月蝕


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月蝕
13−8

「ついに現れたな、大魔王め! この勇者ミソラが、見事リナ姫を救い出してみせる!」
 ――高らかに宣言してみせているものの、ミソラのような小悪党に、勇者を名乗る資格などあろうはずがないのである。
 ここまでの五組の芸人の演目が大方失敗に終わっているのは、実はミソラの仕業である。サックス奏者がトチりまくったのは譜面の上下や順番をこっそり入れ替えていたからだし、ジャグラーのピンがあらぬ方向に飛んでいったのはリナの毒無し『毒針』がうまく狙い撃ったからだ。マジシャンのハットから飛び出したマメパトが、テーブルクロスに爪を引っ掛け料理をめちゃくちゃにしてしまったのは、ホシナ家の庭師であるオーロットの『怪しい光』の所以だが、このオーロットはミソラがキャプチャして使役した。スタイラーを寄越してくれたアズサも、それに加担してくれたユキも、まさかこんな悪どいことに使われているとは思わないだろう。アズサはテキトーだから、もしかしたらニヤッとして許してくれるかもしれない。だが真面目なハルオミに知られたら、おそらくミソラはただでは済まない。
 ホシナ組のトップでありタケヒロとルリコ、ハルオミの祖父であるタケチカの誕生日を祝したパーティー。余興として行われる見世物の中から、主役の『お気に入り』となった一組が、ホシナ家に『買われる』こととなる。選ばれるためには最上の評価を得なければならない。他の演者の評価を落とせば、こちらの評価は相対的に上がる。
 いつ千切れるとも知れない一本綱の上で、思いつく限りの悪事を働いた。タケヒロには全く相談していない。すべてはミソラ一人で決めたことだった。
 栄華を極める会場のきらびやかさ。天井からぶら下がるシャンデリア、立食形式で用意された豪華絢爛な御馳走に、それを取り囲む人々の格式高いドレスやジャケット。ショーウインドウの中身を品定めするように舞台上を刺す幾つもの眼差し。どれもが、ミソラのこれまでの人生の中で、掠めるタイミングすらなかったものたちだ。他人を妨害すればするだけ、眩いばかりの光景は、批判めいてこちらへ襲いかかってくる。――だが、自分でも意外なことに、ミソラは少しも気圧されなかった。
 金色の長い髪を揺らし、白い肌と空色の目を見せびらかすようにして踊り、語り、しきりに愛想を振り撒けば、それが下手でも盛り上がる。ミソラは自身の容姿の特異さを理解していた。それが多くの場合で、好意的に、他人の気を惹くことも。
 舞台上の異邦の子供に嬉々とする大人たちを見ると、愛らしく笑いながら、ミソラは軽蔑的な気持ちを起こす。この人たちは、ミソラが砂漠の真ん中に倒れていた身寄りない子供であることを知らないのだ。小汚い町で居候をしていたことも知らずに、満足げな顔を見せている。ミソラが小悪党であることも、殺人鬼見習いであることも知らずに。そのどちらも演じきれずにいることも、そんな自分にほとほと嫌気が差していることも、この人たちは何も知らない。
 青い竜に跨る勇敢な子供は、段ボール製の草原や洞窟を冒険し、悪の手先であるビッパたちを勇者の剣で薙ぎ払う。目を盗んでキャプチャしたビッパは、ずっと遊んでやっていた甲斐もあり、よく言うことを聞いてくれた。仲間になった彼らと共にキャンプを張り、夕飯にカレーライスを作るシーンを入れる。毎日毎日食い続けたお陰で食堂職員と仲良くなれ、提供してもらったのだ。カレーはあらかじめピックアップしてもらった『偉い人』を中心に一口ずつ振る舞う。子供二人とポケモンたちだけでは到底無理な仕事量だったが、カムラの実をお裾分けしたときの縁で、ポケモンセンターの受付事務員の数名にも協力を仰ぐことが出来た。
 洗練された絶品の数々に舌鼓を打っている最中に、大衆食堂のカレーライスごとき提供して何になろうか――侮るなかれ。具材にはサチコのたまごを仕込んでいる。口にした者はたちどころに多幸感に支配され、肯定的な眼差しでこの後の芸を見守るだろう。
 こなれた正装姿で参列しているハルオミがいたく呆れた目をしている。だが、いくら卑怯な手を使おうと、勝てばこちらのもの。逆に言えば、勝たなければ全てが水の泡なのだ。
 ――タケヒロにとっては、水の泡だ。でも、ミソラにとっては、勝利の先には、たった一人の友との別れが待っている。
「さあ魔王よ、お前が私の勇気を試すと言うならば、私の頭を撃ち抜いてみせよ!」
 微動だにしないミソラの右腕の段ボール製防具を、左腕の防具を、頭に乗せた兜を、魔王役のハリの『ミサイル針』が正確に撃ち飛ばしていくシーン。
 見事な狙撃術に声をあげる観客たちの前で、勇敢な表情を崩さぬまま、ミソラはまたこうも思う。――今、ここで体を動かせば。『ミサイル針』が頭を貫くように少しつま先を伸ばすだけで、会場はめちゃくちゃになるだろう。針は頭蓋骨を貫き、目を見開いてミソラは倒れ、会場は悲鳴の渦に呑まれるのだ。
 舞台を台無しにするチャンスなど、ミソラにはいくつもあった。キャプチャ状態のビッパたちを今リリースしてしまえば、後は勝手に事を成してくれる。またはハヤテの『竜の息吹』で高温に熱したカレーライスを客にひっくり返してしまえばよい。そこまでしなくとも、今この場で、古木のような顔をしたあのタケチカ老人に向かって、ミソラは息を吸って叫び声をあげればいいのだ。「次の演者を買ってくれるな」と。「僕の友達を、僕から奪ってくれるな」と。
 勇者の剣の一閃に膝をついた魔王の背後から、助け出された姫が現れる。ビニールテープ製のかつらがぴょんぴょん飛び跳ねるリナの頭からあっという間に転げ落ち、会場は笑いに包まれた。サチコのたまごは、自分とポケモンたちが築き上げてきた時間は、些細なミスを愛らしさとして許容する空気を、既に生み出してしまっている。
 勇者ミソラは無邪気な笑顔を捏造し、姫をふわりと抱きしめた。勝つべきものが勝ち、姫は救われる。大団円のハッピーエンド。
 すべて、つつがなくやり終えた。
 せーので礼をする。温かい拍手が沸き起こり、光に満ちた舞台上を包み込む。
 息を吐く。これは、別れに向かう花道。ミソラは己の役割を演じ切ってみせた。万感の思いが、傷だらけの胸を圧迫する。長い礼の間、顔を伏せている間だけ、目を閉じ、強く唇を噛み締めた。



 大道具と共に舞台下手へ撤収し、急いで控え室へ戻ると、ぎりぎりまで稽古をすると言っていたタケヒロの姿が見当たらない。もうスタンバイしてしまっているだろうか。一言でも応援の言葉をかけたくて慌てて飛び出したミソラの耳が、聞き慣れた鈴の音を拾った。
 廊下、舞台とは真反対の方向だ。あの白い鈴を指に摘んだドレス姿のお嬢様が、先程リリースしたビッパたちの前で、ころころと鈴を鳴らして笑っている。
「あれ……ルリコちゃん?」
「ねえ、この鈴面白いのよ! この音を聞かせると、どんなポケモンも懐いてくれるみたいなの。ミソラさんはこの鈴を使って猛獣を操っていらっしゃったんでしょう?」
「そんなことより、会場に戻らなくていいの?」
 タケヒロの晴れ舞台直前だと言うのに。言いながら、ふと先の光景が頭をよぎる。――あの会場にルリコはそもそもいただろうか。
「だって、私飽きたんだもの」
 けろりとしてそう告げる、ルリコの瞳は、ぞっとするほど無垢だった。
「今年の芸人たち、とってもつまらなかったわ。つまらない芸って最悪。ミソラさんとヒロ兄様の芸は、何度も見て見飽きたし、もういいの」
 今年の芸人がつまらなかったのは、それは多分ミソラのせいだ。見飽きたと切り捨てられたことよりも、嫌な予感が這い上がり、ミソラは言葉が出なくなる。
「今年は誰も買わないでってお爺様にお願いするつもりよ」
 ――自分は失敗したのではないか。
「つまらない芸や、見飽きた芸をされたって、嫌な気持ちになるだけだわ」
「……で、でも……」
「これからビッパたちとお外で遊ぶのよ。さようなら、ミソラさん」
「……まっ、て!」
 躊躇なく背を向けたルリコの手を、気付けば掴んでいた。
 その手を、強く、乱暴に、嫌そうに振り払われたとき、一瞬だけ、これは現実かと疑った。
 振り向いたルリコの顔を見て、ミソラは唖然とした。――豪華なパーティー会場と同じで、そんな露骨な感情など、ミソラはこれまで、一度たりとも対峙したことがなかったのだ。密度の高い睫毛の下から自分を仰ぐ、宝石のようにきらめく瞳の、一転、穢らわしい虫の死骸を見下げるにも等しいほどの、露悪的な感情など。
「……ヒロ兄様が……」
 注ぐ人工光を乱反射する、氷柱みたいな鋭利な悪意が、歳も背丈も大きいミソラを何の恐れもなく貫く。
「ヒロ兄様がパーティーに出られれば、お父様も帰っておいでになるかと思ったのに。まったく、期待はずれだわ」
 ルリコは目下の他者を恐れることを知らなかった。彼女にとって、力関係とは、単純な腕っ節の差や、使役するポケモンの力量ではない。目に見えぬ強大な背後による真の上下関係というものが、彼女の世界には当然に実在し続けてきた。
 少女の行動には裏があった。
 救うべくもない本物の姫の前で、ミソラは内心の動揺を堪える。
「田舎のスラムで野良ポケモンみたいに育った粗暴なヒロ兄様を目になされば、お父様もきっと失望なされたでしょうにね」
「……やっぱり、分かってたんだね。タケヒロが誰なのか」
 そうでなければ、タケヒロのことを、ホシナ家の嫡男の証である『タケ』の字を抜いて『ヒロ兄様』とは呼ばないはずだ。
「ずるいわ、ヒロ兄様は。嫡男でもないのに立派な名前をいただけて。所詮家政婦との隠し子なのに、男というだけで、執着してもらえるんだもの。お父様の子供は、私だけのはずだったのに……」
 足元へひとしきり吐き捨ててから、顔を上げた。そこに人がいることを急に思い出したかのように、しかし取り繕うでもなく、「勘違いなさらないでね」と冷然と笑んだ。
「ヒロ兄様やミソラさんと遊ぶのは、本当に楽しかったのよ! ほら、私って、お金持ちの家の子でしょ? だからか学校の子たちはみんな私を避けるの。一度、学校の子と遊んでて怪我させられたことがあって、慰謝料だとか大問題になってしまったから、私と遊びたくないんだわ」
 後ろから、低い唸り声が聞こえてくる。大道具の片付けを手伝ってくれていたハヤテをボールに戻すのを忘れていた。ミソラはそれを手で制した。だが、そんなことをしなくったって、やはりルリコは竜に臆する様子もない。それが自分を傷つければどうなるのか、ミソラたちがどれほどの損害を負うことになるのか、彼女はきちんと知っているからだ。彼女の世界はただ一つの彼女の世界で、その世界での常識が、人外の世界に通用しようもないことなど、まるで眼中にないからだ。
「あなたたちが世間知らずでよかったわ。あなたたちって、程度の低い遊びしかなさらないけど、社会勉強と思えばそれも新鮮で楽しいもの。楽しくて、楽しくて、立場を忘れそうになるくらい」
 ミソラは黙っていた。
 何か、自分の中に、知らない感情が首を擡げていくのを感じた。それは、リューエルにロッキーを奪われたときのやり場のない怒りや嘆きや、一度失って取り戻したトウヤへの憎悪、何もかも上手く運ばないこの世界全体への虚脱感、そのどれとも異質なものだった。見下げる位置に頭のある、小さくて細くて綺麗で愛らしい、友人の妹であるこの少女に、予想だにしない激情がごうごうと烈火をあげている。
 でも。だからって。一体何ができるのか。泣きわめいたって変わらない。人の心は変えられない。



 ……本当に?



 ――キャプチャラインでグルグル囲んでチャチャっと人心掌握できたら楽なのにねえ

 いつかのアズサの言葉が突然蘇り、ミソラは目を瞠った。

 ――掌握できるんですか
 ――残念ながら、気持ちを伝えるだけの道具なので。気持ちを伝えて強引に同調させて、興奮を鎮める……

 見下ろす右腕には、訓練生カラーのキャプチャ・スタイラーが嵌っている。

 ――そういう意味では、多少は心を掌握できると言えるかもね



 今日、自分は、何度となく、人の心を操ったではないか。



「同年代の子と遊ぶのも、案外いいものね。だって大人ってつまらないでしょ」
 ねえ、ペラップいたでしょ、私の部屋に。ルリコはミソラの沈黙を無視する。
「あの子、私の独り言の内緒話を聞きつけて、誰彼構わずぺらぺら喋っちゃうのよ。だから喋れないように手術をしてってうちのお医者様に頼んだの。でも、そうしたら、手術をするフリをして、喋らせない訓練をして私のところに戻してきたの」
 手術してくれなかったって私気付いてたのよ、でも騙されているフリをしてあげたのよ。悲劇ぶった少女の微笑み。
「喋るしか芸のないポケモンだもの、喋らない訓練なんかして悪いと思ったんでしょうね。ペラップの相棒だった鳥使いの方、気付いたら逃げ出してしまっていたわ。できないならできないって、最初から言ってくださればいいのに。なんでも言うことを聞く癖に、騙すようなことをして。ああ大人ってみんなそう。本当につまらないしくだらないわ。子供騙しって酷い言葉よね? ミソラさんもそう思わない? ――それに比べれば、あなたたちと一緒にいるのは、とっても刺激的で楽しかった!」
 流暢な長台詞を語り終え、鷹揚と手を広げて笑う。
 優美な弧を描くその双眸が、たった一人の観客を捉え、その観客が、まるで同情の色もなく、主演を見下ろしていたと知ったとき。
「でも」
 九つの少女のかたちをした怪物の、歪な本性が顕現する。
「もう飽きたわ」


 スタイラーを撫でながら、ミソラは気付いた。
 このまま何もしなければ、タケヒロがホシナ家に買われることはないだろう。
 友人はヒビに留まる手段を失う。行き場のなくなった少年は、彼の美しい望みを諦め、トウヤとミソラの逃亡に引き続き同行するかもしれない。


 ――背後、廊下の先から、遠い拍手の群れが聞こえた。





 連絡を受けたのは、消耗品の買い出しを済ませて部屋へ戻ってきたときだった。
 階段を二段飛ばしに駆け下り、手摺りを掴んで踊り場を急旋回し、また飛ぶように階段を駆ける。途中ぶつかりかけた何人かへトウヤは謝らなかった。付き添いのサチコがついてきていないことにも気付かない。どうせポケモンに近づくなら身体能力が向上するくらいのボーナスはくれてもよさそうなものだったが、寧ろ右腕の利かない影響か全身のバランスが狂っていた。もう一階分の踊り場を抜け、右足が段を踏み外して、下まで半ば転がり落ちる。階下にいた知らない顔がギョッとしたが、痛みにも他人にも構う余裕はなかった。一色に塗り潰された頭は、もう邁進しか許さない。
 廊下を駆け抜ける。目的地から逃げてきた職員を突き飛ばしたことすら判然としない。壁の向こうで何かが小爆発し、金属音が散乱し硝子の割れる音がして、幾人の悲鳴が響く。それから、――頭の中に直接雪崩れ込んでくる、言語化に至らない感情の濁流。
 最後の扉を蹴飛ばした。
 網膜に飛び込む赤と白。
「――メグミ!」
 久しい名を呼び、久しい顔を目に映す。


『来ないで!!』


 絶叫に近い、最上級の拒絶を示すテレパシーが、出会い頭の脳髄を殴る。





 こんなときになって、蘇る声は。瞼の裏に浮かぶのは。
『――捨てた子供のことを親が迎えにくるはずないだろ!』
『お前は嘘つきだ、ありえないことを言うな』
『そんなに今の暮らしが嫌かよ、なら一人で野垂れ死んじまえ』
『仲間だと思って食わせてやってた分を返せよ!』
 殴られたこと。蹴られたこと。現実を突きつけられた声。口いっぱいに広がった血の匂いと噛み締めていた砂の味。
 あれはもう四年も前。まだ捨て子グループに属していて、痩せこけた肩を寄せ合って風雪を凌いでいた子供時代。今もまだまだ子供だろうと人は笑うかもしれない。けれど、あの日、グループを抜けて、一人で生きる道を選んだ瞬間は、子供を脱ぎ捨てて大人へ向かう正しい第一歩だと思いたい。
『読み書きもできないお前なんて、どうせ幻滅されるのがオチだ』
『一人抜け駆けして普通の生活ができると思うな』
『裏切り者め』
『裏切り者め!』
 子供だったから、君の本当の親が君を探している、とトウヤに教えられたとき、無邪気にそれを信じてしまった。屋根付きの風の吹き込まない家の中で、温かいご飯を食べて温かいお風呂に入って安心して眠りにつけて、勉強するのは嫌だけど、お父さんとお母さんに愛してもらえる、そんな夢のような生活が、手に入るのだと思っていた。
 甘かった。あり得るはずもない夢だった。トウヤは嘘は言わなかったかもしれない。だが、薄汚れた町ですら『普通』の網から溢れてしまうタケヒロには、到底手に入りようもない高望みの幻想だった。タケヒロが『兄ちゃん』と慕っていた捨て子グループの年長者たちは、身を以てタケヒロの無謀を教え込んだ。同年代や年下のきょうだいたちはタケヒロに裏切り者のレッテルを貼った。
 ヒビという街から迎えが来る予定だった、前日の夕暮れのことだった。今考えれば兄ちゃんたちはそのタイミングを待って事に及んだのだと思う。囲まれ、痛めつけられる時間が、永遠と呼べるほど続く。本気で殺されると恐怖したあの日。いや、裏切り者としてグループを追放されれば、身寄りのない無力な子供に死ぬ以外の道はなかった。
 だから、大人になるしかなかった。
 ココウの溝鼠である自分を受け入れて、大人になるしか、この先を生きる術はなかった。
 遠退きたがる意識をぎりぎり手放さずに掴んでいた。嵐のような時間がやがて終わりを告げたのは、兄ちゃんたちよりも大きな背中がやってきて、彼らを追い払ったからだった。
 快活だが朗らかな大男のあげる怒鳴り声を初めて聞いた。口数の少ないもう一人の、リーダー格を捕まえて無言でぶん殴った凶暴性が意外だった。連中がみな逃げていったあと、二人はそばにしゃがみこんで、こちらの顔を覗き込んだ。生き別れの親に引き合わすには、到底醜くなりすぎた、ぼこぼこに腫れ上がって血まみれの、薄汚い捨て子の顔を。
『グレン……トウヤ兄ちゃん……』
 優しい巣から蹴り落とされて、それでも高い空を見上げて、必死に生き延びてきた哀れな雛の。臨終の言葉を覚えている。
『俺には、この町がお似合いだったよ』


 かつての仲間が植えつけた恐怖はきっと正しかった。
 けれど、心を巣食う弱虫も、今の自分なら清算できる。


 スポットライトが燦然と輝く。
 右腕に頼れる相棒を乗せ、少年は両の眼をひらいた。


とらと ( 2020/01/26(日) 23:16 )