1話
〜1〜
今の時間は朝の5:00。かなり眠いが、今は我慢すべき時なのだ。ついついあくびが出てくるが、目をこすってしのぐ。昨日の夜、できるだけ邪魔にならない程度の荷物を準備していたおかげで、すぐに行動できた。
俺の部屋は一階にあり、階段を降りるという危機を乗り越える必要が無くて良かった。それより、心配なのはラピスの方だ。バレずに階段を降りられるとか、そもそも早起き出来るのかとかすごく心配なところがある。
「あいつ大丈夫かな・・・?」
取りあえず、キッチンの方に足を向ける。リビングにも、キッチンにも誰もいない。パパさんは、仕事に行ったのかテーブルに置いてあったご飯がキレイになくなっている。ママさんはまだ起きてないみたいだ。
裏玄関はキッチンの所にあるのだが、そこに大きなリュックを背負ったラピスが待っていた。何が入ってるんだ?
「なんだ?それ」
「秘密兵器だよ。それより、早くいこ?これを早く使いたいんだよね〜」
秘密兵器って、障壁を越えるのに使うのか?どうやって越えようしているのかは知らないが、危険な事には間違いない。
裏口から出て、障壁に向かって走り出す。俺のと比べてかなり重い荷物なのだろうか、ラピスの走るスピードがかなり遅い。手伝おうか?と聞いても、大丈夫!と言って聞きもしない。
「大丈夫じゃねぇだろ!お前、そうやってムリするから体がダメになるんだよ!お前も家族だと思うなら、頼れよな?」
「・・・!そう・・・だよね。私、いっつも自分で言ってるのに・・・。ごめん、もうムリしない。ありがとう、ソルト」
「っ!お、おう」
ラピスの荷物を少し持つために、自分のカバンを下ろす。入れようとすると、ラピスがあっち向いてて、と言って俺の向きを変えた。そんなに見られたくないのか?
「いいよ。はい、半分入ってるから」
「ん、ありがとう。じゃ行くぞ!警察がいつ動くか分からないからな」
そう言ってまた走り出す。でも、少し不思議なのが、自分の鼓動が速くなってる気がする。と言うところだ。走ってるせいなのか?なんか、鼓動の音が外にも聞こえてるんじゃないかってぐらいうるさい。
ちょうど、障壁についた時にはもう鼓動は止まっていたが、一体何だったんだろう?なんか、ラピスの笑顔の後に、いっつもそうなってる・・・気がする。
「よーし!早速秘密兵器の出番だ!じゃじゃじゃーん!」
そう言って、リュックの中から出てきたのは、普通のよりも少し大きなぐらいのダイナマイトだった。は!?だ、ダイナマイト!?
「お、おま!それが何なのか分かってるか?」
「うん!ダイナマイトでしょ?パパの特製なんだから!」
こ、こいつ本気だ!大丈夫じゃねぇだろ!そんなので爆破なんかしたら周りに気づかれちまうって!
「こう、ダイナマイトでドカン!とやっちゃえば何とかなるって!」
「いや、ならないから」
「それに、家にあったのは10本だけだったし、1本でも破壊できるぐらいの威力はあるよ。まぁ、全部持ってきたけど」
うん?1本で大丈夫なら、なんで全部持ってきたんだ?
「私昨日言ったよね。いつかあの壁の向こう側に行ってみたいって、だから、私もソルトとと一緒に行こうって思って!」
「はぁ!?お前、何言ってんだ!そんな危ないことダメに決まってんだろ!」
「私、簡単に言ってるつもり無いよ?本気だから」
「それでもダメだ!もしかしたら死ぬかもしれねぇんだぞ!そんな事になったら、俺、お前の両親になんて言ったら良いか」
「私、もっと色んなことを知りたい」
俺が全部言いきる前に、ラピスが落ち着いた声でそう言った。ラピスの藍色の瞳は、真っ直ぐに俺を捕らえていて、俺の顔がはっきりと映っていた。
「世界には私の知らないことがいっぱいあるんでしょ?だったら、私それを見てみたい。でね?それをいろんなポケモンに伝えられたらなーって、思ってて」
「・・・本気なんだな?」
「うん。これは、私が自分で決めたことだから、後悔はないよ」
「分かった。でも、俺はどうしてもやらないといけないことがある。それが最優先だからな」
そう、俺は両親と親戚、村のみんなを殺した奴をあぶり出して、墓の前で謝らせる。それを達成させないといけない。普通の復讐だったら、殺す!とか言いそうだけど、俺は俺の大切な物を殺した奴と一緒になんかなりたくない。それが、両親の教えであり、俺の心にしていることだから。
「ねぇ?ソルトのやらないといけない事って何?」
「うん?いや、いつか分かるさ」
取りあえず、この話は終わりにしたかった。ラピスには悪いが少しはぐらかせてもらう。ふぅん。と言って、ラピスはダイナマイトに火を付けた。
「さ!行ってこい!特性ダイナマイト!とう!!」
コロコロとダイナマイトを転がして、障壁の近くにダイナマイトを転がした。導線がどんどん短くなって、火薬に着く寸前で俺とラピスは耳を塞いだ。耳を塞いだお陰で、ドン!と言う音ぐらいで何とかなった。煙と爆風で吹き飛ばされそうになる。あの一個でどんだけの威力だよ。煙の向こうに、穴が開いた障壁が見えた。
「ラピス!今だ走るぞ!」
「ふぇ!?あわわわわ!ま、まってー!!!」
石田畳で整理された道を疾走する。近隣の家の窓が次々に開き、穴の開いた障壁を覗いているポケモン達で溢れていた。障壁の方に目を奪われて、俺達の事が目に入っていないみたいだ。
「見つけたぞ!あいつらだ!捕まえろ!」
「やばいよ!警察がきたー!!」
「いいから、振り向くな!足を回せるだけ回すんだ!」
後ろで、警察がどんどん迫ってくるのが分かる。大体20匹ぐらいか?ここな警察の多くが、“ガーディ”や“ウィンディ”と言うポケモンだ。足には自信があるポケモン達でいっぱいなのだ。実際、スリや逃亡犯を逃がしたことが無いって言うぐらいだからな。
いや、今はそんな事より足を回そう。障壁さえ越えてしまえば、こっちのものだ!
なんなく障壁の穴を通り抜ける。ラピスもその後に続いて、障壁の向こうの森の中を突っ走った。
「あ!あいつら障壁を越えましたよ!」
「止まれ!障壁を越えたら、後は東州の管轄だ。俺達が手を出して良い領域じゃない」
障壁の前に野次馬と共に並んだ。瓦礫を触って、1匹の“ガーディ”が言い放った。
「あーあ。これうちで片づけるんですか?かなり骨折りますよ。全く、なんて言う事するかな〜」
「そうだな。何てことしてくれたんだか。でも、久しぶりにみたよ」
「何がですか?」
「あーいう、何かを追い求めて突っ走る奴」
障壁を越えていった奴らを、“ウィンディー”は懐かしい気持ちで見送るとともに、これからの事を深刻に思っていた。
〜2〜
それから、5時間後・・・。
東州の西部にあたる小さな村。この村の名前は、“プロード”。その昔、この村が出来る前にあった村こそが、ソルトが住んでいた村なのだ。あの後、改築されて今のこの村が出来てのだ。
あれが本当にあったのかと思わせるぐらい、今は平和になっている。毎日、農作業に明け暮れ、紅茶を作ってこの村を補っている。その平和がまた壊されるとも知らずに。
「あーあ!なーんで僕がこんな寂れた村に来なきゃいけないんだろー」
大きなポケモン達の前に、小さなポケモンが嫌そうな顔で村の入り口に立っていた。このポケモンは、“エモンガ”という種族。そして名前は、カルス・エステール。東州を統一したメラニウス帝国の少将だ。性格は、23にもなってもワガママな感じで、冷徹な性格をしている下にいる部下の敵のような存在だ。
「めんどくさいなー。税金の取り立てなんて、僕じゃなくても良いじゃん。そこら辺の尉クラスの奴らにやらせれば良いと思わないー?」
そう言って、自分の右下にいる部下に目をやった。でも、その部下は何も答えない。下手なことを言って首を持って行かれるのは願い下げだったからだ。
「あ!でもいいかー。ここの紅茶、僕お気に入りだし。それじゃあ早速行くよ?」
「はっ!」
後ろにいる部下全員が答える。今の所、まだ機嫌がいい。このまま機嫌が良ければ自分たちに被害が来なくてすむ。そう、部下全員が考えていた。
ずかずかと村の中に入っていく。広場まで進んで、村全体を見渡した。
「相変わらず、殺風景な所だね。ま、こんな所で作るから、紅茶が美味しいのかな?」
「エステール将軍閣下!ようこそいらっしゃいました!」
この村の村長、“ドタイドス”のレース村長が、カルスに頭を垂れながら挨拶をした。そして、広場に用意してあった椅子と机に案内した。
「で、今回はどのようなご用件で?」
「君も相変わらずだなー。そんな事、君が一番分かてる癖に」
確実に年上であるであろう、村長に対して『君』呼ばわりだ。しかもタメ口。それだけ自分が上であると思い、相手を見下している証拠なのだ。
「税金、ため込んでるよね?いつ払ってくれるのかなー?」
「申し訳ごさいません。このご時世、紅茶の収穫量が著しく低く、なかなか収入が入ってこないのです」
「あのさー、僕、そんなこと聞いてるんじゃ無いんだよ。いつ払ってくれるのかつってんの!空っぽの頭でもそれぐらい分かるだろ?」
作り笑顔が、怒りに満ちあふれた顔や冷徹な顔に一瞬で切り替わる。カルスは、他人を苛立たせることや、恐怖のどん底にたたき落とすのは好きだったが、自分が苛立つのは嫌いだった。
「えぇと、つまりですね・・・」
「あーあーあ、分かったよ。今は払えないから、また後回しにしてくれないかそう言いたいんでしよ?でもさー、今回はそう言う訳には行かないんだよ」
「わ、分かりました。半分の税金は集まっております。只今持ってきますので、それまで今年一番出来の良い新作の紅茶をお楽しみください」
「へぇ、新作・・・ねぇ」
新作の紅茶が幸を制したのか、少しだけ機嫌が良くなったように感じた。
村長が税金を取りに行っている間、1匹の“ピカチュウ”が新作の紅茶とスフレを持ってきた。カップに、薄いピンク色の紅茶がそそがれていく。
まずは香りを確認する。ローズの良い香りが鼻を通っていく。そして、舌で味を楽しもうとしたときに、ボチャン!と言う音が聞こえ、紅茶の中に石が入っていた。
「ら、ライト!」
カルスが顔を上げると、1匹の“ピチュー”が小さな身体からバチバチと電気を流していた。こっちを睨みつけて、敵意むき出しの目をしていた。どうやらこの“ピチュー”が紅茶に石を入れたようだ。
「何?人のティータイムの邪魔しないでくれる?」
こんな時でも、余裕の表情でライトを見下している。
「お前みたいな奴に、その紅茶を飲む資格なんかねぇんだよ!」
将軍に対してそう暴言を吐いた後に、小さな身体から電撃が繰り出される。速いスピードでカルスに向かっていく、しかし先に攻撃を受けたのはライトの方だった。
「かはっ・・・!」
「ライト!」
遠くまで吹っ飛ばされたライトに、“ピカチュウ”が寄り添った。ライトのお腹には、焼け焦げたような跡が残っている。
それに対してカルスは、何もなかったかのように椅子に座り、身体からは電気が漏れていた。放った技は“エレキボール”のようだ。
「ったく、だから餓鬼は嫌いなんだよ。あーもう良いや!帰るよ!あ、そいつ連れてくから、拾っといて」
「はっ!」
部下にそう命令して、椅子から飛び下りた。入り口に向かって後ろに部下を率いて向かった。左後ろの部下の手には、小さな子ネズミが握られている。
「エステール将軍!お待ちください!」
ライトの両親なのか、2匹の“ピカチュウ”がカルスの前で土下座をした。
「ウチの息子が大変ご迷惑をおかけしました。ですが、息子を連れて行くのだけは止めて頂けないでしょうか!お願いします!」
その時カルスは、この2匹の“ピカチュウ”を見てある悪巧みを考えていた。この2匹が謝っていることなんて、これっぽっちも興味なんてない。
「うーん、そーだなー。ねぇ、いつぐらいから税金貯めてたっけ?」
「はっ!5ヵ月前からであります!」
「って、事はー。5ヵ月前からだからー、5倍だね。今までため込んでた税金、5倍で払ってくれたらいいよ?」
「そ、そんな・・・!」
この時、市町村で支払うように言われていた税金は、20000ポケだった。つまり、5ヵ月分貯めていた時点で、100000ポケ。その5倍で、500000ポケ支払うように言っているのだ。そんな大金、この村の家々からかき集めても絶対に達さない額だった。
「そんな大金、この村には・・・」
「また来るから、明日までに用意しておいてね?あ、払えなかったらコイツ奴隷市場で売るから。良かったー。純血の子供が今少なくて高く売れるんだよね〜。ま、頑張ってよ?ククク・・・」
不気味にそう笑いながら、上機嫌の状態で帰っていった。村の中にはざわめきが消えない。村長も村民全員が動揺を隠せなかった。