2.ユキの嘘【六年前 レンジャー養成学校にて】
2.ユキの嘘【六年前 レンジャー養成学校にて】
「わっ、わたしアズのことがだっいっだいだいだい、だいっだっいだいっ」
「はあ? 何言ってんだユキ。イダイトウ?」
「イダイテナイッ」
ユキはユキ自身の体を抱(いだ)きながら、キャプチャ・ディスクのようにくるくる回って身悶えしている。ポケモンレンジャー養成学校の一つ年上のこの同級生は、普段は一生懸命で優しい子なのだが、たまにちょっと頭がヘンになる。いつメン三人組のもう一人、お坊ちゃんのような目鼻立ちをした素行不利の優等生は、ユキの奇行に突っ込みながら単語帳を捲っている。そうか、次の授業は小テストだ。
「おいアズ、さっきの授業の、シンオウ地方史のさぁ」
「大大大発生?」
机の中から単語帳を探しつつ、次の言葉を引き受ける。相手をしてやると、いつもつっけんどんなホシナの顔が年下の子供みたいにキラっとする瞬間がある。それを見るのはちょっと楽しい。
「あれ、ふざけてるよな。巨大ポケモンの大量発生なんてヤバイ現象にんな呼び名つけるかっつうの」
「あっ、ユキもそれ思った! 途中で歴史書書き換えたアンポンタンがいるのかもー」
「お前みたいなな」
「はあ!? ホシナサイテーユキばかじゃないもんっ」
ねえアズ! と言いながら、ぎゅ! と背後から抱きついてくる。最初は驚いたし不快だったけど、最近段々慣れてきた。染まりつつある自分はちょっと嫌。
「言えない……アズに大嫌いなんて、嘘でも言えないよォ」
「あー、そういや今日エイプリルフールか」
「でも、大嫌いって言えなきゃ大好きって伝えられない、エイプリルフールだから……大好きって伝えたいのに! ううっつらいっ」
「よくもまあそこまで頭悪そうなことを思いつくな?」
この二人、仲良いんだよな。放っとけばいつまでも二人で喋ってる。なのに、なぜか私の席まで来て二人でちゃーちゃーするから不思議だ。
体をゆすられながら一応試験範囲を見てみる。予習復習はバッチリ。今更不安なポイントもない。パタンと単語帳を閉じた。こちらを見下ろしてるホシナが、対抗するように単語帳を閉じる。
「嘘つかなきゃいけねえって決まりじゃねーぞアホ」
「アズに大好きって言えもしない男は黙ってて」
「ああん? あのなあ俺は」
「言ってみろ、アズに大好きって言ってみろ! もしくは大嫌いって言ってみろっエイプリルフールにも乗じれないなら一生言えないぞこのチキンッ」
「クッ、てめえ……!」
私はホシナを見上げた。
特に、ホシナ。君は不思議だ。名家の跡取りになるのだと言う彼は、ポケモンレンジャーのコネクションを作るために家の方針で入学したのだと言う。私が幹部役員の娘だから、取り入るために仲良くしたがってるなら厄介だと思ってたけど、波動を見てるとどうも違う。彼の中には、下心以外の、色々な感情が流れている。ユキと一緒になんだかんだと理由をつけて毎時間毎分私に絡もうとやってきて、何かと私に張り合ってくる、負けず嫌いの謎男。
「……だ、だだだ……」
だんだん顔が赤らんでくる。私はじっと顔を覗き込む。
「……だだだっ、だい! だいっだいだい! だいだいだいだいッ」
パァン! 叩きつけられる単語帳。
ホシナは顔を抑えてうずくまった。
「ヒスイ時代のシンオウ人の気持ちが今、分かったぜ……」
「ほらみろ、ばーかばーかチキンチキンー」
ユキが大声でホシナをからかう。そろそろ予鈴が鳴るのに気づいてるだろうか。ま、君たちの目的がなんだっていいけど、この二人と三バカで括られるのはやっぱキツいよなあ、と私は呆れてため息をつく。