番外編!鏡の中の勇者たち(中編6)
〜1〜
街中を颯爽と走る足音が聞こえる。
「はぁぁぁっ!!」
「っ!」
甲高い鉄の音も私の耳は捕らえていた。
この雨の中、誰かが戦っている。黄色い…ネズミ?なら、2匹とも“ピカチュウ”で間違いない。
1匹は長く赤い槍を使いこなし、もう1匹は剣を使い、首には紫色のペンダントを着けていた。
まだ子供で、引きこもりの私からすると、こんな戦いを間近で観戦できるのは、本当に嬉しかった。これが私ではなく、一般常識があるポケモンだったら、きっとこんなことは言わないはずだ。避難の知らせを間違いなく誰よりも先に出していただろう。
「あなたは何のために戦うの!?無意味な戦いは、ただ被害を生むだけよ!」
「貴様がそれを知って何になる!この世界のことも知らない貴様に…何が分かると言うのだ!」
何か話している。でも、ここからだと距離が遠すぎて話が聞こえない。窓を開けても良いけれど、雨が部屋に入ってくる。それは流石に避けたい。
2匹の“ピカチュウ”は距離をおいて、剣を持っている“ピカチュウ”は剣をいったん下に下げた。
私の部屋の外が妙に騒がしくなったのと同時に、剣を持っている“ピカチュウ”は話し出した。
「…確かに、私はこの世界のことは知らない。でも、うちには困ってるポケモンを放っておけないタイプが多いから…私が見捨てたら、私がみんなに怒られる」
「……」
「だから、私は負けない。ここで死ぬわけにもいかないしね」
それからしばらく沈黙があった。その沈黙はとても長かったようにも思えたし、短かったようにも思えた。雨が、時間の経過を狂わせているのだろう。
その沈黙を破ったのは、赤い槍を持った“ピカチュウ”の方だった。
「それが…貴様の最後の言葉か」
「どうかしらね」
剣を持っている“ピカチュウ”が、少しだけ笑った気がした。
この緊迫した状況の中で、笑えるほどの余裕があると言うことなのだろうか?それとも、この緊迫した状況を楽しんでいるのか…どちらにせよ、私にはまだ分からない感覚だ。
一呼吸置いてから、両者は同時にお互いに向かって刃を向けた。また甲高い音が響く。
今頃、街のみんなは避難しているだ。さっきまで騒がしかった部屋の外も静かになった。私の親は、私を見捨てて自分達だけ先に避難したに違いない。でも、私にとってそれはどうでも良い。この戦いを見届けられない方が、私にとってこれほどまでに残念なことはないから。
「やっぱり、実物の方がもえる…!生死をかけた戦いを、こんなまじかで見れるなんて…サイッコーだよ!」
思ってることが声に漏れてしまうほど、私はこの戦いに感激していた。
自分が狂ってることなんて、とうの昔に知っていたけれど、こんなに興奮が収まらないのは、戦争の資料を見たとき以来だ。
もし出来るなら、もっと近くで見てみたい…!もっと沢山見てみたい…!どうせなら、自分もその戦いに身を投じてみたい…!戦闘凶と言われても仕方ないよ。だって実際そうなんだから!
「決めた…!私、旅に出る…!実際に戦いを経験したい!」
そうと決まれば急いで支度しよう。こんなクソみたいな家とはもうおさらばだ!
あ。でも、旅に出るのはこの戦いが終わってからにしよう。それからでも遅くない。
“キルリア”は、目を輝かせながら窓の外を見ていた。
そして、常に狂った笑顔を見せ続ける。自分が死ぬまで…死神のように。
────
────────
(さっきよりも威力が上がってる…?)
フェルの疑問通り、ミラフェルの攻撃は着実と威力を増していた。刃を交える度に、フェルは力で押し負けることが多くなってきた。
フェルもこの程度の戦いで体力を消耗する程劣ってはいない。その証拠に、息は全く上がっていなかった。
「どうした?貴様の力はその程度の物か?」
「まさか。そろそろ、本気出したら?準備運動はもうすんだでしょ?」
フェルがそう言うと、ミラフェルは笑みを浮かべた。
ポケモンの笑みは多種多様だが、この笑みは楽しいとき、もしくは楽しみな時に出てくる笑みだ。いろんなポケモンを見てきたし、いろんなポケモンと戦ってきた私だから分かる。
────こういう場合の笑みは危険だ。
すると、頭上から爆発音がして、黒い煙が上がっていた。
「
ちょっ!おおおおちてるぅぅぅ!!」
黒い煙の中から黄色いポケモンがまっ逆さまに落ちてきている。
このままだと、間違いなく地面に叩きつけられて死ぬのがオチだ。フェルは自分のペンダントを握った。紫色をしていたペンダントは青色の光を放つ。
「風よ。冷気を包み、極北の大地を銀色に染よ!“
吹雪”!」
冷気を纏った風は、ポケモンを包み込んで優しく地面に下ろしたかと思うと、跡形もなく消えてなくなった。
フェルと同じ“ネズミポケモン”のピカチュウは安堵の声をあげた。
「ふぅ〜。あっぶなかったぁ。ありがとうフェル。助かった」
「気を付けないと、今度は死ぬわよ?アヤ」
アヤは、フェルの顔を見ながら驚いたように言った。
「フェルが…私の名前を言った!」
「は…?」
名前があるのだから、名前を言うのは当たり前のことなのに、この“ピカチュウ”は一体何を言っているんだろう?
「いままで“あなた”で済ませてたフェルが…!遂に私の名前を…!」
「なっ!べ、別にそんなに驚くような事じゃないでしょ!?」
そう。大して驚くような事ではない。ただ、名前を言っただけだ。私はそんなに他人の名前を口にしていなかったのだろうか?……今考えてみると、確かにレヴェンテとセクトの名前以外あまり呼んだことが無かったような気もしなくもない。
「いや!これは歴史に残る出来事だよ!ねぇ私の名前もう一回呼んで!」
「大袈裟よ。それとしつこい」
こんな緊迫した状態でこんなことが出来るのは、アヤとランドしかいない。と言うか、緊張感が無さすぎてこっちまで影響されるからやめて欲しい。
「あーもう!なんで邪魔するのさー!」
知らない間にミラフェルの横には、ゼヘルと言う“リザードン”がいた。
それと同時に、ミラセクトもアヤの横に着地する。さっきの爆発の影響からか、所々に傷を負っている。
「邪魔しなかったら、真っ赤な血が地面に叩きつけられた綺麗なアートが出来たのに…惜しいなぁ」
「感性狂いすぎにも程があるわよ。言っとくけど、私結構しぶといからそうそう簡単には殺られないけど?」
アヤはそう言うと双剣を構え直し、ゼヘルに突きつける。
「はぁ…。違うんだよなぁ〜」
ゼヘルは、アヤが剣を突きつけても何食わぬ顔で平然と冷静に声のトーンを落としていった。
「あのね?所詮君たちは虫ケラなんだか、虫ケラは虫ケラらしく叩き潰されるのがお似合いってもんなんだよ。なんで分からないかなぁ…あ、虫ケラだから知能が少ないのは当然か」
ゼヘルの本性と言うべきか、明らかにさっきとは全く別の性格をしている。
しかし、その言葉はアヤを焚き付けるのには十分な言葉でもあった。
「……るな」
「ん?なんか言った?」
「……虫ケラ虫ケラ連呼するなぁぁぁぁ!!!」
そう言いながらアヤはゼヘルに剣を振るう。
元々短気な方のアヤは、少しでも悪口を言われるとキレる。堪え性がないと言うかなんと言うか。
ただ、それがアヤの短所であり、強みでもある。確かにキレてはいるが、頭は普通に戦っているときよりも冴え渡っているのが不思議だ。つまり、アヤは怒っている時の方が誰よりも強い。
ただ、フェルには少し心配なことがあった。
(この戦い…無事で済めばいいけど)
フェルの悪い予感は的中するかのように、状況は悪い方向に進んでいた。それを知っているのは、この大都の中でもただ一人しかいない。
「ねぇ、なんで?なんでなの───」
「……悪いな。俺、こっち側だからさ」
そう。ただ一人しかいない。