番外編!鏡の中の勇者たち(中編5)
〜1〜
城下町を走って、お城に向かう僕たちは、雨の中なんとか滑らないように気を付けながら進んでいた。
その雨は、誰のものでもなく、ただ降り続けているだけだった。強くなるわけでもなく、かといって弱いわけでもない。石畳を濡らす雨は、静かに石畳を弾き、水溜まりを作っていた。
ミラアヤが先頭になって、お城に向かって走っているが、一向に近づく感じがしない。と言うより、お城の周りをグルグル回っているような気がする。
「あれ…おかしいなぁ」
ミラアヤが、立ち止まって辺りを見渡す。
困惑している顔を見る限り、どうやら僕らは完全に迷子になってしまったみたいだ。
「あー。これ完全に迷子ね」
「おい、アヤ!どうなってんだよ。城に行くんじゃなかったのか!?」
「そ、その予定だったんだけど…道が分からなくなっちゃって…」
ミラアヤは完全に涙目だった。でも、ミラアヤはけして涙を流すことはなかった。今回の件で、ミラアヤはかなり強くなったんだろう。
「はぁ!?ふざけんなよ!これじゃあ何日あっても、城に辿り着けねぇよ!」
「だって…ケルマが近道しようなんて言うから…!」
「俺のせいだってのか!?」
「そ、そうは言ってないよ…!」
ミラケルマの威圧に、ミラアヤが耐えられなさそうになっていたとき、アヤがミラケルマの耳を思いっきり引っ張った。
「いでででで!み、耳!耳引っ張るなー!」
「か弱い女の子をいじめるのは、流石に黙っておけないからね」
「ば、バカ!耳が伸びるから!て言うかちぎれる!」
ミラケルマがそこまで言って、やっとアヤは手を離した。ミラケルマの耳が少し赤くなっている。
「あ、ありがとう」
「別に!ただ、放っておけなかっただけだし。それより、あんたも気を付けなさいよ!こういうゴロツキは、乙女心なんてこれっぽっちも分かってないんだから」
「俺のどこがゴロツキなんだよ!」
「どこって………全部?」
「っざけんな!」
この二人のやり取り…何だかアヤとランドみたい。アヤの場合は今回に限って立場が違うけど。
って、今はこんなところでいがみ合ってる場合じゃない。早く城に行って、鏡を取りに行かないと。
「全く…なにやってるのよ」
「あはは…。アヤらしくていいと思うけどね」
僕の隣にいたフェルとセクトがそんなことを話しているが、それに反して、ミラセクトは一言も発さない。何を考えているのか、いまいち分からないポケモンだ。
「ほら。そんなことしてないで、早く城に向かうわよ?」
「そうだね…。ねぇミラアヤ。もう一度よく思い出してみて?」
「あ。うん。ちょっと待ってて?」
ミラアヤが、必死に自分の頭をフル回転させながら、お城までの道のりを思い出していく。もうこうなったら、頑張れとしか言えないけど。
でも、僕らのほんの少しの束の間をかき消すような声が、空から聞こえてきた。
「そんな流暢に考えてる暇なんて、君達にあるのかな〜?」
僕はその声に反応して、真っ先に空を見上げた。
そこには、赤い竜と、その背中に乗る赤い槍を持った1匹の黄色いネズミが、僕らを見下ろしなから空に舞う。
そして、僕につられてみんなも顔を上げると、アヤが睨み付けるように赤い竜を見ながら、声を発した。
「あんたは…!」
「ヤッホー!みんな大好きなゼヘル様とうじょー!ゴメンね〜!待った?待ったよね?待ってたよね?そりゃそうだ!だって……ここが君たちの墓場なんd───いイデデデテッ!」
「長い!もっと手短に話せ!」
ゼヘルはミラフェルに背をグリグリやられている。……あれは痛い。
「酷いフェルさん!最後まで言わせて!」
「……良いだろう。だが、もし言ったらそれがお前の最期の遺言になるだろうな」
「キャーー!フェルさんこっわーい!」
あの“リザードン”から、怖いと言う感情がけして読み取れるような顔つきはしていない。と言うか…怖いだなんてこれっぽっちも思ってないだろう。なんとなく、僕にはそう感じた。
「…あんた達の茶番はいいけど、つまりは、私達はここで死ぬって言いたいんでしょう?」
「おっ!流石僕のハニー!感が鋭いねぇ!」
「……誰がハニーだ」
アヤが嫌そうにボソッとそう言った。押さえてはいたが、殺気が混じってる。
だが、問題はそこじゃない。この状況をどうやって切り開くか…だ。正直に言って、2対7だったら、こっちが優勢ではあるけれど…ミラフェル達の実力は、僕達全員を合わせても敵うかどうかは大体5分って所だ。
「ケルマ。ここは私達に任せて!」
「そうね。ここで全滅するよりも、私達がここで足止めしておく方が現実的ではあるわ」
そう言って、アヤとフェルが僕の前に出てきた。2匹の目が見据えるものは、空を舞う敵の姿だった。
フェルの言う通り、ここで全員が全滅するより、アヤとフェルに任せる方がいいのかもしれない。なんとなくだけれど、二人なら…きっと勝てるって思えるんだ。
「……分かった。任せたよ!」
「おおっと!どこに行く気だい!?誰1匹ここを通すわけに───っ!」
ゼヘルはなにかを避けるように空中を飛ぶ。速くて何が飛んだのかは見えなかったが、僕らの頭上にちょうど止まって、やっとその正体が分かった。
「セクト!」
ミラアヤがそう叫ぶ。
僕らの頭上には、ミラセクトが飛んでいた。滅多に話さなかったミラセクトが、ミラアヤを見ながら、口を開いた。
「アヤ。ケルマを頼んだ」
「え…む、ムリだよ!私がセクトの代わりなんて…!」
「ムリでもやるんだ。……大丈夫。お前なら出来る」
ミラセクトにそう言われて、ミラアヤの表情は一気に明るくなった。そして、そのすぐ後に真剣な顔つきに変わった。
「うん…!分かった!」
「セクト、そっちはお願いね!」
「任せておいて!さ、行きましょう!」
セクトにそう言われて、僕らは頷いてから先に進む。
僕らが目指すのはただ1つ。元の世界に戻るための鏡を手にいれるんだ…!
〜2〜
ランドはかなりの苦戦を強いられていた。
“ルカリオ”特有の波動を読み取る力で、魔法をいくら放っても当たらない。ガオンは余裕の現れなのか、目をつぶった状態でランドとミラランドの相手をしていた。
「白氷の加護よ。我に力となり、形を表せ“グングニル”!」
「“波動翔”」
氷で出来た槍を掌に集めた波動で破壊し、勢いが収まることもなくランドに直撃した。
「グアッ!!」
体が引き裂かれそうな痛みが全身を襲い、抜け出したくても抜け出せない。
すると、風を切る音が耳元を横切ったかと思うと、一気に体が楽になった。ランドの周りにあった波動が切り裂かれたのだ。
体に残っているダメージが多いせいで、地面を膝につく。そして、風の向かった先を見ると、蒼い爪の“マニューラ”がいる。
「大丈夫か?」
その声は氷のような透き通っている。でも、どこか懐かしく温かい。そんな感じがした。
ランドの方に振り向いたその“マニューラ”は、どこか見覚えがあった。
「お前…!」
「あぁ、すまない。こっちの姿で会うのは初めだな。だが、今は長々と説明しているわけにはいかないからな、簡単に説明するぞ」
その“マニューラ”はどこからどう見てもランドだった。いや、こっちの世界のランドと言った方が正しいだろう。遠回しに表現してしまったが、つまりはミラランドだ。
真面目そうなミラランドとは打って変わり、今のミラランドは頼もしい顔つきになり、頼りがいのある感じになった。
「俺の力はかなり強すぎてな、一時的なら良いが、長時間止めておくのが不可能なんだ。だからこのメガネで自分の力を抑え込んでいるんだ」
「へぇ」
「ただ、抑え込んでいるのは良いんだが、自分の人格まで抑え込んでしまって、普段は真面目なランドとして生活してるって訳だ」
「ほぉ。ナルホドナルホド」
「お前人の話聞いてねぇだろ!」
ランドはけして話を聞いてない訳じゃない。しかし、自分にとって興味が無いのも事実だ。曖昧な態度をとってはいるのは、ガオンの方を警戒して、神経をすり減らしいているからだ。
ミラランドの蒼い爪は、付け爪のようになっていて、その爪に使われている鉱石はこの世界ではとても珍しいものだった。もちろん、硬度はダイヤモンド並みで簡単に壊れるものではない。
「別に聞いてない訳じゃねぇけどよ、お前の話面白くねぇんだもん」
「なんだそれ!こっちが誠意をもって話してやってるのにふざけるなよ!」
「んじゃあその怒りは、ぜーんぶあいつにブチまけてくれ」
そう言って、ランドはガオンを見ている。相変わらず目を閉じて雨の中突っ立っていた。何を考えているのか全く読めない。しかし、だからと言って不意打ちのような事もしてこないのを見ると、まるで話が終わるのを待っていたみたいだ。
「少しはやれんだろう?サポート頼むぜ?」
「あ、こら!無闇に突っ込むのは───」
ミラランドの声は、途中からランドには届いていなかった。しかし、いろいろな細かい音は確実に聞こえる。風を切る音、雨が地面に当たる音、自分が走って水たまりの水が跳ねる音、それらすべてがランドの耳のなかに入ってくる。
思考を繰り返すなかで、周りの物も恐ろしいほどゆっくりになっていた。雨が一粒一粒完璧に見える。確かに、極限状態になると全ての物がゆっくりに感じられると言うが、さすがのランドもここまでは体験したことがなかった。
(次は何をしてくる…?)
ガオンもただまっすぐ向かってくるランドに、少し違和感が生じた。
けして頭が悪いわけではないはずだ。しかも、この極限まで足音を殺して走る能力。暗殺者か、一流の盗賊のどちらかだろう。…だが、どちらにしてもここまで小さい足音を聞くのは、初めてかもしれない。
とりあえず、相手が何かを仕掛けてくる前に───
「───こちらが仕留めるだけだ…!“波動龍神拳”!」
ガオンの波動が集まった拳がランドに向かう。しかし、それと同時にランドは一瞬にして姿を消した。
消えた…!?そんなはずはない、どこにいる…。
ガオンは見失うまいとランドの波動を探した。すると、自分の斜め左後ろから攻撃してくるランドの波動を掴む。ガオンは下に降り下ろした拳を体ごと回転させて今度こそランドの体を狙って拳を放った。
ガオンの拳には確かに感触が伝わってきた。しかし、その感触は固く冷たく、尚且つ割れるような音が聞こえてきた。
「なに…!?」
ガオンは、この戦いで初めて自分の目を開けた。
そこにはランドの形をした氷の像が木端微塵に砕ける姿があるだけで、ランドの姿はない。
ガオンはとっさに自分の後ろを見る。すると、下でこれから魔法を放とうとするランドの姿があった。
「なぁ、おっさん…。そんなに目を瞑ってたら、見えるものも見えなくなるぜ…!?」
ガオンの視界に、微かに口許を緩めニヤリと笑うランドが映っている。
流石にこの体制では、ガオンも避けるに避けられない。ただただ地面に向かって落ちていくだけだ。
「“
絶対零度”!」
ランドの特大の魔法がガオンを襲う。
ランドはこの時、確かに笑っていた。そして同時にこうも思っていた。
───この時以上に、楽しいことはない…!