3話
〜1〜
ユーリが部屋に籠るようになったのは、実は理由があって…。と言うか、理由がなかったら部屋に籠らないよね。
あれは…あの騒動が一段落してからユーリが病院にいった時の事だった。
「…え?それって…一体…?」
「その通りの意味です。電気袋が完全に傷ついてしまっていて、電気が出なくなっているのです」
「って言うことは…俺は…もう電気技が出せないってことですか?」
「そう言うことに…なりますね。こればからりは私共にはどうすることも…」
そう。これ。これが原因なんだ…。ユーリが籠ったのは。
それに、お母さんが死んだことも改めて考えてるとかなりキツかったみたいで…ユーリは僕の前に姿を見せることは無くなった。
「お兄ちゃん。このシチュー美味しいね!」
「そうだね。ユーリのシチューは誰にも負けないくらい美味しいから」
今は、アルファの面倒を見ながらユーリが出てくるのを待ってる。
もちろん、自分からドアを叩こうとはしたさ。でも、叩けなかったんだ。叩いたらいけない気がして…叩いたら、ユーリが居なくなってしまうような気がして…出来なかった。
「お兄ちゃん…?」
「!?ど、どうしたの?アルファ」
「大丈夫?お熱あるの?怖い顔してたよ?」
知らない間に、そんな顔をしてたんだ…。弟に心配されるなんて…僕もまだまだ甘いなぁ。
「大丈夫だよ?それより、口の回りが真っ白だから拭こうね?」
「うん!お兄ちゃん!おかわりしたい!」
「少しね?あんまり食べ過ぎると後で辛くなるよ?」
「分かった!ちょっとにする!」
帝国で捕まっていた時よりも、アルファは確実に元気になっていた。まだ幼い感じが残っていて、可愛い弟だよ。
シチューを頬張る姿も、初めて僕がユーリのシチューを食べたときとよくにてる。本当に…僕達は兄弟なんだ。
「ごちそうさま!」
「はい。歯磨き忘れないでね?」
「うん!わかってるよー!」
そう言って奥の部屋に入っていった。多分、この会話もユーリには聞こえているんだと思う。どう思っているのかは分からないけど…今のユーリには、僕は近づけない…。
「はぁ…。僕は、全然役になんか…」
「お兄ちゃん出来たよーー!じゃあ、遊びにいってきまーす!」
「あー!アルファ!歯磨き粉が口についてるから!こら!待ちなってーー!」
外に飛び出すアルファを追いかけて、僕が出かけたときに、ユーリがこっそりと食器とかを片付けてるのを僕は知ってる。きっと、僕に会いたくないんだと思う。そうじゃないと、こんなことしないよ…。
今日も帰って来たら綺麗に片付けてあった。やっぱり、ユーリは僕に会いたくないんだ…。そんなことを考えてイスに座ると、テーブルの上に紙切れが置いてあった。
『お前は役立たずじゃないさ。ユーリ』
紙にはそう書かれていて、ユーリに聞こえてたんだと分かって恥ずかしい。…はぁ。僕は何をしてるんだろう?壁を作ってたのは、もしかしたら僕の方なのかもしれない…。ユーリの気持ちを、1個も分かってあげられなくて…どうしようもなくて…混乱していたのかも。
「ありがとう」
そう呟いて、他に残ってる仕事を片付けるために外に出た。今日は快晴だ…雲1つない。僕も、この空のように迷いなく進んで行けたら良いのに…そんなことを考えていた。
〜2〜
その日の夜。僕はアルファを寝かせつけて、自分も寝ようとしたときに、キッチンの方から明かりが見ているのに気がついた。きっとユーリなんだろうなと思いながら、ベットに入る。
ユーリは、僕達がいない間とか寝てる間に、朝昼晩のごはんを作ってくれる。ユーリ自身がごはんをきちんと食べているのかは、僕は知ることもできないけど…。
「……やっぱりちょっと気になるな」
寝るに寝れなくて、キッチンに向かう。少し覗いて見ると、ユーリは包丁を握ってそれを見つめていた。
食材を出してる訳でもないし、何してるんだろう?と、疑問に思ってる僕を他所に、ユーリは包丁を自分の方に向ける。
「っ!?ユーリ!!!」
「サファイア!?」
ユーリが包丁を向けたときに、自分でも驚くほどの勢いで飛び出していた。今、僕の顔はきっと、ユーリを鬼の形相で睨んでる。それが、表現として正しいと思う。
ユーリは、僕が飛び出した時に、背中に包丁を隠した。どうして隠すの?隠したら不味いものなの?そう聞こうとかその時は思いもしなかった。そんなことよりも…もっと聞きたいことがあったから。
「今何しようとしたの?」
「なに…って、それは…」
「言えないようなことしようとしたの?」
「………」
「なんで言ってくれないのさ!!なんで…なんで…!」
ユーリは完全に黙りこくって、自分の部屋に戻っていった。このままじゃ…僕とユーリは壊れてしまう気がする…。いや、確実に壊れるよ…。壁は確実に分厚くなって、叩いて壊すことも、呼ぶことも出来ないぐらいになりつつある。
……ダメだよそんなの。やっぱり、ダメだ。
「…変わるときなんだよね。僕も、ユーリも…」
僕は、ユーリとアルファに書き置きを残して、外に出た。目的地は…決まってるから。
次の日、アルファがいつも隣にいてくれてるはずの兄の姿が無いのに気がついた。目を擦りながらキッチンに向かい、兄の姿を必死に探すがどこにもいない。外も探したが、サファイアは居なかった。
「お兄ちゃん…。どこぉ…うぅ…うわぁぁぁぁぁん!!!」
アルファの泣き声で、ユーリは目が覚めてしまった。キッチンに出ると、アルファが床に座って泣きじゃくってる。サファイアがいないはずはないと思いも、怪我したのではないかと思い、アルファに優しく話しかけた。
「アルファ?お兄ちゃんはどうしたんだ?」
「お兄ちゃんが…ヒック!どこにもいないの…!」
それを聞いて驚いたが、とりあえずアルファを落ち着かせるために、笑顔で返した。
「大丈夫。お兄ちゃんはきっとすぐに帰ってくるよ」
「…ほんと?」
「うん。だから、良い子にして待ってような?」
「…うん。分かったぁ…」
ようやく落ち着いてくれたようで、安心するのも束の間、テーブルの上に書き置きが置いてあるのに気がつき、目を通した。
『ごめんユーリ。僕、やっぱり変わらないといけないと思うんだ。だから、僕はユーリと話がしたい。ユーリが出てきてくれないなら、僕にもそれ相応のやり方がある。サファイア』
どういう意味なんだろう?変わる…?と言うか、それ相応のやり方ってなんだ?そう考えてると、町の方から悲鳴が聞こえてきた。危ないから下りてきなさい!とか、そんな声が聞こえる。…なんだろう?
「ユーリ!大変だ…!」
いつもお世話になってる八百屋の主人が、家に駆け込んで来た。町の騒動と関係があることは、1発で分かった。
「どうしたんだ?そんなに慌てて…」
「サファイアが…!サファイアが時計塔に登って今にも落ちそうなんだ!」
「なっ…!?」
「早く!こっちだ!」
アルファを連れて、町の中心にある時計塔に向かって走った。この町には、時間を知らせてくれるための時計塔があり、そこが町の中心になっている。サファイア…なに考えてんだ?バカな真似だけは止めてくれよ…!
時計塔の下にたどり着くと、サファイアは時計塔の一番上の屋根の上にしがみついていた。風がかなり強く、今にも落ちそうになっている。
「サファイア…!」
自分の体が自然と動いていた。時計塔の中にある長い階段を急いでかけ上がる。とりあえず…間に合ってくれ…!
そのころサファイアは、次大きな風が吹いたら、きっと持たないと分かっていた。でも、それでも僕がここで落ちるわけにはいかないから…!だから、絶体耐えて見せる!そう心に誓った瞬間に、大きな風がサファイアの体を浮かせた。
「あ…!」
完全に屋根から体が離れてしまっていて、誰もが死を予感したその時に、ユーリの腕がサファイアの右腕をガッチリとつかんで、一気に引き上げた。
「はぁ…はぁ…!」
「ユーリ…」
「お前は…!一体なにしてんだ!みんなに心配かけて!死んだらどうするんだ!!」
汗だくになりながらも起き上がり、サファイアに怒鳴り付ける。サファイアの目には、うっすらと涙が見えていたが、泣くのを堪えている。泣いたらいけないと思っての行動だった。
「だって…こうでもしないと、ユーリが部屋から出てきてくれないと思って…」
落ち着いて呟いたその声は、ユーリの心に刺さった。結局…俺のせいってことか?俺が…いつまでもウジウジしてて…知らない間に大切な奴を追い詰めていたのかもしれない。
「僕…ユーリの部屋のドアを叩こうとしても…出来なかったから…だから…」
「…分かったよ。ごめんな。俺も悪かった…。家に帰ろう?アルファが心配してる」
「うん…」
そうして、ユーリとアルファと3匹で家に帰った。町のみんなにきちんと謝ってからだけどね?でも、ここからだ…僕の本当の戦いは…。
家に着くと、3匹で朝ごはんを食べて、アルファは町に遊びに出かけた。そのあとに、ユーリと二人っきりで、話すために向かい合わせで机に座る。
「あのね…?ユーリ…。僕、やっぱり変わらないといけないと思うんだ」
「うん」
「だから…僕、アルファと一緒に旅に出ることにするよ」
「はぁ!?な、なんで…!?」
「アルファは僕と同じで体が弱いんだ…。だから、ここよりももっと空気の綺麗な所で暮らした方が、アルファも幸せになれると思う。だから、僕はここから旅立つよ」
ユーリの顔は、唖然としていた。それもそうだよね。いきなりこんなことをいわれたら、誰だってビックリするよ。
でも、これは自分で決めたことだから…もう迷いは無いよ。
「マジ…なのか?」
「うん。もう、決めたことだから」
「そう…か」
「ごめんね…。ユーリとずっと一緒にいるって約束したのに…守れなくて…」
「いや、いいさ。お前がそう決めたんなら、俺も嬉しいよ」
無理して笑っているのは見てて分かった。だてに長い間一緒にいる訳じゃないもんね。それぐらい分かるよ。
「無理…しなくて良いんだよ?」
「別にしてねぇよ」
「まぁ…それなら良いけど。ユーリは?これからどうするの?」
しばらく悩んでから、ユーリから帰ってきた答えは…
「また、旅に出るかな?」
だった。僕に影響…されてるわけじゃないみたい。そのあとに続いた言葉で分かった。
「何も目的を決めないで、自由気ままに旅をして、本当にしたいことを見つけるさ」
「そっか…!うん!じゃあ、しばらくは一緒にいられる?」
「そうだな。これからもよろしくな」
「うん!あ、今日のお昼はシチューにしよ!」
「昨日も食ったろうが、あんまり食べると飽きるぞ?」
「ありえないよ!だって、ユーリのシチューだもん!」
そう言って、ユーリの手をとって外に飛び出した。
今日も清々しいぐらいの快晴。今の僕の心もこの空のように清々しい気持ちだった。今、僕が笑っていられるのは…ユーリとアルファのお陰さ。それは…今も、きっとこれからも変わらない!そうに決まってる!
太陽も、僕達の事を見守ってくれるように照らしていた。