7話
〜1〜
「へぇー。子供がいたんだ。ガルシア」
ユーリのように、ピン!と跳ねたくせ毛をもっている“ライチュウ”。名前はガルシア・ハイラス。本来なら、ユーリの苗字もハイラスになるはずだった。しかし、ある事件をきっかけに、ガルシアとユーリのお母さん。ヴァラス・スティスは、離婚した。その事件の事は、またこの次に…。
ユーリはお母さんに引き取られ、スティスの苗字になった。くせ毛は遺伝なのか、ガルシアと全く同じ位置にピン!と跳ねている。
「父親だったのは、たった10年でしたがね」
「俺はあんたの事を許さないし、これからも許すつもりはない。ったく、どの面さ下て出てきた!」
「私もお前に許しをこうつもりも、謝るつもりもない。今は…親子でもないしな。お前が軍に歯向かうなら、私はお前を敵と見なす!」
「それはこっちのセリフだっつぅの!!」
ユーリがそう言うと、ガルシアに向かって“雷パンチ”を繰り出す。それでも、ガルシアはそう来ると読んでいたかのように避ける。
「始めに右から攻めるその癖。12年たっても相変わらずだな」
「っ!うるせぇ!」
右足を負傷しているとは言え、ガルシアとのレベルの差が明らかだった。ユーリが攻撃してもガルシアには当たらない。
しかし、よく分からないこともある。それは、ガルシアがユーリに攻撃を一回もしてこないところだ。ガルシアは避けてばかりで、ユーリに攻撃を仕掛けてこない。
「はぁ…はぁ」
「なんだ?もう疲れたのか?お前はこの12年間の間、一体何をしていた!」
「あんたに説教させる筋合いはねぇってーの!」
みんながガルシアとユーリの戦いに注目している中、ヴァラスは影でコソコソと何かをやっているカルスを見逃してなかった。
カルスは懐から拳銃を出すと、ユーリとガルシアの隙を狙って、ユーリに向けて打つ。
「ユーリ!!!」
ヴァラスは、ガルシアをはね除けてユーリを庇う。鳴り響く拳銃の音とともにヴァラスの体はゆっくりと倒れた。
ユーリの思考は一時停止し、カルスのこの一言でようやく状況を理解する。
「あ。ごめんガルシア。ハズしちゃった。まいっか。どうせ全員殺すつもりだったし」
「…母さん?」
ユーリはもうすでに冷たくなっているヴァラスの体を揺さぶる。もうすでにぐったりとしていて、2度と動くことのないその体にユーリは声をかけ続けた。
「母さん…!なぁ、起きてくれよ!母さん!!」
「ユーリ…」
「クソ…!クソ…!クソがぁぁぁぁ!!!!!」
ユーリはカルスに向かって殺す気で“雷パンチ”を繰り出す。しかし、誰よりも先に動いて、ユーリを止めたのは他でもないサファイアだった。
サファイアは、ユーリの右腕を確りと掴み。必死になってとめる。
「サファイア放せ!」
「嫌だ…!」
「放せって言ってんだろ!!!」
「絶対嫌だ!そんな事をしても、ユーリのお母さんが戻って来ないことぐらい、ユーリだって分かってるでしょ!」
ギリッと唇を噛み締めながらも、ユーリの勢いは止まらない。
ユーリにだって、そんな事は分かりきってる。しかし、こうでもしないと自分の怒りで我を忘れてしまいそうになってしまう。
「サファイア…。放せ!」
「嫌だよ…。僕は、誰かを殺してるユーリを見たくないだ!」
「放せーーー!!!」
サファイアはユーリの腕から手を滑らせて、その勢いで壁に叩きつけられる。シュトュルムを背負ったラピスが、サファイアの所に急いで駆けつけた。
「サファイア大丈夫!?」
「うん。大丈夫だよ」
「あ…。お、俺…」
ユーリは、自分がしてしまった事にようやく気がついたようだった。
いつの間にかカルスとガルシアは姿を消し、残っているのはユーリ達だけになる。
「サファイア…!わ、わりぃ!俺…!」
「大丈夫だって。もう。ユーリ力が強いんだもん」
「俺…。俺は…」
「ユーリ…良かった。本当に良かった。あそこで手を出してたら、僕もユーリのお母さんも悲しいもん」
「俺…」
「…先を急ごう。サファイア。ユーリを支えてあげてくれないかな?」
「うん。ユーリ、行こ?」
サファイアはユーリの体を支えて、また歩き出す。
しかし、なによりもショックが大きくて、ユーリはまだ立ち直れてなかった。
〜2〜
少しずつながらも、ユーリ達は先に進む。
しかし、ユーリの顔が優れない事に、サファイアは気にしていた。
「ユーリ?大丈夫?」
「……」
先程から話しかけても、ユーリは一言も答えない。やはりショックが大きすぎたようだ。それでもなお、サファイアはユーリに話しかける。
「ねぇユーリ?これが終わったらさ。僕、ユーリのシチューが食べたいな」
「…」
「温かくて…優しくて…。ユーリのシチューが僕大好きだよ?」
「……」
「ねぇユーリ。僕さ「放っといてくれよ…」え?」
サファイアの優しい言葉の間に、ユーリの冷たい声が聞こえる。その声は、絶望の底に叩きつけられたような。鋭く刺がついた氷のように感じた。
「もう…俺の事は放っといてくれ。どうせ、俺にはもう…」
「僕さ!!」
「っ!?」
「僕さ。ユーリの事…。大切な家族だって思ってるよ?一人ぼっちだった僕を助けてくれたのが、ユーリで良かった」
「……」
「ねぇユーリ?ユーリは一人じゃないんだよ?周りにこんなに温かい仲間がいるじゃん。それとも…。ユーリにとって、僕達は仲間じゃない?」
「そんなことない!!」
ユーリのその一言に、サファイアは微笑んだ。ユーリが辛い今。ユーリを支えることが出来るのは仲間だけだから。サファイアは、ユーリの背中を頑張って支える。
「そんなこと…あるわけないだろ」
「なら僕は、ユーリを一生一人にしない。ユーリは、僕の事を認めてくれた。僕にはお母さんがいないから、ユーリの気持ちは分からない。でも…。大切な友達を、仲間を傷つけられて、心が痛いのは。僕もラピスもシュトュルムも一緒。だから…。一緒に前を見て歩こうよ。ね?」
この言葉が、ユーリの心についた傷を癒してくれる。完全にとはいかないが、立ち直るのには十分だった。
「…ありがとな。ったく…。メソメソするなんて、俺らしくない。もう大丈夫だ。俺も、前を見て進むよ」
「ユーリ…!終わったら、美味しいシチューを作ってね?」
「おう!とびっきり旨いの作ってやる!」
ユーリの顔に笑顔が戻り、後ろを歩くラピスとシュトュルムも嬉しい気持ちになる。仲間が倒れそうになったら、手を差し伸べれば良い。私も、みんなに支えてもらったから…。今度は、私が支える番だよね?
ソルトがいる場所に向けて、ユーリ達もレイン達も近づいてきていた。
運命の時まで、後もう少し…。