3話
〜1〜
朝食を終えた僕らは、ミクさんの案内で最後の水晶があると言う神殿の前に来ていた。
「ここは“オリビオン遺跡”。意味は、世界の始り」
「世界の…始り」
確かに、僕がアヤとランドと行った“プルミエ遺跡”とはまた違う風格がある。まるで、何かに圧倒されるような緊張が走る。
「その名の通り、世界はこの遺跡から始まったと言われてるの。ただ、それが本当かどうかは未だに解明されていないわ」
「ねぇミク。私たち観光に来た訳じゃないんだけど」
アヤが呆れた様子でミクさんにそう言う。ミクさんは相変わらずクスクスと笑うだけだ。
「あら。たまにはいいじゃない。いつも切り詰めてるからピリピリするんでしょう?」
「世界の危機に余裕綽々と行動してるのもどうかと思うけど」
「分かってないわね。大人の余裕って言うやつよ」
はいはい。とアヤは軽く受け流した。それに対して、ミクさんは、もう。と頬を膨らませる。
でも今はそんなことをしてる場合じゃない。ここにある水晶が最後なら、早く取りに行かないと。実質、僕たちは水晶を敵に奪われてしまっているのだから。多分、アヤがこのところ少しだけピリピリしているのは、自分に責任を感じているからだ。
昨日の夜、アヤが“ライメイ島”にある、黄色い水晶を敵に盗られてしまったこと、単独行動を勝手にしてしまったことを謝ってきた。もちろん、僕らは気にするなと言ったが、アヤは僕らが何度そう言っても、責任を感じ続けるだろう。実際に、今だってそうだ。
「なぁ、さっさと行こうぜ?俺、まだ寝みぃんだわ。早く帰って二度寝したい」
ランドが欠伸をしながらそう言った。こんなときにそんなことを言えるなんて…やっぱりランドはランドだ。
「いいから早く行くわよ。まだなにも異変は起こっていないけど、世界のバランスが崩れてきているのは確かだもの」
フェルがそう言ったのを聞いて、僕はずっと疑問に思っていたことをフェルにぶつけてみることにした。
「そう言えば、ずっと思ってたけど僕達が持ってるこの水晶って一体なんなの?それに、僕の事も。こんなこと言うのは変だけど、僕は…何者なの?なんのためにこの世界に来たの?」
「それは───」
「その説明は、我々にお任せください」
フェルが何か言いかけたのと被せるように、誰かの声が響いた。
声のした方を見ると、神殿の入り口の前で、フード月のローブを着たポケモン達が立っていた。ポケモン達は、フードを深く被っていて、種族までは分からない。
「あなた方は…一体?」
「我々は、この神殿の神官のようなものです。ケルマ様。そして、水晶に認められし皆様。お待ちしておりました。どうぞこちらに」
そう言うと、神官達は“オリビオン神殿”の中に入っていった。
僕らは、お互いに顔を見合せて確認を取ると、神官の後に続いた。
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『これは、我々に伝わる伝説の物語』
昔々。この世界が出来てまだそう経っていない頃。ポケモン達は、過酷な環境ながらにも助け合いながら生きていた。
「やぁ!今年の木の実はどうだい?」
「今年もいい感じに実ってる。きっと大豊作だろうさ。これも、お天道様のおかげだよ」
世界には光が道溢れ、平和そのものだった。
しかし、その光の中に1つの小さな陰が生まれた。その陰は、光をどんどん侵食していき、とても巨大なものになった。
光は陰に対抗しようと、陰は光を飲み込もうとし、世界を揺るがす戦争が起こった。
ポケモン達は、お互いを傷つけあい、大切なものを奪い合った。そして、そこから憎悪と言う感情が生まれた。
「あぁ憎い!あいつさえいなければ…!俺は…俺は…!」
「子供を…!私の子供を返して…!!」
憎悪は消えることなく、ポケモン達の心を蝕んでいく。世界は崩壊の道を歩んでいた。
そこに、一人の人間と、その人間を支える仲間のポケモン達が現れた。人間は、世界を光で照らし出し、ポケモン達の心にあった陰を消し、温かく包み込んだ。
仲間のポケモン達は、各々が持っていた光で、人間が照らす光を手伝う。赤、青、黄色、桃色、紫、白、そして黒の光は、ポケモン達の心に強く響いた。
陰は姿を消し、この世界はたま平穏な日々を取り戻したのだった。
そして人間と仲間のポケモン達は、この世界の為に自らの光を水晶に変えて、この世界の危機のために備えた。
〜2〜
気がつくと、僕らは立ち尽くしていた。目の前には、あの神官達が綺麗に整列している。そしてその更に奥に、頑丈そうな結界と、結界の中に大切に保管されている白い水晶があった。
あれが、最後の水晶…。
「ここは…?」
「“オリビオン神殿”の水晶の間です。ミク様、どうぞこちらに」
「私?」
ミクさんは一人の神官に呼ばれ、後ろについていった。
そして、神官が次に行ったことに、僕らは驚愕することになる。
神官は、結界に触れるとその結界はいとも簡単に割れて粉々になった。でも、僕らが驚いたのはそこじゃない。
「水晶を持ってないのに、あの結界を壊した…!?」
アヤがそんな声をもらした。
そう。アヤが言ったように、あの結界は水晶が無ければ壊せない。あの神官と名乗っているポケモン達は一体何者なんだろう?
白い水晶は眩い輝きを放ちながら、ミクさんの手に吸い込まれるように移動した。つまり、あの白い水晶はミクさんを選んだと言うことだ。
「その水晶は貴女を選んだ。貴女がその水晶でどうするのかはご自由にどうぞ」
「私の好きにしていいのね。でも、私が悪の方にまわったら、それこそあなた達は困るんじゃない?」
「水晶に善悪の感情はありません。水晶は、自らを使うに相応しい力を持つものだけを見定めることしかできないのです。それに、私らはこの世界に手を出すことは出来ませんので」
なんだかとても難しそうな話をしている。…そう感じるのは僕が子供だからだろうか?それとも、僕の頭の問題か。
神官にそう言われて、ミクさんは少し思い詰めた顔になったかと思えば、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「貴女なら、きっと理解できるでしょう。我々が、どういう存在なのか」
「確かに面白そうだけど…でもね〜」
ミクさんはそう言うと、僕らの方に向かって歩ってきた。歩き方も、とても綺麗で気品がある。
すると、ミクさんは途中で止り、神官の方を向いてこう言った。
「私にはそれ以上に面白そうなものを見つけちゃったから。ごめんなさいね」
「…そうですか」
そう返した神官は、少しだけ笑ったような気がした。神官のその笑顔は、続くことなく僕らにまた無表情で唐突に話しかけてきた。
「皆様。先程見ていただきましたあの物語は、実は昔実際にあった話なのです」
「おとぎ話じゃないってことか?」
レヴェンテがそう返した。
あの物語にも水晶が出てきたって言うことは、昔も僕みたいな人間がこの世界にやって来たって言うことだよね。
「そうです。そして、ケルマ様」
「は、はい!」
「この物語と当てはめるならば、貴方様は間違いなく、この世界での勇者と言うことになります」
勇者…?僕が…?
僕が戸惑っているのに気づいたのか、神官は気を使うように話しかけた。
「いきなりこんなことを申してしまって、申し訳ありません」
「あ、いや!違うんです!ただ、僕なんかが勇者で良いのかな〜なーんて。あはは…」
「貴方様だから…勇者なのです」
「え…?」
僕だから勇者?どう言うことだろう?ますます訳がわからなくなってきた。
だって、僕はいたって普通の人間だ。友達だっていたし、家族とも仲良かったし、僕にとっては何不自由ない生活だったと思う。…でも───
「勇者は、貴方様でなければならないのです。貴方様がそう望んだのですから」
「僕が…望んだ?」
「そう…こうなることを望んだのは貴方様です。まぁ、理由はそれだけではありませんが」
でも───僕はそんな何不自由ない平凡な毎日から、抜け出したいと思っていた。けして、つまらなかった訳ではない。ただ、何か特別な…物語に出てくる主人公みたいな運命を、僕は望んでいた。
ほんの少し…毎日同じことの繰り返しから、外れたことをしてみたかった。
「…なら」
「?」
「なら尚更、僕は勇者に向いてないですよ!僕は別に特別じゃない!本当に普通で平凡な人間なんです!それに、僕は…僕には…世界を救うとか、そんな大それたこと出来ないです」
僕は知らない間に、そんなことを口走っていた。でも、それは僕の本心だ。
僕じゃないといけない?そんな訳ない。僕以上の人間なんて、この世には五万といるはずだ。
「いいえ。貴方なら出来ます。いや、貴方がやらねばならない」
神官の冷たく刺すような声が、僕の中で響いた。僕はその場に立ち尽し、神官の冷たい声を聞く。
「貴方は、何があっても世界を救わなければならないのです。貴方の周りにいる、その仲間様達と」
「仲間…」
「しかし、世界を救うための水晶の一部が、敵に渡ってしまいました」
「う…!」
アヤが痛いところを付かれたように、そんな呻き声をあげた。
「そして、貴殿方は、これから辛い壁に直面することになるでしょう。ですが、それに勝たなくてはならない。私らは、貴殿方を見守ることしかできませんが、きっと、貴殿方ならできると、信じております」
そう言うと、神官達の体がどんどん透明になっていき、空気に溶けるかのように消えていく。
「あ、待ってください!まだ聞きたいことが!」
「大丈夫です。その日はもう目の前まで来ています。我々が語らなくとも、貴殿方は知ることになるのです。嬉しさも、苦しみも……それでは、後武運をお祈りしております」
そう言って、神官達は完全に消えてしまった。
その日はもう目の前まで来ている…か。
僕らはしばらくそこに立ち尽くし、静かになってしまった水晶の間の静寂に、少し息苦しさを感じていた。