6.ハリの嘘【二年前 ココウにて】
6.ハリの嘘【二年前 ココウにて】
「お前は最終進化系だ。これ以上進化することはない」
そうハリに言い渡されたときの、ちんちくりんのフカマルの表情ときたら。
「うそだ!」
「嘘じゃない。お前はもう進化しない」
「だっていつもマスターが、おれはじきガバイトになって強くなるんだってっ」
「トウヤは勘違いをしている。お前はもう進化しない」
ハリは被り傘の下の瞳を深遠に伏せて、ゆっくりと首を振った。元から青いフカマルの顔つきがますます青褪めたように見えた。さながら刑期を言い渡された囚人のようである。
春の風が、ハギ家裏庭の空き地にもそよそよと暖かく吹き込んでいる。オニドリルのメグミは半分うつらうつらしながら、ふふふ、とささやかな笑い声を立てた。元はと言えばハヤテが、あれこれと口うるさいハリに向かって「おれが進化したらハリなんか倒しちゃうんだから」と調子良く見栄を切ったのが原因である。最初は無視していたハリも、ハヤテがあんまりしつこく言うので、キレた。そして、理屈を捏ねはじめたときのハリはまあまあめんどくさい。
「そんな……うそだ……」
「ポケモンが基本的には二段階までしか進化しないことは知っているな。二段階までしか進化できないのは、俗に『進化パワー』と呼ばれる生来保持するエネルギーの総量が、二段階分までしかないからだ。ハヤテはすでに二段階の進化をして、その姿になっている」
「ち、ちがうよ! おれタマゴから孵ったときからこの姿だもんっ」
「それだ」
わめくハヤテに、ずい、とハリの真顔が迫る。ひ、とハヤテが後退りする。
「実は、ポケモンの進化とは、タマゴから孵るところも含めるんだ」
「そうだったの!?」
「タマゴから生まれたお前の進化前の姿は、タマゴであると言うことができる」
わたしもタマゴから生まれたので、タマゴ→サボネア→ノクタスと二段階進化をした姿ということになる、とハリは付け加えた。ハヤテはうんうん唸って考えて、それなら! と大声をあげた。
「おれは、タマゴ→フカマルの一段階進化しかしてないから、やっぱりもう一段階進化できるってことじゃないか!」
「いいや。ハヤテ、残念だが……」
ハリは静かに首を振った。深刻な空気を作るのがうまい。
「お前はタマゴから今のお前に進化するまでに、一段階、中進化をしていたんだ」
「そ、そうだったの……?」
「ああ、お前は覚えていないだろうが……」
ハリは座り込み、大きな手で、砂地に卵型の楕円を描いた。
そこから、四方に向かって、手足のように棒線を伸ばした。
「タマゴから手と足だけ生えたポケモン、タマテアシ……だ」
「これがおれの、進化前の姿……」
「ああ。ポケモンの中には、卵から孵るときにこの中進化を経由してしまうものがいる。残念だがハヤテ、お前は、タマテアシからフカマルに進化する過程で、二段階目の進化エネルギーをすべて消費してしまっている」
「そんな……じゃあおれは、ガバイトに進化してマスターの役に立つことはもう一生できないし、ハリを倒すことも一生できない……ってことなのか……」
しょげかえっているハヤテの丸い肩に、ポン……、とハリは手を置いた。
「諦めるな、ハヤテ。お前が正しい行いをし続けていれば、いつか奇跡が起こるかもしれない」
「奇跡……」
涙目になりかけていたハヤテは、少し輝きを取り戻して、ハリを見上げた。
「ハリ。おれ、やるよ……マスターの期待に応えたいから……! 教えて、おれは何をすればいい?」
先輩として、ハリは頼もしく頷いた。
「トウヤとわたしの言うことをよく聞き、勝手な行動やわがままな発言を慎むことだ。そうすればガバイトへの進化はおろか、この家より巨大なドラゴンへ進化することも夢ではない」
「分かった! おれ、がんばる!」
ハヤテは盛んに頷いた。それから、勝手口の近くで『これで君もドラゴンつかい!ゼロから始めるドラゴンポケモン育成指南書』を熟読しているトウヤの元へ走っていき、ぴょんぴょん跳ねて稽古の続きを乞いはじめた。
「……まあ、三日も保てば上等だな」
「ねえ、ハリ」
満足げに様子を見ていたハリが、なんだ、と振り向く。メグミは『タマテアシ』のイラストを示してから、こう問うた。
「家より大きいドラゴン、描いて」
やや沈黙してから、ハリはまたしゃがみ込んで、大きな手で四角を描いた。四角の上に三角屋根を乗せた。それから、棒線で手足を生やした。
「……」
「名前は?」
「……。『イエルドン』……だ」
「ふふふ」