月蝕



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○○○なんかだいっきらい!【エイプリルフール番外2022】
1.タケヒロの嘘【四月一日 ココウにて】
1.タケヒロの嘘【四月一日 ココウにて】

「ミソラのことなんか大ッ嫌いだからな」
 などと突然言い出した友人の、そっぽ向いた頬を見て、ミソラは長いまつ毛を瞬かせた。
 三寒四温という言葉があるらしい。夜でも過ごしやすいと思ったら底冷えのする寒さがやってきて、またぽかぽかと春めいてきた。春だな、と春じゃない、がかわりばんこにやってくる。いつもカサカサとしている友人の頬には、今は春が訪れている。
「どしたの急に」
「うっせ、ちったあ驚けよ」
「僕を傷つけたかったってこと?」
 はて僕はなぜ傷つかなかったのだろう。ミソラはちょっと小首を傾げた。それは、僕が大嫌いだというタケヒロが、全然僕のこと嫌いそうな顔をしないからだ。というか、タケヒロが僕を嫌いじゃないことを、僕は結構信じている。だいたい毎日一緒に遊んで、今日もいつものドラム缶に座って話をしているし、大っ嫌いなはずがない。
 ミソラの言葉を聞いたリナが、ヴルル、とタケヒロに唸りはじめる。主人を傷つけるなら友達だろうが容赦しないぞって感じだ。嬉しいけど、多分そうじゃないのだろう。大丈夫だよ、と宥めると、リナはくりりとした目をこちらへ上げた。
「今日は嘘をついてもいい日なんだぜ」
 タケヒロはそう言ってくちびるを尖らせた。
「意味わかんない。嘘ついて楽しいの?」
「普段はダメなことが堂々とできるんだから楽しいだろ」
 尖っているときのタケヒロのくちびる、ミソラはなんか好きだ。彼のかわいらしさがその先端に集結している。ちょっとポッポのくちばしみたい。
「ふーん」
「普段言えないようなことを言ったりさ」
「普段言えないこと?」
「逆のことを言うってことだよ」
 逆のことを言って何が楽しいんだろう。例えばお師匠様に、お師匠様は髪が白いですねって言って遊ぶということだろうか。それって何が楽しいのだろう。そもそもタケヒロは、僕のことが大嫌いだと言って、何が楽しかったのだろう。そっぽ向いてくちびるくちばしは、楽しいと言うより、なんだか恥ずかしがってる風で……。
 ……考えているうちに、ふと疑問点が浮かんだ。足元に投げていた視線を、タケヒロに戻してミソラは訊ねた。
「逆ってことは、タケヒロは僕のことが大っ好き、ってこと?」
 ーードラム缶から飛び上がって、バタバタ両腕を羽ばたかせるものだから、ポッポみたいに飛んでいくのかと思った。実際にはタケヒロは、なんやかんやとわめきたてて、真っ赤っかな顔のまま地面を走り去っていったのだけれど。


とらと ( 2022/03/31(木) 21:26 )