1話
チュンチュン
鳥ポケモンのさえずりで気持ちのいい朝がきた。
「う…ん。朝か」
まだ外は薄暗かったが、もう朝の六時だった。寝起きの悪い俺にとって、早起きはすっごく辛い。
重い体を起こして、真っ先に洗面台に向かう。
洗面台に鏡には、右目の下に傷跡が残っている“ミジュマル”が映っていた。歯を磨き、顔を洗ってさっぱりしてからキッチンに向う。
キッチンからは、焼きたてのパンの匂いと、目玉焼きが焼ける音が聞こえ、俺の食欲を活発にする。
「おはよう。ソルト君」
「相変わらず早起きだね。うちの娘にも見習わせたいよ」
料理を作るポケモン、新聞を読むポケモン、二匹とも“マフォクシー”という種類のポケモンに、俺は「おはようございます」と言った。席に座るために椅子を引いた時、俺は(“ママさん”と呼んでいる)料理をしている“マフォクシー”に声をかけられた。
「ソルト君、悪いんだけどラピスを起こしてきてくれる?」
「はい」
二階に行くための階段を駆け足で上る。
二階の一番左側にある部屋が、俺の幼馴染の“フォッコ”、ラピスの部屋だ。まさか部屋に入る訳にはいかないので、ドアを叩いて起こす。
「ラピス。朝だぞ。起きろ」
「う〜ん。後五分…」
まだ眠いのか、聞こえてきた声が小さかった。でも、そんなことで屈する俺じゃない。一番のとっておきがある。
「朝ごはん、できてるぞー」
「朝ごはん!?」
バン!と勢いよく扉を開けたせいで、俺の顔にぶち当たった。
「ご飯♪ご飯♪ごーはん♪」
自分で開けたドアで、けが人が出ていると言うにのに、随分とのんきな奴だ。赤くなっているであろう自分の顔を抑えながら、階段を下りて席に着く。
「あれ?ソルト、顔赤いよ?」
「ドアにぶち当たったんだよ」
「へ〜。馬鹿だなぁ。ぼーっとしてるからだよ」
誰のせいだと思ってんだコイツ。
ナイフとフォークを器用に使いながら、四匹で朝ごはんを食べる。
これが、あれから十年たった、今の俺の家族だ。
十年前、両親と親戚、それから近所に住んでいたポケモンたち全員を殺された俺を、ラピスの両親が引き取ってくれた。最初は警戒していたが、信用できると分かってからと言うもの、今は何気に幸せだ。
「おかわり!」
「はいはい。パパ?時間大丈夫?」
「おおっと!もうこんな時間か!ママ、ごちそうさま。行ってきます!」
「パパいってらっしゃい!」
ラピスのお父さん(俺はパパさんと呼んでいる)は、鉱山で働いている。だから、いつも朝は早い。たまに、俺が朝起きた時にはもいない時もある。ラピスがどう思っているかは分からないが、きっと寂しいはずだ。元々明るい性格のラピスは、心配させないためにいつも明るく振る舞っている。
ラピスは山盛りのごはんを凄い勢いで掻き込んでいく。
「そんなに食ったら、太るぞ」
「大丈夫!食べたら、その分だけ動けばいいの!」
「あっそ。ごちそうさまでした」
「食器は流しに置いといてね」
「はい」
流しに食器を置いて、「いってきます」と言ってから外に出た。外は日が高く昇り明るくなっている。
「あっ!ソルト、ちょっと待って!」
ラピスは、ご飯とおかずを口の中に放り込む。その光景をママさんは、ビックリしながら見ていた。
「大丈夫?」
軽くのど詰まりをを起こしながら、ラピスは首を縦に振る。食べ物を飲み干してから急いで外に出た。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい」
ソルトにすぐ追いついて、横を一緒に歩く。そして、不意にこんな質問をした。
「ねぇ、今日も障壁に行くの?」
「まあな、って、お前に関係ないだろ?」
「そんな事ないよ。私はソルトのパートナーだもん」
いつから俺のパートナーになった。確かに俺とラピスは同い年で、六歳の頃から一緒にいるけども、俺はコイツをパートナーなんて一回も思ったことがない。パートナーにするなら、もう少しマシな奴を選ぶ。
「ほんっとソルトは危なっかしんだもん。私が居てからこそ今生きれてるんだよ?」
「なーに言ってやがる、俺が感謝するのは、お前じゃなくてお前の両親だ。そこを間違えるなって」
「私だって役に立ってるのに…。まぁいいけど。そんな事より、着いたよ、障壁前」
今、俺とラピスの前にある横約三十五万q、高さ約一万qのとてつもない壁がある。
この壁の名前は障壁。何でも、伝説の三匹のポケモンが、それぞれの州域を守るために世界にこの壁を三つ隔てて、今の世界ができた。今は何事もなく暮らしているが、四年前から突如としてこの壁が現れ、それぞれを、西州、中央州、東州として改めて、それぞれが干渉しないようにしてきた。
「絶対越えてやる」
「それはいいけど、見つかったら逮捕されるよ?」
「そんなの百も承知だ。俺は、この壁を越えないといけないんだよ」
障壁をにらみつけながら、俺は登ろうとしていた。そこをラピスがツッコム。
「一万qもあるのに登れるわけないじゃん」
「でも、登り切ったら俺凄くねぇ?」
そんなことを言うと、ラピスは呆れた顔でこっちを見てきた。
なんだよ。と言おうとしたときに、ラピスは俺の言葉にかぶせる。
「登らなくても何とかなる方法、あるよ?」
「は?」
「だからさ、もう一日だけ待ってくれる?」
「それ、本当に大丈夫か?」
「大丈夫!ラピスちゃんに任せなさい!」
自身満々に言い放つラピスに、俺は不安になった。
ラピスがこれに関われば、ラピスだけじゃない、その周りのポケモンにも迷惑をかけることになる、それだけはどうしても避けたかった。
悩んでいる俺に、ラピスが声をかける。
「私とかに迷惑をかけたくないのは分かるよ?でも、もう少し、もう少し頼ってくれてもいいじゃん。だって、私たち家族でしょ?」
そんなこと言われたら、頼るざる負えないだろ。
「分かった。少し期待してる」
その一言で、ラピスの顔がパァッと明るくなる。頼ってくれると分かって、かなり気合が入ってるようにも見えた。
「そうと決まれば遊びにいこ?」
「ちょちょちょっと待てって!」
ラピスが先につっつぱしる。急いで俺がその後を追う。明るい太陽が、俺たちの背中を押してくれてるような感じがした。
〜2〜
表参道を横切って裏道に入る。とても薄暗く、空気がひんやりしているうえにジメジメしていた。
「相変わらず気持ちの悪い所だな」
そんな気持ちの悪い所に行かなければいいのに、と思うかもしれないが、俺たちにとって、ここが遊び場なのだ。
「あ!ソルにぃとラピねぇだ!」
小さなポケモンがこっちを見てそう言い放った。
それを合図に次々と顔を覗かせる。
「ヤッホー!“イーブイセブン”お待たせ」
「三分二十秒の遅刻だね。でもまぁ良いよ」
“イーブイセブン”とは、“イーブイ”と言う種族の進化系の七人きょうだいだ。
最初に元気よく声を放ったのは、“シャワーズ”のミズキ。ラピスに負けないぐらい元気な二歳年下の男の子。俺たちのことを慕っているのか、「ソルにぃとラピねぇ」と呼んでいる。
少し上から目線な態度のポケモンは“ブラッキー”のヨル。ヨルは、俺たちの四つ上の理系大学に通うお兄さん。学校に行くのなんて金持ちのすることなのに、ヨルだけかよってる。そのせいなのか、時間にうるさい。
「あ、ラピス、シャンプー変えた?」
「そうなの!アメラにオススメされたあのシャンプー、すっごくいいね!」
「あら、それならこのシャンプーもオススメだけど?」
「ちょっと、レイラ。割り込んでこないでよ」
「いつ私が割り込んだっていうのよ」
「もう、二人とも顔怖いよ?そんな事より、このシャンプーもオススメなんだけど」
「「あんたもいい加減にしなさいよ!!」」
薄紫色のポケモン、薄い水色のポケモン、若草色のポケモンでのラピスの奪い合いがまた始まった。
薄紫色のポケモンは“エーフィ”のアメラ。“イーブイセブン”の次女で最近はモデルの仕事をし始めたらしい。『NAMARA』と言うファッション雑誌のトップモデルだ。ラピスもこの雑誌の愛読者である。
水色のポケモンは、“グレイシア”のレイラ。“イーブイセブン”の長女だ。仕事は…、女優だったかな。今売れっ子の大女優で、今ドラマの撮影の真っ最中って言ってたな。
そして、“イーブイセブン”の三女サマル。種族は“リーフィア”で、仕事はアロマセラピスト。空気を綺麗にする能力を持っているサマルにピッタリな仕事だ。そう言えば、ラピスの部屋の匂いはサマルにオススメされたやつとかなんとか。
「あんたたち、一体どういう魂胆?」
「それはレイラが一番よく知ってると思うわよ?」
「なんですって!?」
「まあまあ、二人ともそんなに怒らないの。どのみちお姉さまたちじゃ絶対無理だから」
「「それはこっちのセリフよ!」」
俺が説明している間にまだ喧嘩してたのか。
三人にとってラピスはかわいい妹のような存在だ。それぞれでラピスを奪い合ってる。といった状況だ。
ちなみに、俺の位置は?と聞いた時に、三人から「ラピスのおまけ」と言われたことがある。あれはかなりショックだった。
「姉貴たちも相変わらずよくやるよ。そんなに好きだったら三人で可愛がってやればいいのに」
「そうもいかないんだよ。ラピスがかわいいんだからさ」
「……うるさい」
「それはある」
ついに俺のこの説明もクライマックスだ。“イーブイセブン”の次男。“サンダース”のワタル。と“ブースター”のヒビキについてだ。
先にワタルについてだ。ワタルは、自分で経営している図書館の館長だ。かなり大きな図書館で探し物があるのなら大抵見つかる。ワタルは、仕事が終わるとすぐ寝れるという特技がある。別にこれがどうという訳では無いが、ワタルからすればかなり重宝しているらしい。
最後にヒビキ。ヒビキは一言で言うならできる男なのだろう。今は弁護士だが、きっと三週間後には、違う仕事をしていると思う。自分にしかできない仕事を探し回っているのがこの男だ。そして、ミズキ以外のきょうだいは六子だ。
まあこれで一通り説明が終わったな。ちなみにこの説明は三十二秒かかった。
「私、あの中に混ざれない」
あの…。って!まだやってる!何気に女ってこの世で怖いものベストスリーに入ってそうだ。それにしてもよくやるよ。
「俺も入る気ないし」
喧嘩の渦に中に無理くり押し込もうとするラピスを払いのける。
「で?今日は何やるの?」
「ふ、ふ、ふ。実はもう考えてあるんだよなぁ」
ヒビキが不気味な声で笑う。コイツが考えることなんてろくでも無いことに決まっている。
「題して!『市長の家に行ってみよう!度胸試し大会。略してS−1グランプリ!』」
ほら、やっぱり。
俺だけじゃない、他のみんなも何とも言えない空気になっている。これだから炎タイプは嫌いなんだ。
「それ大丈夫じゃないよね?許可とかとってるの?」
「そんなもの取ってるわけないだろ。ていうか、あの頑固市長が許可なんか出すと思ってんのか?」
「だよね…。うん…、なんとなく分かってた」
ヒビキが市長にこだわるのもよく分かる。この町の市長は、大の子供嫌いで有名な通称“頑固じじぃ”。表参道で遊ぶのを禁止し、公園を撤去した張本人なのだ。これぞまさしく子供の敵。自分の親なんか比でもない、コイツの方が悪者なのだ。
「さ、行くぞ!今日こそ目にもの見せてやる!」
「あ!ヒビキ兄さん待って!」
俺とラピス以外、みんなヒビキについていった。ラピスは行きたそうにしているが、俺が動かないのを見て行こうとしなかった。
「ソルト行かないの?」
「行くに決まってんだろ。あんなのほおって置く方が危険だ」
それを聞いて何が良かったのか、ラピスの顔が明るくなったように感じた。
「行くぞ」
「うん!!」
俺とラピスは勢いよく走り出す。
目指すは山の中腹付近にある市長の家だ。