番外編!鏡の中の勇者たち(中編3)
〜*〜
「……」
雲の上。“リザードン”の背中でしかめっ面している“ピカチュウ”がいた。この“ピカチュウ”がしかめっ面している理由…それは、フェルのことだった。けして怒ってる訳ではない。なんというか…あれほどまでに互角に戦ったのは初めてのことで、悔しいというのが本音だ。
「フェルさん?フェル・ルナさん?」
「…なんだ」
ミラフェルを背中に乗せて飛ぶ“リザードン”名前はゼヘル。一応、リュミエール王国零の四騎士のうちの一匹だ。気に食わないが、力も十分と言って良いほど強い。ただ、うるさいのが惜しいポイントではあるがな。
と言うか、なぜフルネームで呼んだ?
「いやー。なんか難しそうな顔してたんで、どうしたのかな〜って?」
「別に…お前には関係ないだろう」
「そうですけどー。貴女はリュミエール王国零の四騎士のトップじゃないですか。そんな顔してたら、部下のみんなが怖がっちゃいますよ?」
こいつは本当に余計な無駄口を叩く。次に無駄口を叩いたら槍で串刺しにしよう。
「仕方ないだろう。私は元々こういう顔だ」
「そうですけど。ちゃんと笑ったりして表情筋使わないと、結婚でき───イッテ!!」
ミラフェルはゼヘルの背中に、槍の後ろの方で思いっきりグリグリと押す。刃ではないとはいえ、鉄でできた物でグリグリされるのは耐え難い。
「いいから飛べ。お前自身の命が惜しかったらな」
「うぅ…フェルさんの鬼!悪魔!」
鬼に悪魔か…そうだな。私は…私が忠誠を誓った王の為とならば、私はいかなる者にでもなって見せる。それが例え、鬼や悪魔であったとしても。国のために大義をなれるなら…それで良い。
ゼヘルは涙目になりながら、なるべく早く空を飛ぶ。まぁ、死にたくないから必死になるのは仕方ないか。そのおかげで、いつもよりも早く首都に着いた。
「とーちゃっくでーす!」
「フェル様!ゼヘル様!お帰りなさいませ!」
城の飛行タイプのポケモン専用の発着場で、多くの騎士が出迎えをした。きれいに揃ったその敬礼は、角度も同じようになるよう、訓練されてできた物だ。
「はーい。お出迎えご苦労様ー」
ゼヘルはヘラヘラと笑いながら、敬礼をしている兵士に手を振る。ミラフェルは相変わらず難しい顔をしながら城の中に入った。
「ゼヘル。ビレスとガオンを呼べ。これからの対策会議だ」
「りょーかいしました」
なっていない敬語をミラフェルに使い、そのまま別れる。ミラフェルは、自室に戻り、槍を壁に立て掛けてシャワーを浴びることにした。
全く…アイツと話してると疲れる。もっと普通に話せないのか……それに比べてシャワーは良い。全てを洗い流してくれる気がする。清潔にもなるし、最高のリラックスタイム。はっきり言えば、いいストレス発散だ。
「ふぅ…」
今日は色々あった。自分と…と言うか、異世界の自分と戦い。あのバカとしばらくいないといけないという地獄があった。
どうしてガオンをにしなかった…確かに空を飛べるのはあのバカしかいないが…ガオンでも瞬間移動装置で行けばなんとかなったはずだ。経費削減の為と言っているが…実質違うだろう。…魔道研究班は何をしている?後で訪ねてみるか。
「考えると余計に頭が痛くなるな」
考えるのは止めよう。せっかくのリラックスタイムなのに、よりいっそうストレスを抱え込みそうになる。……そろそろ出るか。
シャワーから上がり、バスタオルで水滴を拭く。さっぱりしたところでクローゼットの中にあるマントを羽織い、槍を持って部屋を出た。
会議室は変な場所にある。その部屋だけ何故か飛び出していて、孤独な牢獄みたいになっている。しかし、この世界にとってそんなことは些細なことで、当たり前なのだ。
「……」
長い渡り廊下の奥の扉を開けると、“ルカリオ”が1匹でポツンとイスに座っていた。名前はガオン。リュミエール王国零の四騎士の1匹で、“鋼天のガオン”と呼ばれている。右目はバッテン傷にで開かない。いや、開いたとしても目は完全に失明していた。義眼を作れば問題ないが、本人は嫌がっている。
「……」
とても無口な男で、必要なこと以外は話さない。質問したとしても頷くか首を振るかのどちらかしかない。ただし、無口ではあったものの、すごく存在感はあった。けして空気にはならない。
そこにうるさいやつが入ってくる。
「いやー!どうもどうも皆様!ご機嫌麗しゅー!」
「…うるさい」
他分、今日初めてガオンが発した言葉だろう。物静かで、穏やかな空間が真っ赤な竜擬きに破壊される。それだけでも耐えられない。今すぐにもここから消えたいと思うぐらいだ。
「えー?うるさいじゃなくて、元気がいいねっていうところでしょー?そこはさ」
「お前の場合はただうるさいだけだ。それより、ビレスはどうした?」
「あぁ。ビレスさんならまだお化粧中でしたよ?もう少しで来るんじゃないですか?」
あの女の美に対しての意識は異常に高すぎる。けして私が低い訳じゃない。私も女だ。薄化粧の1つや2つは普通にする。ただ、私は美よりも力の方がよっぽど役に立つと思っている、それだけのことだ。
すると、異様な香水の香りとともに“コジョンド”と言うポケモンが入ってきた。
「遅いぞビレス。もう少し時間に気を使ったらどうだ」
「あらごめんなさい。ちょっとお化粧に時間かかっちゃって」
香水の匂いはきついうえに、化粧はケバい。どこぞのクラブの女にしか見えない。リュミエール王国零の四騎士の1匹。“妖天のビレス”。その恐れられるほどの美貌は、男女構わず虜にする。妖艶な魅力から発せられる見事な格闘術は、どんな敵をもなぎ倒す…そうだ。
実質、私はこいつの美に共感していない。まぁ、実際の功績はあげてるし、強いのは認めてる。
「フェルこそ、そんなにムスっとしてたらお顔のシワが増えちゃうわよ?」
「余計なお世話だ!」
「まぁまぁ、そんなことより会議やりましょうよ。僕もうお腹すいちゃって…朝からなにも食べてないんですよ」
お前の空腹の話は今関係ないだろう。どうでもいい。だが、会議を始めないといけないのは事実だ。
「で?あの異世界から来たやつらに、見事に逃げられてそのまま退散したって言うのがオチ?ゼヘルの“ロケーション”なら1発で見つけられたでしょ?」
「いやー。そうなんっすけどー。たまには引いてみて見るって言うのも悪くないかなーって。ね?フェルさん」
「まぁ、奴の力を少しあまく見ていた…と言うのもあるがな」
その一言で、会議の空気ががらりと変わった。ガオンが珍しく興味を持っているのが、原因だと思う。強いやつと戦い、己を高めたい…ガオンはそういう欲がある。強者がいれば挑みたい気持ちは、私にも分からなくはない。しかし、私達はあくまで1国の騎士だ。威厳は保たねばならぬだろう。
「あら。お気に入りを見つけたの?」
「向こうのフェルさんですよ。こっちのフェルさんだけで、1国の軍隊と同じぐらいの戦力なのに、それに打ち負けないのは強いですって。頭もキレる、それに加えて力もある。もう完璧としか言いようがないでしょーよ」
「そう。フェルはどの世界でも強い…っていうことなのかしら」
それが気にくわない。この世にフェルはたった1人だ。次は必ず終止符を打つ。私が一番であることを…証明するためにも。
「まぁ、あとのメンバーはまぁまぁでしたかねー。あ!そうそう。僕も見つけたんですよ?お気にいり♪」
「あら、貴方のお気にいりは、遊ぶための玩具みつけでしょ?」
「もう!ビレスさん、僕のことそんな風に思ってたんですかぁ?違いますよー。玩具じゃなくて…ハニー♪です」
それを聞いて、ビレスはよりいっそう引いた。顔が強張っている。いつもは気さくなゼヘルだが、実はこの中で誰よりも情け容赦がないことで知られている。部下たちか一番恐れているのはゼヘルなのだ。
「うわぁ、サイテー。男ならまだしも女に手を出すとかありえない。お巡りさん呼ばなきゃ」
「だってあんな燃え上がってる目。久しぶりに見たんですもん。ああいうのを絶望のドン底に叩き落とすのが楽しいいんじゃないですかぁ」
「あんたの趣味には付き合ってられないわ。あんたなんて女の敵よ!女のて・き!!!」
「やだなぁ。ビレスさんにはそんなことしませんって」
お得意のヘラヘラとした笑顔を降り撒き散らす。
道化師は、こういう笑顔を常に見せ続けているんだろうか?そうならば、本当の気持ちを知られることもないのは、どれだけ惨めだろう。いや、笑顔以外の表現方法を知らない道化師の方が愚かか。
「あんたの笑顔には信憑性が足りないのよ」
「嘘じゃないですよー。とにかくー。次行くときはみんなで行きましょ?きっと楽しいですよー?ねぇー?フェルさ───イッテ!!」
「行く必要はない。それと、お前は1回死んでろ」
「ヒドッ」
ゼヘルの脇腹から少し血が出ているが気にしない。その程度で死ぬようなら零の四騎士の名が廃る。
「……来るな」
「何が?」
「…果敢に進み、鏡を手にすべく向かう異界の勇者」
「あぁ。噂をすればなんとなら…ってやつ?」
波動を使い手のガオンが、もはや奴等の気配を感ずいたようだ。レーダーとしてこいつは必要不可欠な存在だ。
「ねぇフェル?今回は私とガオンで行かせてくれない?」
「何故だ」
「だってぇー!いい男…いるかもしれないし…ねっ?」
「…勝手にしろ」
そう言い、席を立つ。ゼヘルが後ろから苦痛の声をあげているが関係ない。それよりも…私にはまだやらねばならないことがある。
部屋を出て、長い渡り廊下を1人で歩く。何故だろう?こんなに虚しいのは…空がこんなに恨めしく思えるのは。窓から見る果てし無い空は、私から見れば…こんなにも恐ろしいものだったか。
あぁ。空が…泣き始めた。