月蝕



小説トップ
○○○なんかだいっきらい!【エイプリルフール番外2022】
3.マリーの嘘【八月下旬 ハシリイにて】
3.マリーの嘘【八月下旬 ハシリイにて】

「あれ、牛乳こんだけしか残ってない! ねえエト、今朝牛乳飲んだ? 珍しー」
「は? 飲んでねえし……知らねえし」
「はい嘘ー。残り少なかったら言ってっていつも言ってるじゃん! もー、シチューは明日にして、うーん何作ろ……あ、エトー、まーた部屋に篭るの? ちょっとははあちゃんと遊んであげてよ」
「うっせえ、宿題があるんだよ」
 バタン、と次男坊の部屋のドアが閉まる音。
 それからモンスターボールの開放音。
 ドアの向こうから漏れ聞こえる、次男坊のひそひそ声。
「やべえバレたかと思った……ほらヒナ、牛乳とキャベツ。明日はちょっと遠くのスーパーまでフード買いに行けるから、今日はこれで我慢してな。うちのジジイ顔が広いから近所で草タイプ用のフード買ったら即バレそうなんだよな。……キャベツ好きか? ならよかった。しかしポケモンフードも買えねえのに、どうやってヒナを鍛えればいいんだ? ヒナいいか、俺がお前を買ったのは、俺が大学受験しに行くのをサポートしてほしいからなんだ。ワタツミの港で船に乗るためには、砂漠を渡らなきゃいけない。馬車は高いし、俺一人で歩いていくには道中の野生ポケモンの対処法が必要だ。チコリータは草タイプだから、地面タイプの多い砂漠のポケモンと戦うにはうってつけだよな。それに、トウヤがあんだけ買うか悩んでたポケモンならきっと強いに違いねえし……でも、ヒナはまだ生後一ヶ月も経ってないし、あのポケモンショップはペット向けのポケモンを扱ってる店でバトル経験もないらしいし。いくら相性がいいって言ったって、ぶっつけ本番で野生ポケモンと戦わせるなんて無理だよな。かといってスタジアムなんて行ったらそれこそジジイにバレるだろうし、このへんで野生のポケモンって言ったって……そもそも、家でヒナを隠しとけるわけねえんだよなー。姉ちゃんたまに勝手に部屋掃除しやがるし、めんどくさいのはマリーだよ、あいつめちゃくちゃ耳良いからな。俺が家出しようとしてるなんて知ったら、絶対邪魔してくるに決まってる。バレる前に、急いで計画立てねえとな……ん、邪魔されたらヒナが倒してくれるのか? お前、ちっこいのに勇気あるなあ……エサ足りた? よかった。ごめん、もうちょっと良い子にしてて。俺、ハヅキの相手してくるわ。ほんとごめんな、明日こそはフード買えるからな」
 モンスターボールの開放音。
 引き出しを開ける音。
 引き出しを戻す音。
 鍵をかける音。
「よし、と。閉じ込めとくのは可哀想だし、なんとかしねえと。隠し場所も考えねえとな。チコリータは光合成ができるから、日光が当たる場所だったらしばらくは食わなくても平気らしいけど……」
 ドアが開く音。
 歩み出た右足が接地する音。
 次男坊が、髪を掻き掻き、ふいと視線を下ろす音。
「どわっ!」
 歩み出たばかりの右足が、驚いて室内に引き戻される音。
「マリー! いつからお前ここに……えっと……何も聞こえて、ない……よな?」
 体いっぱいで頷いたぼくの、耳がぷるんと揺れる音。


とらと ( 2022/03/31(木) 21:29 )