1話
〜1〜
あの事件から少し経ったら後、海に堕ちた要塞を絵で書いているポケモンが、船の上にいた。
「シュートュー!」
「やぁ。マーム」
“ドーブル”と言う種族の彼は、ソルト達と共に旅をし、この世界を救った英雄の1匹だ。
あの一連の騒動が終わって、一段落ついたときに、シュトュウルムはこの事を残しておく為に、伝えるために絵を描いていた。
「絵の方はどう?」
「うん。大分進んだよ?もう少しで僕の記憶も完成って所だね」
「ねぇ、シュトュウルムの記憶って…その絵の事?」
「うん。記憶は、ただの情報でしかないから…だからみんな忘れていってしまうけど…。物としてそこに残したら…記憶は本当に輝くと思うんだ」
シュトュウルムの隣に座ったマームは、真っ直ぐ海を見るシュトュウルムの横顔を見ていた。
ほんの少し、シュトュウルムの顔に笑顔がうっすらと見えて、マームの心も少し嬉しくなる。
「ねぇ。シュートューはこれからどうするの?」
「僕かい?僕は…。とりあえず、ラピス大先生の小説に載せる挿し絵を描いたら…また放浪の絵描きに戻るよ。そう言うマームは?」
「私は…分かんないよ。でも…1つ考えてることがあって…」
珍しく暗い声で話すマームに、シュトュウルムは不思議に思った。いつも明るいマームが悩むと言うのは、相当な物だと分かっているからこそ、余計に心配になる。
「私…故郷に帰ろうか迷ってるの…」
「マームの故郷って…どこにあるの?」
「この海の向こう側…。ずーっとずーっと遠い所…。ほら、私って“ツタージャ”の割には明るい性格だから…周りよりも浮いてたんだよね…。それに…私の故郷だと、外の世界と交流するのも禁止だったから…。でも、それっておかしいと思って、出てきたの」
つまり、マームは元々この世界のポケモンではない…と言うのが結果論なのだ。帰るとなったら相当のものになるだろう。海を向こう側…つまり、今シュトュウルムとマームが見ている水平線の更に先に行く…と言うことだ。
もちろん。シュトュウルムも放浪の旅をしているわけで、この世界のポケモンではない。だからこそ、マームの気持ちが一番よく分かる。これこそまさしく、ホームシックと言うやつだ。
「マームは…どうしたいんだい?」
「……帰りたい。でも、この旅も続けたい…。私…手紙もろくに出してなかったから…。まぁ、心配なんてしてないと思うけど」
「それは…違うとおもうよ?」
「え?」
シュトュウルムの静かな声が、マームにはっきりと届いた。まぁここにいるのは、船を運転する船長と、マームとシュトュウルムだけで、辺りは海。海の音以外の騒音は存在しない。…船長のイビキも入ってるか。
「子供の事を心配しない親なんて…存在しないんだ。親にとって、自分達の子供はいつまでも子供だし、親はいつまでたっても親でしょ?これって、当たり前だけど、一番大切なことなんだ」
どうしてシュトュウルムから、そんな言葉が出てきたのかは分からなかったが、今は詮索するのはダメだ。とマームは思った。
「そう言うもんかな?」
「そんなもんさ。マームがどうしたいかを僕は決められないからね。だから…マームが好きなことをすれば良いんだよ」
マームとシュトュウルムは、静かに海を見る。どこまでも遠い海を。
いつの間にか、シュトュウルムの絵は完成していた。眺めていると、どこか懐かしいようなそんな感じが漂ってくる不思議な絵。マームから見れば、それほど経ってないのに、もうずいぶん昔の事のように感じていた。
「うーん。分かった!じゃあ…全部やる!」
「マームをやりたいことを?」
「うん!今までもそうしてきたから、決断したらそく決行!それが私!」
自信満々な顔つきで、そう言いきった。そう。誰がどうとか関係ない。結局、私は私。やりたいことをすればいい。あ、もちろん、相手の事を考えてだけど。
─────だって私達には
「未来があるもんね!」
「そうだね。未来が…ある!」
どこまでも続く海と空。それはきっと…私達の可能性が無限にあるからどこまでも遠く見える。無限にあれば、私達があの水平線の向こう側にだって行けるはずだから…。
シュトュウルムと共に、私達の始まりの世界に帰る。けして嫌な物じゃない。と言うか…逆に清々しいぐらいだよ!
「あ、そうだシュートュー。しばらく一緒に行動していいよね?」
「それは構わないけど…どうかしたのかい?」
「フッフフン!私のしたいことをするだけだよ!?」
マームの元気のいい笑顔に、シュトュウルムは優しく微笑んで返した。また、新たな思い出が記憶に刻まれていく…。