2話
〜1〜
早朝。日が上り始めた頃、アヤは一人女子部屋を抜けて外に出掛けていた。少しだけ駆け足で、町の中を駆ける。
朝ともなると、流石にまだ町は静けさを保っていた。
アヤはどこに向かっているかと言うと、昨日訪れたミクの家までだった。リンゴを1個だけ持って走る。
「はぁ…ミクん家遠い…」
昨日は引っ張られてたからそうでもなかったけど…こんな迷路みたいな町をよく迷わずに進めるよ。出来るなら、私も魔法の絨毯とかに乗って空を飛びたいな。
…そんなこと愚痴る前に、早く足動かそう。なるべく、アイツとは2人っきりになりたいしね。
そんなことを思いながら、ミクの家までやっとたどり着く。ミク…起きてるといいけど。とりあえず、ノックをして出てくるか待ってみた。
すると、案外早くドアが開いて、ミクが顔を覗かせる。
「おはようアヤ。そろそろ来ると思ってた」
「おはよう。…って言うか、ミク。私のこと監視でもしてるの?」
「うふふ。そうね…私、予知能力あるから」
もちろん。予知能力があるのは嘘だ。ミクは勘が鋭いからなぁ〜。予知をする前に、なんとなく分かっていたんだろう。女の勘って言うのは、かなり当たるものだし。
「入ったら?彼も起きてるわよ?」
「あ、そうなの?」
以外だ。てっきりまだ起きてないって思ってたのに…まぁ、起こすって言う動作が減って、ある意味助かったけど。
ミクの家は、相変わらず綺麗に整っている。薬品の臭いだけが少し気になるけど。
「あっ。ねぇミク」
「なに?」
「お皿とナイフ貸してくれる?リンゴ切るから」
「はい。じゃあ、頑張ってね?」
「…うん。ありがとう」
私がリオンのいる部屋のドアに手をかけたときに、ミクがからかうようにこう言った。
「間違えても。そのナイフで刺さないようにね?」
「刺すわけないでしょ!」
ミクがクスクス笑ってるのを後目に、私はドアを開ける。
リオンは、ベットのすみに縮まって座っていた。私がドアを開けた時に気づいたのか、少しビクッ!と体を大きく揺らして、怯えるような目で私を見ていた。
まぁ、こうなるのは分かってたけど…流石にちょっと傷つくわぁ。
「あ…アヤ」
「オッス!気分どう?吐き気とかない?」
私はあくまでラフに、いつも話しかけてるようにリオンに話しかけた。私がリオンに近づこうとすると、リオンがいきなり大声を発する。
「来るな!…来ちゃ…ダメ…だ」
「…なんで?」
最後はかなり弱々しく、拒絶…ほどではないみたいだ。
「………また。アヤを傷つけるかも…しれないし」
…本当に、こいつは優しいやつだ。ただ、不器用なだけで、それが相手に伝わりにくい。
「何を思ったかと思えば…そんなことか」
「そんなことって…俺にとっては重要だよ!」
そう言いながら、私は手荷物を机に置いて、リオンの横に座った。リオンはちょっと動揺していたが、気にしないと言うせんで行くことにしたのか、何も言わない。
「大丈夫だって。もしあんたがまた暴走したら、私が力ずくで叩き潰してあげるから」
「うれしいけど…素直に喜べない…」
そうじゃないと、お前みたいな馬鹿力誰も止められないって。
そう思いながらも、口には出さなかった。一応、デリカシーはあるつもり…だし。
「……俺」
少しの沈黙の後に、リオンがいきなり話しかけてきた。
「俺…あの時自分が何をしてたのか、覚えてるんだ」
あの時…って言うと、リオンが暴走したときの事か。あ…だからさっき、近づくなって。
「あの時は…アヤが取られる。アヤは、僕のことなんか見てない。1人になる…って思って…それしか頭になくて」
「うん」
「そしたら、もうどうでも良くなった。アヤがいないなら、こんな世界、無い方がいいって。…そう思った」
リオンは、ゆっくりと静かに私に話してくれた。自分の感情。自分が思っていたこと。ちゃんと話してくれた。
「俺は、本当に取り返しのつかないことをした…だから、俺には生きる資格なんて…」
「……生きる資格って、なんだろうね?」
「え?」
「だってそうでしょ?自分が何をしたら、生きる資格が得られるの?そもそも、生きる資格なんて、目に見えないじゃない」
私がそう言うと、リオンはなにか言おうとしたが、口をつぐんでしまった。それを見た後に、私は更に続けた。
「生きる資格ってさ。誰かに与えられる物でもないし、奪われる物でもない。結局、一番大事なのって、今自分が何をしたいか…何をしないといけないのか…じゃない?」
「俺が…何をしたいか?」
「そうそう。まぁ、私が今したいことは───」
私は机の上に置いておいたリンゴとナイフと皿を取る。
「───リオンと一緒にリンゴを食べることかな?」
そう言って、リオンに微笑んだが、なぜかリオンは手で顔を隠してベットに伏せた。
「リオン?」
「……その笑顔はズルい…!」
「は?何が?」
「もういい…!」
…変なリオン。私はリンゴを剥いて、リオンに渡した。
ほんの一時の時間だったが、すごく幸せに感じたのは、私もリオンも一緒だろう。
〜2〜
朝起きて、ご飯を食べに食堂に行くと、フェルとセクトが椅子に座ってご飯を食べていた。
あれ…?アヤがいない。珍しいな、ご飯に一番敏感なアヤが、食堂にいないなんて。
「あ。おはよう男性陣!」
「おはよう。ねぇ、アヤは?」
「朝早くに魔女の家に行ったわよ。そろそろ帰ってくるんじゃない?」
フェルはそう言って、サラダを口に入れる。
魔女の家…ミクさんの家に行ったのか。じゃあ、リオンに会いに行ったのかな?まぁ、ミクさんがいるから何かあっても大丈夫だね。
「実験台にされてないといいけど」
「へ!?」
ランドが多分わざと僕にだけ聞こえるように、そうぼそっと呟いた。
……さっきの言葉前言撤回!やっぱり危険だ!そんなこと言われて不安にならないポケモンはいないよ!
すると、宿の玄関が勢いよく開けられて、僕の横を何か黄色い物体が通った気がした。
「たっだいまー!さーて!ごはんごはんっと!」
「え!?ア、アヤ!?」
アヤは、用意されていたご飯をものすごいスピードで掻き込んでいく。吸い込まれていく…の方が正しいかもしれないけれど。
「ふぁっふぁいふぁー!ふぃあー…ふぉふぉふぁふぇふふぁっふぇふふふぉふぁいふぇんふぉ」
…何語?
口の中に物が入ってるせいで、何を言ってるのか全然わからない。
「たっだいまー!いやー…ここまで走って来るのは大変だったよ。…って言ってる」
フェルが冷静な分析で、アヤが言っていたことを訳していく。…よくわかるなぁ。
「ふぁっふぅふぁふぇふぅ!」(さっすがフェル!)
「良いから、ちゃんと食べてから話なさい」
もう会話成立しちゃってるよ…。
アヤは口の中にあったものを牛乳で一気に流し込む。プハァー!っと、お風呂上がり恒例のやつを言ってから、息を整えて話し出した。
「いやさ、ミクのとこ行ってきて、リオンのお見舞いしてきたんだ。まぁ、あいつも大分正気に戻ってたし、多分もう大丈夫たと思う」
「そっか…良かった」
後は…ミクさんの方だけか。ミクさんが、協力してくれるかどうかによって、僕たちのこれからの行動がかなり変わる。
僕はパンをちぎって口にいれながら、少しだけボーッとそんなことを考えていた。
すると、まるで歌を歌うかのような綺麗な声が聞こえてきた。
「おはよう。みんな」
「ミクさん!」
ニコッと僕に笑いかけてくれた後に、ミクさんはフェルの横まで歩いてきた。
多分、昨日のことを言いに来たんだろう。でも、どうして今?
「ごめんなさいね。伝えるなら、なるべく早い方がいいと思って、アヤの後をつけちゃったの」
「……で、返答は?」
ほんの少しだけの沈黙の後に、ミクさんは笑顔でこう言った。
「協力させてもらうわ。なんか、楽しそうだし」
「楽し…はぁ、まぁいいわ」
フェルは何か言いたげだったが、諦めたのか言うのをやめてしまった。
「じゃあ、早速だけど…朝食を食べ終わったら出掛けましょう?」
「え…どこに?」
僕がそう聞くと、ミクさんは楽しく歌うように答えた。
「最後の水晶がある遺跡に…ね?」
朝日がミクさんの白く決め細やかな肌を照らす。スポットライトを浴びた美しい歌姫のように、ミクさんはただ僕らに向かって微笑みを返すだけだった。