぐに目を見つめてくる。
 見た目だけでなく、内面までカッコよくなりやがった。在学中はよく私をライバル視して、張り合おうとしてきたが、本当はいつだって私の大負けだ。赴任というお別れが間近に迫ってもいまだ素直になれない私は、その目をからかって覗き込む。
「今日がなんの日だか分かって言ってる?」
「は? だから着任式……あー……」出鼻を挫かれたような顔をして、ホシナはセットされた髪の毛をわしわしと掻いた。「そういやエイプリルフールか」
 子供みたいなこと言ってんじゃねえよ、と文句垂れながら、子供の頃みたいに少し赤らめている頬。それでいい、置き去りに大人になんかならないで。
 レディススーツがまるで似合わないユキが、お待たせー! とパタパタ手を振りながら、こちらへ駆け戻ってきた。


とらと ( 2022/03/31(木) 21:32 )