1−5
目覚めると、目の前には昨日と同じ、すかんと晴れた空がある。その景色と鼻をつく焦げ臭い風は、あの横たわる巨大な炭の塊を想起させた。昨日付けで「ミソラ」と名づけられた、長い金髪に青の瞳を持つ少年は、ともかくむくりと起き上がった。
寝起きのぽやんとした表情は、その光景によって一気に吹き飛ばされた。ミソラは目をしばたかせて、焚き火の焼け跡の向こうにあるトウヤの背中、それに寄せるようにして置いてある黒色のリュックサック、そしてその手前に、緑色の細長い蛇が這っているのを見た。
目を擦ってよく見ると、草色のその表面は若芽のようにすべすべしていて、うねうねとのたくる先端はシャープに細っていて顔などない。その姿をたどってみると、もう一端は五メートルくらい離れた岩陰の中に消えている。
要するにそれは蛇ではないわけで、ミソラは声を上げるのも忘れてその姿を凝視した。するするとリュックサックへ忍び寄った細長いものの先端は、しかしその一歩手前のところでぴたりと動きを止め、しばらく固まったあと、リュックの持ち手を求めるように先っぽをくねくねと回した。それからへたりと横たわって休憩するような動きを見せ、急に引っ張られたかのようにぴんと身を張り、ぐぐぐ、とリュックサックへ迫り寄った。しかし届かない。ついにぶるぶると体を痙攣させたそれはもう一度地面に落ちると、手繰り寄せられるようにばたばたとのたうって岩陰へと吸い込まれていった。それと同時に、緑色の大きな影がそこから飛び出した。
ミソラは今度こそ声を上げた。びくりと肩を震わせたトウヤが振り返るよりも早くミソラと目を合わせたのは、若草色の巨大な頭に、人くらいは軽く丸呑みにしそうな大顎を持ち、そこからだらしなく涎を滴らせ、ふわふわと浮遊している虫取りポケモン――マスキッパだった。
リュックサックを奪い損ねたマスキッパは「ギギギギ!」と奇声を上げ、例の緑色の細長いもの、つまりツタを両手に持つと、腰を抜かしているミソラへと躍りかかった。
「ハヤテ!」
次の瞬間、ミソラの体を後ろへ吹き飛ばした猛烈な突風は、ミソラとマスキッパとの間の空間を裂き、ツタの一本をぶつりと切り落とした。
その一撃に慌てて逃げ出したマスキッパの背中に更に攻撃を浴びせようとする、深青色の小柄な恐竜の態をしたポケモン――ハヤテと呼ぶガバイトに、トウヤは厳しい声で追うなと叫んだ。一鳴きして振り返った鼻先を、ひゅんと白いものが掠めた。飛び掛からんと力んだハヤテを制して、向こうを窺うようにトウヤが立ち上がる。茫然と座り込んでいたミソラも、その視線の方へと目をやった。
トウヤがリュックの中から放り投げ、ハヤテの目の前を横切って地面に落ちた硬いパンの一切れは、ここからは見えないどこだかに潜んでいるマスキッパが、もう片方のツタを絡めて持ち去ってしまった。
「腹をすかしているだけだ。こうも植物がなくなってしまっては、マスキッパも緑に身を隠して獲物を待つことができない」
「以前は植物があったのですか」
「あったさ。たくさんあった。ここら一帯は森と呼ばれていた。三年前までの話だ」
森、と呟いて、ミソラはぐるりと顔を回す。彼らを一面取り囲むのは空の青と岩地の白、そして点々と見え隠れしているほんの僅かな緑だけ。そういう名前をつけるには、全く似つかわしくない景色だった。
手に余ったパンを半分に千切ってミソラに差し出したトウヤは、パンの握られた左手を見て、慌てて手を引っ込め、右手に持った方をやった。ミソラはそれをさして気にすることもなく、いただきます、と手に取った。
ミソラがもそもそとそれを口にするのを横目に見つつ、トウヤは自分の肌色の右手を、パンを持つ左手へとやった。普段なら包帯で覆われているそこから、熱を持っているのが直に伝わってくる。包帯を巻き直していた最中であった左手は、彼の左の頬や首元と同じように赤黒く変色していた。
ミソラはパンを頬張りながら、隣で珍しい容姿の子供の様子を窺っているハヤテのたくましい尻尾を何度かさすった。
「……ケガは」
その声と共に尻尾がびくりと震えて、ミソラは思わず飛びのいた。見上げると、トウヤはそんなミソラを怪訝そうな表情で眺めながら、茶色い粘土のようなものをハヤテに与えていた。
ミソラはぶるぶると首を振ったあと、急いで口の中のものを飲み込んで返事をした。
「はいっ、あ、いいえ……大丈夫です」
足元にはとくとくと半透明の液体を溢すツタの先端がうごめいていたが、すぐに事切れて動かなくなった。