3話
〜1〜
いつもの遊び場に戻ってきたときには、もう夕方だった。本来ならもう家に帰る時間だったが、それどころではない。実家暮らししているミサキ以外は、別居しているから大丈夫だろう。
昔、遊び過ぎて夜に帰ってきたとき、ものすごい剣幕でママさんが迎えてくれた。勿論、その後みっちりお説教を聞くはめになり、もう二度とやらないと誓っているのだが、また聞くことになりそうだ。
「で?話ってなんだ?」
「あぁ、俺が部屋に入った時に気付いたことだ」
かなり勿体ぶってる。みんな気になるのか、少しイライラしてるように見える。でも、ここで焦るわけにはいかない。ゆっくり行くんだ。
「これは、俺の仮説でしか無いんだが─────本当にこの町には市長がいるのか?」
は?とヒビキが答える。当然の解答だ。今まで存在すると思っていたのが、いきなり存在しないといわれてビックリしない奴はいない。勿論、俺も確信はしてない。だからこそもしかしたらなのだ。
「市長が・・・この町にいない?どういう事だ?」
「俺が市長室で見た物は、机と椅子以外、何もない部屋だったんだ。普通だったら書類とかを入れる棚とかがあるだろ?それもなかった」
棚もなければ、絨毯も引かれていなく、照明すらもがなかった。そんな部屋で仕事なんか出来るんだろうか?俺は絶対無理だと思った。
みんなの顔は困惑しているように見える。じゃあ、大人たちが言っていたことは何なんだろうか?考えられるのは、本当に知らないか、騙しているかのどちらかだろう。
「ねぇ、これって知ったらいけないことでしょ?」
「そうだな。もしかしたら、この町そのものがなくなるかも知れない」
「なら!」
「だからこそ、俺は真実が知りたい。俺だって、この町の住人なんだ。知る権利はあるだろ?」
ラピスは、迷っているように感じる。この町が好きだからこそ、この町のポケモン達が好きだからこそ、迷いを生むのだ。
俺の顔をみてからしばらく考えた後に、まるで、何かを決意したかのように俺に言ってきた。
「私、この町が大好き。この町に住んでるポケモン達も大好き。この町に生まれて、みんなの温かい気持ちを受け取って生きてきたから」
「うん。分かってる」
「だからこそ、私も知りたい!この町の秘密!もう止めても無駄だからね?」
「止めねぇよ。絶対に・・・止めない」
何でだろう。嬉しかった。よくは分からなかったが、とにかく嬉しかった。ラピスの笑顔が俺をそんな気持ちにした。さてと・・・。
「お前等はどうすんだ?」
でも、この質問をする必要はなかった。みんなの目を見ると、火のついた目をしている。みんなの気持ちは同じなのだ。
「それ、俺たちにも入れさせてくれねぇか?」
「二人でやるより、みんなでやった方が絶対うまく行くよ!」
「そうね。ラピスがやる気なら、私達は守ってあげないと」
「それに、二人だけなんて、水くさいわよ?」
また一つ、俺達の思い出が増えていく。絆って言って良いのか分からないけど、強くなる。信頼できる仲間は、いるだけ居た方がいい。まさか、こんな形になるとは思ってなかったけど、それもまた、良いのかも知れない。
「みんなの答えは同じだぞ?どうする?実行犯?」
「誰が実行犯だ。ついてきたいなら、勝手に付いてくればいいさ」
そう言って、遊び場から飛び出した。薄暗い路地裏を走り抜ける間、誰が言ったかは分からなかったが、声が聞こえた。
「素直じゃないね」
そう、確かに聞こえた。
〜2〜
俺は、今、屋根の上にいる。一緒にいるのは、ヒビキとラピスだ。どうしてこのコンビになったかは、ヨルにしか分からない。
「準備は良いか?」
俺が持っているトランシーバーから、ヨルの声が聞こえてくる。
「いつでもいいよ?」
俺が応えようとしたのに、ラピスが割り込んで応えた。
「よし、それじゃあ突撃だ!」
「「「アイアイサー」」」
何でこうなったのか、まだ話してなかったな。先に進む前に、一度20分前に遡ろう。
俺が遊び場から飛び出して、表参道の道端で立ち止まっていた時から話すよ。
やるとは言ったものの、そんな情報を大人が簡単に吐くとは思えない。どうしようか。そんな事を考えてると、みんなが追いかけてきた。
「単独行動してんじゃねぇよ!」
「お前にだけは言われたくない台詞だな!」
「そんな事より!どうするの?なにも考えないで行動するのが、一番危ないわ」
「ふ、ふ、ふ。作戦ならもう考えてある!」
この兄弟。みんなして企むときはこの笑い方なのだろうか?まぁ、変なことを考えるのはヨルかヒビキぐらいだから、そんな事は無いのかも?
ラピスの方を見ると、ヨルに対して少し冷めているような目つきで、睨んでいた。
「パシリはやめてね」
「もうしないって!今回の主役はお前等なんだからさ!」
そう言って、俺とラピスを指差した。どうにもこうにも、ラピスはさっきのがかなり効いたのか、早々簡単に信じてはいなさそうだ。
「えーっ、だって私ドジなんでしょー」
「あ、いや、あれは言葉の文で!今回は本当!ソルトのサポートを頼むよ」
「本当?誓える?嘘だったら、火炙りの刑だよ?」
「誓います!誓います!だから信じて!」
目はうるうるとしていて、必死になっている。よっぽど火炙りの刑がイヤなんだな。けしてラピスの信頼を取り戻したいとか、また好きになって欲しいとかそんなんでは無い。ラピスの信頼が無くても生きてはいけるし、ヨルには恋人がいる。恋人の話はまた後でするとして、今はこっちの話をしよう。
「分かった。それなら良いよ」
「ありがとうごさいます!」
ヨルは半分火炙りがイヤだから、半分はラピスを効率的に利用するのにこれがいいと考えているに違いない。
元々何を考えているのか分からない奴だからな。
「でだ、今日は何の日だ?」
「え?何の日って、今日はクリスマスでもなければ、お祭でもないよ?」
「あのな。そんなの誰だって分かってるから。お前は黙ってろ」
ラピスは、ぷぅと頬が膨らんで、眉間にシワを寄せた。真っ先に怒っていると分かる表情だ。
「あ!今日って、1ヶ月に一度の会議の日だよ!」
「そう。さすがミサキだな。やっぱり俺の弟だけの事はある」
「あ、あはは・・・」
ミサキ。顔が引きつってるぞ?まぁ、ヨルと一緒にされても迷惑なだけだよな。よく分かる。
「で?だから何だよ」
「今日は、大人たちが集まる日だ。いつも何をしているのか気にならないか?」
この町では、1ヶ月に一度大人たちの会議がある。大人と言っても、自分たちで稼ぎ、暮らしていけるようになってから、大人として認められる。
イーブイセブンは、仕事をしてはいるが、生活面などでかなり親からの援助を貰っているとか何とか・・・。
「そりゃ・・・まぁ」
「もし、その会議で市長の事を話してるって言う考えは出来ないか?それに、市長の事と、大人たちはつながってる可能性がある」
「じゃあ、そこを狙えば!」
「うん、情報を引っ張り出せるかも知れない」
「ちょっとまった!それって、今度は盗聴かよ!?」
「捕まったらヒビキに弁護してもらえ!ついでに、ヒビキ。こいつらのアシスト頼むな」
「ほいほい」
だから、捕まったら意味が無いんだって。あぁ、俺の罪がどんどん重くなっていく・・・。まぁ、障壁を越えようなんて思ってる時点で、かなりの罪が問われる。障壁を越えることは、どの州も許してはいなく、それはお互いに干渉したと見なされ、そのポケモンの地域の法律で裁かれる。つまり、障壁をいかにバレず登れるかが、重要なのだ。
「他は見張りだ。何かあったら俺に報告すること」
「アイアイサー」
「よし!それじゃあ作戦開始だ!」
みんなで一気に、走り出す。で、あの屋根の上に俺達は移動して、今会議が行われている集会所に乗り込もうとしていると言うことだ。
ササッと俊敏に動く俺とヒビキに対して、ラピスはちょこちょこと付いてきてた。ヒビキは、窓の下に止まり、俺に聞き耳を立てるようにとジェスチャーで伝えた。
ヒビキの指示に従って、聞き耳を立ててみる。どうやら、この町の大人たちが集まっているようだ。その中には、ママさんとパパさんの声が聞こえる。
「それでは、今月の進展、また変化。子供の行動について何かありますか?」
この声は、この町の中でも一番のご長寿。“フシギバナ”のバナードさんの声だ。
「今日、市長の家に向かって走る“ミジュマル”と“フォッコ”の姿を見たんだ。しかも、“ミジュマル”の方には右目の下に傷があった」
「まさか、うちのソルト君とラピスだって言うんじゃないでしょうね!」
「俺は、可能性の話をしてるんだ。それに、ソルト君は元は東州のポケモンだって言うじゃないか。怪しまれるのは当たり前だと思うがね」
市長の家に向かって走ってるとき、見られてたのか。あの時は、どうとも思ってなかったが、今は最悪な状況だ。
「例えそうであっても、ソルト君はもうこの町の住人で、私達の立派な息子だ!あなたにどうこう言われる筋合いはない!」
「何だと!?」
よくは聞き取れないが、なんだか揉めているようだ。大きな物音も聞こえ、かなりヒートアップしている。
「静粛に!その件については、もうしばらく様子を見ることにしよう。他にはないか?」
「バナードさん!もし、この『町の秘密』を見られていたらどうなさるおつもりですか!」
「その時はその時だ。それに、いつまでも隠し通せるだなんて、ワシだって思っておらんよ」
今、確かに町の秘密って聞こえた。やっぱり、この町の大人たち全員が関わっているみたいだ。秘密とは、市長が居ないことなのだろうか?あーっ!一番気にるところが聞き取れない!もうこうなったら!
「ヨル!突撃するぞ!このままじゃらちがあかない!」
「落ち着け!今入っていったら、どんな事が起こるか分からないぞ!?」
「だからこそだ!俺は行くからな!」
そう言って、集会所の扉をバン!と開けた。大人たちの注目を一新に浴びる。中は少しピリピリしているように感じた。後ろのほうでは、ラピスとヒビキが慌てて付いてきてた。そんな中で、バナードさんが優しい声で訪ねてきた。
「どうしたのかね?子供はもう帰る時間だぞ?」
「・・・俺は、この町に来て、ラピスのお母さんとお父さんに一つだけ約束をしていることがあるんです」
全く、質問された事とつながっていない答えを返した。ママさんとパパさん以外は、意味が分からない。と言う顔をしている。それはそうだ。この約束に関しては、ラピスにも言ったことがない。
「それは、『絶対に秘密を作らない。家族であるのであれば、自分たちの心の内をしっかりと相手に伝えること』と言うものです」
「っ!」
「皆さん。俺たちに隠してること・・・ありますよね?例えば、この町の市長について・・・とか」
シーンと室内が静まり返った。図星・・・か。でも、まだあるな。どうして市長がいないのか、いや、『居なくなったのか』の理由を聞かないとな。
「これは・・・俺の仮説何ですけど、もしかしてこの町には昔、本当に市長が居たんじゃないんですか?」
「えっ!?」
「・・・・・もう隠しきれんな」
「バナードさん!」
「ソルト君。市長室を見たんじゃな?」
「はい。まるで、市長の存在そのものを無くしてしまったかのような部屋でした」
ふむ・・・・。と一呼吸置いてから、バナードさんは優しい声で語り始めた。
「その昔、と言うても今から14年前。丁度、ミズキ君が生まれた年の頃。このミストレイルには、心優しく懐の深いワシの親友だった、“カビゴン”のアーサーと言う市長がおった。その市長がな、今から10年前に亡くなってしまったのだ。原因は、持病の悪化でな、わし等はどうしたらいいのか分からなくなってしまったんじゃよ」
「え、それなら選挙とかやれば良かったんじゃないんですか?」
「それがそうも行かなくてな、わしも年だ。今更この町の市長になってもそう長くはないだろう。この町の男たちは、鉱山で働く者が多いからな。この町にいることが少ない。それではダメなのだ」
「そんな・・・。これがバレたら、この町は・・・」
「終わり、じゃろうな。中央州は、市長のいない町を許してはくれんだろう」
俺が・・・・とは言えないな。俺は明日にはもういなくなる。市長になることは出来ない。この町のことを一番に考え、一番に愛するポケモンが良いのかも知れない。なおかつ、鉱山で働かないような奴。でも、そんなポケモンこの町には・・・いや、いるじゃないか。この町に詳しい、鉱山で働く事は絶対にないやつ。
「あの、俺に市長候補がいるんですけど、会ってもらっても良いですか?」
「?」
俺は、外に飛び出してあるポケモンの元に急いだ。屋根の上に登り、一件ずつ飛び越えると、そのポケモンはなんで俺がここにいるのかが、分かっていない。
「え!?ちょ!お前!何すんだ!」
「良いから俺と来い!お前にしか出来ないことなんだよ!」
「?」
そのポケモンを引きずりながら、集会所に急ぐ。コイツにしか出来ないこと、この町を見守ることが、コイツにはお似合いだ。
「つれてきました!」
「ちょ!押すなって!!」
「え!?候補って、ヨルのこと!?」
ヨルを集会所に押し込んで、みんなの前に突き出した。俺的には、一番お似合いだと思う。
「どうですか?コイツに力仕事なんか出来るわけがないし、何よりこの町の事をよく分かっていて愛してる。仕事もキッチリ出来るし、何よりも、『市長のお気に入り』だったこいつなら、ピッタリだと思います」
「な、なんでその事を!?」
「またまた〜。最初っから分かってたんだろ?こうなること。な?ヨル」
ますます分からなくなった、と言う顔が浮かんでいるラピスは、ほおって置いて・・・。説明をしようか。
「こいつはな、元々市長の孫だったんだよ。でも、両親は他界して祖父であった市長に引き取られたんだが、市長も他界して、今の両親に引き取られたんだ。でも、自分が市長の孫だってことは、家族にも黙ってたみたいだがな」
「・・・・・・・お前調べたのか」
「悪いとは思ったがな。市長室の隣にあった、寝室に市長の日記があったんだ。そこに全部書いてあったよ」
またしてもシンと静まり返る。そこに、少しとトゲたった声が響いた。
「んでだよ。なんでだよヨルにぃ」
その声の主はヒビキだった。ワナワナと震え、目には涙がたまっていた。それでも、しっかりと目を逸らさずヨルをとらえていた。
「なんで言ってくれなかったんだよ!血は繋がってなくても、俺達兄弟だろ!?」
「ごめんな。でも、俺には務まらないよ。一回投げ出した俺に、この町の市長だなんて。俺は爺ちゃんみたいな奴じゃない」
「そんなのエゴだろうが!ただたんに、自分がやりたくないだけだろ!逃げてるようなもんじゃねぇか!」
「そうだな。確かにエゴだ。でも、俺は家族と一緒に普通に生活したいんだ」
「はぁ!?意味わかんねぇって!これからもそうすれば良いじゃないか!俺達、いくらでもサポートするから!勝手に独りで抱え込むなよ!俺達・・・家族だろ?」
「・・・・・考えさせてくれないか?」
そう言って、ヨルは集会所から出て行った。ヒビキは壁を殴って、自分の怒りを必死にして抑えているように見える。手が切れるのを止めるために、大人たちで抑え込んで何とか止める事が出来た。その時、ヒビキは涙が止まらず自分の毛を濡らしていた。
〜3〜
その後、解散となってそれぞれが家に帰っていった。もちろん、俺達はママさんの逆鱗に触れ、長いお説教を聞いた。俺は、自室に戻って天窓にハシゴをかけて屋根に登り、空に輝く満点の星を見ていた。
余計なことだったかな。ヨルは自分の秘密を話し、ヒビキは思いをぶつけ、大人たちはこんな俺達に包み隠さず全部話してくれた。これで、良かったんだろうか。自分でやらかした事なのに、後ろめたい気持ちになった。
「ソルト?今良い?」
天窓のところから、ラピスがヒョコッと顔をだして訪ねる。俺はもちろんと言って、顔を空に向けた。ラピスは俺の横に座り、質問を俺に投げかけた。
「ねぇ、私、ヨルが言ってた家族と一緒に普通に生活がしたいって、どういう意味なんだろう?」
「あぁ、それは、前の市長が仕事に追われすぎて、自分の娘に何一つ出来なかったんだ。だから、ヨルにもそう言う風になってほしくなかった。だから、ヨルを養子として出したんだ。ま、本人も日記を呼んでいたみたいで、理由は知ってたっぽいな」
ラピスは、へぇと短く返事をして空を見上げた。コイツ、分かってんのか?
それから、どれぐらい時間がたっただろう?少しだろうか?もうかなりたってしまったのかも知れない。
「ねぇ?私、ソルトがやったこと、間違ってないと思う」
「何が?」
「ヨルを市長にしたこと。間違ってないよ!」
えーっ!!そこ!?そこなんですかラピスさん!?俺が悩んでるのそこじゃないんですけど!?
「だって、あそこでヨルを連れてこなかったら、何時までも引きづったままだったと思う。それに、隠し事をしてる人より、隠し事をされてた人の方が辛いんだよ」
あぁ、そう言うこと・・・・。それじゃあ、俺なんて、ラピスに隠してることなんかいっぱい有りすぎるんだけど。
「ねぇ?ソルト。あの壁の向こう側ってどうなってるかな?」
そう言って、障壁の方を指差す。
「へ?さぁ、どうなってるかな?」
「あの、壁の向こう側には、私の知らないことがいっぱいあるのかな?」
「そうだな。きっとあるさ」
「なら、私、いつか行ってみたいな。あの壁の向こう側に」
ラピスの横顔を見ると、目には満点の星が写っていて、とても綺麗だった。
「行けるさ。俺がこの世界の壁を全部取り除いてやるんだから、もしそうなったら、俺と一緒にこの世界を回ろうな?」
すると、ラピスの顔が真っ赤になり、俺の顔をじっと見ていた。なんだ?俺の顔になんか付いてるか?
「なんだ?顔真っ赤だぞ?風邪でも引いたか?」
「だだだだ!大丈夫だから!」
「変な奴・・・」
「変なのはソルトの方だよ・・・」
「なんかいったか?」
「なーんでも無い!」
どこか様子がおかしいラピスと一緒に、満点の星空を眺めた。そこに、一つの流れ星が流れ、誰かの願いを叶えるために出てきてくれたようにも見えた。