4.アズサの嘘【四月一日 ココウにて】
4.アズサの嘘【四月一日 ココウにて】
「あ、お兄さん白髪あるわよ」
アールグレイの液面に物思いを沈ませる昼下がりが、趣のカケラもない声にぶった斬られる。まあ、トウヤが沈ませていた物思いとは、来るたびに紅茶を馳走になっているのに、いっこうに味の違いが分かる男にならないな、というこの世で最もどうでもいい物思いだった。だが紅茶を飲みながらアンニュイな顔をしていれば、こんなうだつの上がらないなりでも様になるというもので、邪魔された憤りは多少覚える。……嘘嘘、前言撤回。様になんかなりません。出過ぎたことを言いました。
「だったら何だ」
「用もないのに女性の家に入り浸って貴重な時間を浪費させる職業・家事手伝わないの甲斐性なしに親切に教えて差し上げたのに、逆に何、その言い草は」
「失礼な、家事は手伝ってる」
「他に反論すべきとこあるでしょ」
ファクシミリがベーと吐き出したばかりの紙を引きちぎって、一瞥だけして、アズサはそれもトウヤの前に並べた。アズサに回ってきた任務をトウヤに下請けさせているわけだが、本日の依頼事項はこれで四件目。駄賃が増えるならトウヤにはありがたいが、取り分は残してるのか本職レンジャーよ。
「じゃあ君の職業はなんなんだよ。他人の頭をジロジロ見て白髪を見つける仕事でユニオンから雇われてるのか?」
「ね、抜いていい? 私、人の髪の毛抜くの好き」
「ひどい趣味だな……」
新着ミッションは、ケチエンという南の田舎町で起こっているウソッキー属大発生の調査らしい。ウソッキーは愛好家協会が設立されているほど密かに人気のあるポケモンで、トウヤも結構好きだ。一生懸命樹木に擬態しているが、そこは砂漠の真ん中なのでバレバレだったりするところが好ましい。
背後に回ったアズサが、本当に至近距離まで接近する。髪がかすかに掻き分けられる感触。毛繕い。脳裏に浮かんだ単語をトウヤは一瞬で蹴り出した。ウソッキーに思考を戻した。岩のように。そう、今の僕は岩。ウソッキーの冷たくざらついた質感に、トウヤは一生懸命思いを馳せる。動揺は悟らせない。僕も擬態は得意である。
「……趣味って……」不自然に途切れかけた会話を、なんとか持ち堪えさせた。「誰の髪を抜いてたんだ」
「え、レンジャー養成学校の友達とか」後頭部から直接降り注いでくる声がケロリとしていて恨めしい。「若白髪の多い子がいてさー。懐かしいな」
彼女の訓練生時代の友達。十代で白髪なんて大変だな、と、知らないなりに同情する。
「可哀想に、君に苦労させられてたんだな」
「その線で行くと私もそろそろ白髪まみれになりそうなんですけど」
「そうなったら僕が……」毛繕いのような真似を? ーー危ない、これは超えてはいけない一線だ。また失言王とか罵られてしまう。「僕をせせら笑ったことをせいぜい後悔するがいいさ」
「白髪って、抜くと増えるらしいわね」
ちく、と耳の上あたりに小さな痛みが走る。やっと抜いたか。早く離れろ。
「迷信だろ、それ」
「それは抜いてからのお楽しみじゃない?」
ちくっ。
あれ?
「増えたかどうか、あとで教えてよ……あ、ここにもある。すごい」
ちくっ。
ちくっ。
「……、そんなに生えてるか? 嘘だろ。なあ。黒いのまで抜いただろ。おい!」
帰宅したミソラが、店の仕込みをしているトウヤに「お師匠様の髪って白いですよね」と言い、トウヤが慌てて洗面台を覗きにいったのは、それから数時間後の話。