月蝕
1−13
「……エスパータイプは、虫タイプに弱い。虫タイプは、岩タイプに弱くて、岩タイプは……」
 昼前のがらんどうの酒場のカウンター席に、背中をゆうに隠すほどの長い金髪と美しい青色の瞳を持った子供が、ぶらぶらと足を揺らしながら座っていた。
 カウンターの上に広げられた本のページの上には、『タイプ相性早見表』という見出しが躍っている。ミソラは難しい顔でそれを睨んでは、顔を上げてぶつぶつと何かをそらんじてみたり、表に敷き詰められた記号の羅列を指でなぞってみたりした。
 店の隅で丸まっていた大きなビーダルがむくりと起き上がって、ぽてぽてとこちらに近づいてくる。ミソラはそれを見つけると、手元の本にもう一度だけ目をやって、それからそのページをぱたんと閉じた。
「いい、ヴェル。ビーダルはノーマルタイプだから、格闘タイプの技を使うポケモンに出くわしたら、戦おうなんて思っちゃだめだよ?」
 自慢げな顔で知識を披露してみせるミソラには大して興味もない様子で、ヴェルはのっそりと立ち上がると、人間用のカウンター席を二つ分使ってそこにどしんと腰かけた。
「えぇと、ヴェルはどんな技が使えるんだっけ? ノーマルタイプの技を使ったときに、相性が悪いのは……」
「おやおや、お勉強かい? 偉いねぇ」
 押し開けられた扉の呼び鈴が鳴る音と、紙袋を抱えて戻ってきた女店主――タケヒロに『ハギのおばちゃん』と呼ばれた女の大きな声で、店内は急に騒々しさを増した。ミソラはぱっと顔を華やげて、足のつかないカウンター席から勢いよく飛び降りた。
「おばさん、おかえりなさい!」
「ただいまミソラちゃん、良い子にしてた?」
 ハギから一番大きな紙袋を預かって、ミソラは覗き込むように中身を確認した。その中に野菜のいくつかを見つけて顔を渋めたミソラを笑い飛ばして、ハギはカウンターの上に残りの荷物を下ろしていく。テーブルに顎を乗せた格好のまま、ヴェルはひくひくと鼻を鳴らした。
「勤勉なのもいいけどね、少しは外に出て遊んでみたらどうだい? ヴェルを連れていってもいいよ、この子も年取ってめっきり動かなくなっちゃったからねぇ。あぁ、でも、いいかい、大通りを外れるときは、トウヤに言って戦えるポケモンを貸してもらうんだよ、分かったね」
 そんなことを言いながらやかんに水を汲んだハギは、紙袋を一つ抱えなおして、鼻歌を歌いながら再び店の外へと出ていった。
 彼女の背中を見送ってからミソラはもう一度紙袋の中へと目をやり、ハァ、と溜め息をついた。カウンターの席へ戻ると、ヴェルは横目でじとりとこちらを見ている。ミソラはその瞳の小さな黒い星をぼんやりと眺めてたが、急に何か思いついたように表情を変えて、先程まで向かい合っていた本を掴むと、ばたばたと表へと駆けだしていった。
 ハギは軒先に座り込んでいた。何事かと顔を上げた彼女の前に、ミソラはあの早見表のページを差し出して見せた。
「問題を出してください!」
 そう言って傍らに座り込んだミソラに、ハギは何度か瞬きを繰り返した。
「え?」
「今、ポケモンのタイプ相性について勉強しているんですけど、なかなか覚えられなくて。一人で覚えるよりもクイズにしたほうが覚えやすいと思うんです」
 そうして手渡された本をハギはきょとんとしてしばらく眺めていたが、やがて納得したように頷くと、顔を綻ばせて笑いはじめた。
「あぁ……そうか、そうだったね。子供ってのはそうやって話しかけてくるもんだ。ミソラちゃんは人懐っこい子だね」
 今度はミソラが目を瞬かせる前で、女店主は手渡された本をぱたんと閉じる。
「トウヤがココウに来たのもちょうどミソラちゃんくらいの時だったけれど、昔からあんな調子で、大事なことさえ何一つ言いやしなかったよ。食べ物の好き嫌いなんて、未だに分からないくらい」
「ご、ごめんなさい」
「あぁ全然いいんだよ、ちょっと野菜が苦手なくらい!」
 笑いながら突き返された『トレーナー必携』という表紙の本を、ミソラは胸に抱えなおした。
 エイパムを追いかけた日の夜にトウヤに読むように言われた本の中で、一番大事にするように念を押されたのがこの『トレーナー必携』だ。ハンドブックサイズの何でもないような入門書だが、開いてみて圧倒されたのをよく覚えている。トウヤもそれを見て苦笑して、新しいのを買ってやろうかと問うたが、ミソラは夢中で首を振った――あらゆるページのいたる所に、幼い筆跡の文字がびっしりと書き込まれてあったのだ。
「……お師匠様は、私くらいの時からポケモンのことを学ばれていたのですか?」
「ん? そうだね、うちに引き取った時にはもうサボネアをひっつけて歩いていて、随分馴らしてるみたいだったけど。トウヤが十歳の時だから……もう十二年も前の話だよ」
「引き取った、ですか」
「……その様子だと、あの子、自分のこと何もミソラちゃんに話してないね。もう一週間にもなるんだろう、確か」
「はい」
「あの子らしいねぇ、まったく……」
 その辺りで言葉を濁すと、女は空色の双眸から視線を外した。結局ハギはタイプ相性の問題を出そうとはせず、店先に申し訳程度に並べられたプランターに盛られた土に、どこからか持ってきたスコップを突き立てていく。固まった土を一通りほぐすと、等間隔に軽く穴を作って、そこに紙袋から取り出したものをトントンと置いていった。
「それは何ですか」
「ヤヒだよ、知らないかい?」
「初めて聞きました」
「夏になったら白い花が咲くんだよ。ほら、ここに蕾がついてる……本当にものを知らないね、あんた」
「どうしてこのようなものをここに植えるのですか?」
 それを聞いて、ハギは怪訝そうな顔をミソラに向けた。
「どうして? ……変なことを聞くねぇ」
 変なこと、とその言葉を反芻して、ミソラは通りへと目を移した。
 今日も今日とて日は高く立ち上り、連なる屋根を燦々と照らしている。渇いた空気の中を、あくせくと人々が行き交っていく。外見より人の数は多いが、それでもココウは貧民達の小さな町だ。珍しい人種の子供がやってきたところで、それが七日間も滞在すれば、一瞥はすれど目を留める人は少なくなってきた。
 きっと誰も目を留めないだろう、とミソラは心の中で呟く。尋ねた時は純粋な気持ちで疑問に思ったのに、考えを重ねてみれば心の中は子供らしからぬ理論で埋めつくされていく。――酒場は夜の商売だ。客層だって、とても草花に心を震わせるようには見えない人ばかり。今だって、真昼間の大衆酒場に興味を持つ人なんていないじゃないか。毎日水をやって、花を咲かせて、一体何の意味があるんというんだろう。
 しばらくうんうんと唸っていたハギだったが、人波をじっと眺めるミソラの姿を見て、ふっと穏やかな表情を浮かべた。
「……おばちゃん花が好きだからねぇ。好きなものは、見てほしいって思うだろう?」
 視線を戻すと、女店主はヤヒの株に優しく土を被せ、慣れた手つきでやかんの水をやっていく。
「花を見るとね、人は良い気分になるものさ。この道を通る人たちが、少しでも優しい気持ちになってくれれば、おばちゃん嬉しいんだよ」
「それが知らない誰かでも、ですか」
「ええ。……この町の人は、ちょっとすさんでるから」
 ミソラはもう一度プランターへと視線を落とした。
 水を与えられたヤヒの肉厚の葉は、真上からの日差しに申し訳程度に輝いて見えた。





 店舗裏の戸口を引いた瞬間、目の前を巨大な翼が駆け抜けていった。
 切りつけられるような風圧が体を押して、ミソラは思わず悲鳴を上げた。その声に、視界の真ん中に立つ青い影がびくりと肩を震わせる。こちらに振り向いたガバイトとミソラが視線を合わせる間に、四角く切り取られた上空へ舞い上がったオニドリルが、一切の無駄のない動きで三百六十度の縦回転を見せた。
 どこからか怒号が飛んだ。ガバイトが慌てて視線を戻した――その瞬間、滑空してきたオニドリルの右翼がガバイトの首元へ、まっすぐずどんと突き刺さった。
 ガバイトの甲高い奇声が響いた。青い体が薄茶の翼に押し切られるように背中から地面に叩きつけられた。オニドリルが右翼にガバイトの首を引っ掛けたまま、狭い空間を右へ左へと滑っていく。仰向けに倒れたままガバイトは引きずり回され、最後に店の壁へと頭から追突させられた。
 ゴツッ、と鈍い音。ミソラはもう一度肩を震わせた。
 砂埃を巻き上げながら、オニドリルが高い空へと帰っていく。すっかり伸びてしまったガバイトの向こう、四角い空間の隅の方に座っていた二つの人影のうち、ひとつがゆっくりと立ち上がった。トウヤはガバイトの方へと青色の果物を二個三個投げてから、呆れたような口調で言った。
「……ハヤテ、集中しろって言ってるだろ?」
 ガバイトのハヤテは弱々しく返事をして、よろりと起き上がった。
 ミソラは早まった鼓動をなんとか押さえながら、突風で乱れた金髪をぐしぐしと整える。
 空き地の中央へと戻りながらぶるぶると頭を振るハヤテを見て、トウヤは短く溜め息をついた。彼が先程まで座っていた場所の隣には、ノクタスのハリが腰かけていて、のほほんとした顔で空を見上げている。その黄色い瞳の見つめるところには、一匹のオニドリルが、何事もなかったかのように悠々と旋回していた。
 ミソラが養われている酒場の裏には、残り三方を別店舗の倉庫に囲まれた砂地の庭がある。物干し竿以外には何も障害物のないその空間はしかし、ポケモンを扱うには少し小さすぎると言わざるを得ない。それでもトウヤは暇さえあればその場所に現れてはモンスターボールを解放していて、トウヤと言えば自室か、ここか、もしくはココウスタジアムか、というのがミソラの常識になりつつあった。
 よそ見したことによって酷い目に合ったにも関わらず、まだミソラの方を気にしているハヤテに、トウヤは元の位置に腰かけながら顔を渋める。
「何か用事か、ミソラ」
「え?」
 ――胸の中に何かもやもやしたものがあって、彼の顔を見に戸を引いてみたが、いざ目の前にすると、どう言葉にしていいものか分からない。
 トウヤとハヤテ、いつの間にやらハリの注目まで集めながら、ミソラはおろおろと口ごもるばかりであった。
「あの……」
「……タイプ相性は? 完璧に覚えたのか」
「あ、えぇと……」
 それまでミソラの様子を怪訝そうに眺めていたトウヤだったが、ついにはふいと視線を外してしまった。
「……早く覚えなさい」
 ミソラの見つめる中でトウヤは上空を見上げ、そこに飛んでいる鳥ポケモンへと声を投げかけた。
「メグミ! もう一度頼む」
 その声に、砂に汚れたハヤテの表情にくっと真剣さが宿る。ミソラは静かに戸を閉めて、すごすごと店の中へと戻っていった。





 昼食の時間を過ぎても、トウヤは相変わらず裏庭に立て篭もってハヤテの特訓を続けているようだった。
 ミソラは昼食を取った酒場のカウンター席に再び腰かけて、午前中と同じように本を開いて、あるページの上を何度も何度も辿っていた。『重要な木の実とその補助効果について』と銘打たれたイラスト付きの表を頭に叩き込みながら、『モモン』という木の実の横に殴り書かれた『あしがはやい』という言葉の意味を、ミソラはぼんやりと考え続ける。
「……ヴェル、モモンって、食べたことある? それって走るの? 速かった?」
 隣で突っ伏している大きなビーダルに声をかけても、けだるそうに太い尻尾を揺らすばかりであった。
 忙しそうに再び出かけていった女店主が残していったものに、背筋を伸ばしてもう一度目をやる。半透明の蓋が被せられた皿の上には、ミソラが名前も知らなかった野菜の炒め物が乗せてある。裏でポケモンに熱中している彼の分だ。ミソラもスタジアムに行った日にとばっちりを受けたが、トウヤはひとたびポケモンたちに構い出すと、飯を食うことを当然のように忘れる。トレーナー仲間であるグレンのことをバトルマニアだと度々評していたトウヤだが、自分だってよっぽどだ、とミソラは心の中で繰り返していた。
 冷え切った野菜炒めの姿に、ミソラは何だか虚しささえ覚えた。
「これ、持っていったほうがいいのかな?」
 ミソラの問いに、ヴェルは顔色一つ変えずに首を横に振った。
 その時、視界の端に映り込んだものに、ミソラは首を回した。店の締め切った扉のガラスの向こうに、見知った顔の男の子が立っている――金色の頭が振り向いたのを見て、彼は慌てた様子でその場を走り去ってしまった。
 ミソラは息を詰めて入り口の方を眺め続けた。カウンターに顎を乗せたヴェルが、横目で同じ方向を見つめている。大通りを行き交う人々の声と、裏の方からの時折の物音が、遠く響いて店内を満たしていた。
 しばらくして、そろそろとガラスの前に戻ってきたタケヒロは、未だに見張り続けていたミソラとばっちり視線を合わせて、耳まで真っ赤に火照らせた。





「あぁえっと、この間はその……悪かったよ。悪く言ってさ、あいつのこと」
 数日前に取っ組み合いを繰り広げたのと同じ場所に腰かけて、タケヒロはうだつの上がらない顔でぽりぽりと頭を掻いた。
「俺も頭が回らなかったわ。そりゃあ怒るよな。命の恩人だもんな……あれでも。一応」
 キッとミソラに睨まれて、タケヒロは慌てて口を閉じた。
 僅かに傾きはじめた日差しの中、タケヒロの足元には二羽のポッポたちが、ミソラの足元にはついてきたヴェルが寝転んでいる。しゃがみこんで頭を撫でると、ヴェルは気持ちよさそうに目を閉じた。
「……ごめん」
 頭上から注ぐ少年の声は、可笑しくなるほど真摯なものだった。
 ミソラはふわりと笑いかける。少年は気恥ずかしそうに俯いて、両足をぶらつかせていた。
「いいよ。こっちこそ、殴ってごめん」
「ん、あ、あぁ、いいよ全然痛くねぇもんお前のグーパンチ。慣れてるし」
「慣れてるの?」
「他の捨て子の連中とよくケンカするからさ、俺。お前ケンカしたことねーだろ?」
「覚えてないけど、多分初めてだった」
「だろーな。グーが弱いんだよ、グーが」
 どこか嬉しそうにそんなことを言いながら、タケヒロはポケットから傷の目立つモンスターボールを二つ取り出した。
 シュン、という音とともに、赤い光となったポッポたちがボールに吸い込まれていく。
「そういや、もうココウに来て結構経つよな。そろそろ嫌になったんじゃないか、あいつのこと」
「ならないよ! ……でも、ポケモンのこと考えてる時は、本当に他のことそっちのけって感じだね」
「だろっ、しかも常にポケモンのことばっかり考えてるみたいじゃね? なんか、ポケモンだけが気の置ける相手、って感じだよなぁ、あいつ」
「ポケモンだけが、気の置ける相手」
「でも、そうだろ?」
 まぁそんなにあいつのこと知ってるわけじゃないけどさ、と呟いて、タケヒロもしゃがみこんでヴェルの毛並みを撫でまわしはじめた。
「ハギのおばちゃんはいい人だろ? 俺、あの人超好き」
「うん、優しいし、面白いし、ご飯すっごいおいしいよ」
「あーそうか……いいなぁ、飯とかちゃんと食えてさ。お前も俺たちと同じなのにな」
 タケヒロが独り言のように紡いだ言葉の意味が分からずに、ミソラは首を傾げた。それに気付かないままタケヒロがヴェルの首元を抱きしめると、ヴェルは突然顔を上げて、にょろりと二人の間をかいくぐって大通りの方へと歩いていってしまった。
「あっ、ヴェル、帰るの?」
「そうだ!」
 ヴェルの姿を見て、何か思いついたようにタケヒロは突然立ち上がると、妙にきらきらしたこげ茶の瞳をミソラの方へと向けた。
「ミソラに最強の呪文を教えてやるよ。二人だけの秘密だぞっ、いいな」
「呪文?」
「あぁ、仲良くなった証だ」
「……え?」
「俺たちもう友達だろっ」
 そう言って笑うと、タケヒロはミソラの手を取って走り出した。


「……おや、誰もいないのかい?」
 がらんがらんと呼び鈴の鳴り響く中で、帰宅したハギに声を返す者はいない。
 カウンターの裏まで回って視線を下ろすと、野菜炒めは外出したときと同じ状態でそこに残してあった。しょうがないねぇ、と呟いた瞬間に、奥の戸口が開けられる音がして、ハギは首を回した。
「トウヤ、いつも言ってるけどお昼くらいちゃんと食べ……」
 廊下から台所へのそのそと現れたハヤテに、ハギは目を丸くした。
「あら、ハヤテだけなの?」
 よたよたとした足取りで店中央のスペースまで歩き、そこでぐてんと横になったハヤテに、ハギは少しだけ躊躇してから、冷えた野菜炒めを差し出した。
「ほら、お食べ。可哀そうに」
 その時、店内に控えめに鳴った呼び鈴に、ハギは顔を上げて入り口の方を見た。
 そこにはミソラが立っていた。半分だけ開いた扉からこちらを窺うように覗いているミソラは、しばらくの沈黙の後、意を決したような表情で声を発した。
「……美人で、スリムで、……」
 それだけ言って突然ミソラは顔を引いた。店内からの死角に消えた金色の頭は、しばらくするとまたふいに戻ってきて、今度は大きく息を吸ってから、
「美人でスリムで優しくて、世界一太っ腹なおばさん!」
 叫ぶようにそう言った。
 しばし沈黙が流れた。座り込んでいるハギと、そこにへばっているハヤテも、揃ってそこの金髪碧眼に茫然と目をやって固まっていた。それを見て、ミソラはもう少しだけ扉の影に隠れるように縮こまった。
「……ソーダください」
 控えめな子供の声は、背中の方の喧騒と交じって、僅かに女の耳に届いた。
 すると、薄暗い店内に盛大な笑い声が響いた。驚いて目を見開いたのはミソラで、ハギは一通り豪快に笑った後、ハヤテの頭を撫でながら言った。
「タケヒロに入れ知恵されたのかい! タケヒロもいるんだろう、入ってらっしゃい。今ソーダを出すからね」
「――よっしゃ、よくやったミソラ!」
 後ろから飛び出してきたタケヒロに背中を押されて、二人は騒々しく酒場へと駆けこんだ。閉まりかけた扉の隙間からヴェルも帰宅して、ハヤテの鼻先に置かれた野菜炒めをもそもそと口にする。ハヤテはそんなことよりも、目の前を駆けていく二人の子供に興味をもったのか、首を持ち上げて目線で小さな背中を追いかけた。
 タケヒロは真っ直ぐカウンター席に向かうと、ミソラにも隣に座るように促した。目の前に二本出されたソーダ水を見て、ミソラはタケヒロにそっと耳打ちする。
「凄い呪文だね!」
「なっ、最強だろ?」
 並んで目を輝かせている子供たちに、ハギは愛おしそうに笑顔を向ける。
「なんだい、なにコソコソ言ってるんだい?」
 ハギの言葉に、二人は互いの顔を見合わせて笑い合っていた。


とらと ( 2011/08/27(土) 11:54 )