1話
〜1〜
「久しぶりね。アヤ?」
「ミク!帰ってきてたの!?」
ミクと呼ばれた“サーナイト”は、アヤにゆっくり近づく。アヤの知り合いだろうか?と言うことは、ランドも知ってるのかな?
「えぇ。3日前に帰ってきたばっかりよ?それで…みんなアヤのお友達かしら?」
そう言って、ミクさんは僕たちの方を見る。僕と目があって、なんとなく微笑んでくれたように思えたけれど、なんだか恥ずかしくて僕は目をすぐに背けてしまった。
「あら、よく見たらランドもいるじゃない。すごく珍しい光景だわ」
「あんたは相変わらずだな。魔女さんよ」
「ウフフ。その名で呼んでくれるのは貴方だけよ?ちょっと特別な感じがして嬉しいわね」
嫌味で言ったつもりが、嬉しいと言われて気まずくなったのか、ランドはため息をついて下を向いた。
ランドは、こういうタイプが苦手らしい。どうも掴み所がないタイプ…もしかして同族嫌悪?
「それで…その怪我人を早く治療しなくていいの?」
「あ…忘れてた。早く宿を探さないと」
「それなら、私の家に来たらいいわ。設備も揃ってるし、そうしましょ?ね?」
「ええ!?ちょ、ミク待って!」
そう言って、ミクさんはアヤの手を引いて走り出す。嵐が去ったあとのような静けさが、僕らを襲ったが、すぐにアヤとミクさんの後を追うことにした。
広い通りを左に曲がり、迷路みたいな住宅街の中を走り回る。その間にも、空では絨毯が飛び、魔法で煙突掃除をするポケモンがいたり、魔法のレストランなどが僕らの目に飛び込んでくる。ミクさんとアヤにやっと追い付いたのは、目的地に着いた時だった。
「ここが私の家よ?ねぇケルマ君」
「え?あ、はい」
「ドア開けてくれる?私、手が塞がってるし」
見ると、ミクさんの手には薬草やキノコなどが入った大きな籠があった。あれ?僕らと会ったときにはあんな籠なんて持ってなかったのに。
「え?その籠は?」
「あぁこれ?ここまで持ってもらってたの」
持ってもらってた!?え?誰に!?いや、何に!?
周りを見渡しても僕ら以外には誰もいない。これが、魔法の島では当たり前なんだろうか?
「早く!腕が疲れちゃうわ」
「は、はい!」
僕は木でできたドアを開けた。中は薬草が使った瓶や、窓側で干されているキノコ。そして、沢山の引き棚が置いてあった。机の上には薬草を擂り潰すための道具が置いてあったり、なんだかよくわからない装置があったり…これがミクさんの家。
「怪我人は奥のベットに寝かせておいて」
「分かった」
「私も行くわ。早く治療しないと」
そう言って、アヤとセクトは奥の部屋に入っていった。
ミクさんは、大きな籠を机の上に置いて、引き棚からいくつか粉を取り出す。
「その辺に適当に座って良いわよ?立ってると疲れるでしょ?」
「あんた…何者だ?」
レヴェンテがいつもになくドスの効いた声でそう言った。警戒しているからこそ…なんだろうね。アヤが連れていかれた時も、一瞬誘拐されたと思ったし。
「ケルマが名前を名乗ってもいなかったのに、何で名前を知ってた」
そう言われて、僕はハッとした。確かに、ドアを開けてほしいと言われる前に、僕は名前を呼ばれた。今日初めてあって、まだ名前も教えてなかったのに、それでもミクさんは僕の名前を間違えずに呼んだ。
「あらあら怖いわね。別に変なことなんて何もないわよ?」
「どう言うことだ」
「貴方のお仲間のフェルちゃんから聞いたのよ。貴方たちのこととか。この世界のこととか…ね?」
「フェルを知ってるんですか?」
僕がそう言うと、ミクさんは粉を薬匙で少しずつ取りながら、一ヶ所にまとめる。そして、その作業をしながらこう言った。
「えぇ、だって私に情報を提供してほしいって言ってきたのは、他でもないフェルちゃんだもの」
「そうだったんですね。…所で、それは?」
「薬よ?私、こう見えて薬には詳しい方なの」
やっぱり薬だったのか。と言うことは、この家は、薬局みたいなものなのかな?いや、薬局って言うより薬屋?
「ミクは、魔法薬学の魔女って呼ばれてるの」
リオンの治療が終わったのか、アヤとセクトが奥の部屋から戻ってきた。
魔法薬学の…魔女?聞こえ的にはあんまり良いようには聞こえない名だ。それでもミクさんは、どうでもいいようなそんな顔をしていた。
「魔女なんて…私からしたら誉め言葉にしかならないわね。でも、出来れば魔女じゃなくて美女が良かったかしら」
「美女より魔女の方が、任せても安心って感じがするけど?」
「もう!そう言うことじゃないのよ」
少しふてくされたのか、ミクさんは頬を膨らませる。
でも、ミクさんが美人なのは本当だ。白くて決め細やかな肌は吸い込まれそうになる。
「さ、出来たわ」
「それなんの薬?」
「疲労回復の効果がある睡眠薬よ?先ずはゆっくり寝て、精神を回復させないとね」
リオンの薬を作ってたのか…様々な粉をブレンドして、見た目からとても苦そうだ。…誰でもいいから、早く甘い薬をつくってほしい。
「ねぇランド。さっきから気になってたんだけど、面白そうな物を持ってるわね。ちょっと見せてくれる?」
「ん。あの病人が持ってた武器さ」
ランドは、背中に背負っていたリオンの斧をミクさんに渡した。ミクさんはまじまじと観察すると、机に置いて更に詳しく観察する。
「ねぇ、この窪みに入ってた物はどこに行ったの?」
「あっ、ここにあります。もう粉々になっちゃったんですけど…」
僕はミクさんの机の上に、赤い宝石を置いた。ミクさんはそれをピンセットで持つと、眼鏡をかけて隅々まで見る。
「これを持ってたあの子は、どうなったか教えてくれる?出来れば詳しく」
「なんかいきなり豹変しちゃったのよね。なんか…何かに取りつかれてるみたいになっちゃって」
ミクさんはアヤが言ったことを、紙にまとめ始める。ポケモンの羽だと思われる羽ペンは、真っ白でとても綺麗だった。何もない真っ白の紙に、ミクさんの綺麗な字が書かれていく。まるで物語を作っていくかのようだ。
「黒いオーラみたいのが出てきて、目が赤くなってギラギラ光ってた。あ、後自己回復能力がついてたかな」
「“リオル”じゃ使えない自己回復をやったの?」
「うん。その赤い宝石から煙みたいのが出てきて、それが傷口を回復させたの」
ミクさんは書き終わると、何かを考えるかのように腕を組んだ。いや、実際何か考えているんだろう。アヤの説明で、何が起きたのか、どういう仕組みなのか推理しているんだと思う。
「黒いオーラが出る前に、何かきっかけみたいなものは?」
「アヤに対して何か怒ってたわね」
「え!?そうなの!?」
「多分、嫉妬から来る怒りだとは思うけれどね」
「嫉妬…ね」
リオンの怒りに気づいてなかったんだ…アヤってもしかして案外鈍感だったりするのかな?
すると、後ろのドアがいきなり開いた。僕らは後ろを振り返ると、紫色の水晶を首から下げた“ピカチュウ”と、可愛らしい“マネネ”が入ってきた。
「フェル!」
「みんな…こっちに来てたのね」
フェルは食べ物が籠を手に持って、僕達の方にやって来た。…お買いものしてきたの?
それに続くように“マネネ”もこちらにやって来た。
「そっちのポケモンは?」
「ボンジュール!僕はディメール。お師匠様の元で 魔法薬学の勉強をしてるんだ。よろしく〜」
フレンドリーに僕に手を差し出してきたディメールに、僕は少しだけ戸惑ったが、僕も笑顔で手を握った。
「こちらこそ。僕はケルマです」
「知ってるよ〜。フェルさんから聞いてるからね。もちろん、他のみんなの名前もね?はいっ!これは僕からのお近づきの印!」
そう言って、ディメールは僕に赤いバラの花束を渡してきた。
「君は赤がよく似合いそうだからね」
「あ、ありがとう」
どこからともなくバラを出したディメールは、一回転してお辞儀を返した。魔法…ぽいけど、多分、手品だよね?なんとなく、僕でも魔法と手品の区別くらい出来るよ。
「師匠って…ミクのこと?」
「ウフフ。結構出来る子なのよ?仲良くしてあげてね?」
ミクさんの弟子のディメールか…変わったポケモンみたいだけど、悪い子ではないみたいだね。
「で、一応買ってきたけど…ちゃんと協力してくれるのよね?」
「うーん。そうねぇ〜。興味があること出てきたから、してあげないこともないわよ?」
フェルは、ミクさんのその言葉に、少し怪訝そうな顔をした。ミクさんの機嫌や気分によって、協力するかしないかが変わるのだ。これ以上にないぐらい嫌な気持ちになるだろう。
「ねぇミク。フェルとなんの約束したか知らないけど、約束をドタキャンする人は信用を失うんだよ?」
「別に誰もドタキャンするなんて言ってないわよ。ただ…」
「ただ?」
「ただ、今は返事をする気分じゃないの。明日には返事を返すわ。 だから、また来てちょうだい」
そう言って、ミクさんは薬を持って奥の部屋に消えていった。
気まぐれな美女ほど、扱いが困るものない…きっとフェルはそう思ってると思う。実質、僕もそう思った。
「どうやら今日はお悩みの日みたいだねぇ。ごめんね〜。お師匠様は気分屋だから」
「知ってる…とりあえず宿を探しに行かない?ここにいても仕方ないし」
「そうしようか。それじゃあ、お邪魔しました」
「オ・ルヴォワール!また明日」
ディメールに見送られながら、僕らはミクさんの家を出た。
宿はフェルの案で、フェルが泊まっている宿にすることになったけれど、沢山ポケモンを引き連れてきて、いきなり泊まりたいと言った時の、宿主さんの驚いた顔を見たときにものすごく申し訳なく感じた。
幸い、部屋はまだ余裕があったみたいで、それぞれ男子部屋と女子部屋に分けられた。
「はぁ…」
やっと一息つける…ここまで休む暇もなく話が展開していったから、こういうときぐらい、ため息の1つはつきたいよ。
「んー!フェルの説明はアヤに任せてあるし…暇だなぁ」
「たまにはゆくっりしたらどうだ?こういう時じゃないとできないだろ」
ランドが床でゴロゴロしているのを見かねたのか、レヴェンテがそう言った。ランドは暇なのは性に合わないのかもしれない。大抵アヤと喧嘩してるか、アヤと稽古してるか、爪磨いてるか、昼寝してるか…あれ?アヤと何かしてるときの方が多い?
「そーだけどよ。ゆっくりするのなんて、昼寝するかケルマ弄るかしかねぇしさ」
「僕を弄るのがどうゆっくりしてるの!?」
「俺は楽しい」
「ランドは楽しくても、僕は楽しくないよ…!」
項垂れる僕を見てランドが意地悪そうに笑う。僕がこんな顔をするから、ランドが調子に乗るんだってアヤが前に言ってたけれど、そんなこと言われても不可能だよね?
「もう夕暮れか…」
レヴェンテが少し寂しそうに窓の外を見ている。昔のことでも思い出しているのかな?
そんなときに、ランドのお腹が大きな音を立ててなった。
「あー。そういや腹へったなぁ。今日の飯が豪華であることを期待〜♪」
「ここのご飯は美味いらしいぞ?」
「おっ?それならケルマを食べずに済みそうだな」
「僕を食べる気だったの!?」
またランドが意地悪な顔でニヤリと笑う。冗談だって分かってるけれど、ついつい反応していまう僕の性格が恨めしい…。
「そうさなぁ〜焼いて食うにはいいじゃねぇの?」
「もう!からかうのはやめてよ!」
僕はベットに顔を思いっきり伏せる。それを見てランドがよりいっそう笑い始めた。それにつられてレヴェンテも笑ってる声が聞こえる。
(仲間って言うのも…悪いもんじゃねぇな)
レヴェンテが窓の夕焼けを見ながら、そう思っていたのは、僕らは知らない。でも、そのときのレヴェンテの顔は清々しい顔になっていたのは、僕もきちんと気づいていた。
夜がやって来も、僕らの笑い声は常に絶えない。これからもずっとそうだといいな。そう、これからもずっと…。