4話
〜1〜
上でものすごい破壊音がするのを聞きながら、僕とセクトは地下に続く螺旋階段をかけ降りる。
地下は蝋燭が点々とついてるだけで、ものすごく薄暗かった。
「アヤー!」
僕のその声は、地下にこだました。すると、小さく聞き取りにくいが、どこからか声がする。その声は、アヤのものだとどこか確信を得られるものだった。
「こっちだ…!」
僕は迷わず真っ直ぐ進む。左右に個別で隔離された牢屋がずらっと並ぶ、奇妙な空間を走った。後ろにセクトがいるのは分かるが、なぜかすぐ後ろではなくかなり離れたところにいるようなそんな感覚だった。
「ケルマ…!」「アヤー!」
少しずつ…少しずつだけど近づいてるのが分かる。手に取るようにアヤのある位置が分かる。きっと、これが第六感というやつなんだろう。人間の時は使わなかったものが、ポケモンになって目覚めるというのはあり得ることなんだろうか?
「ケルマ!」
「アヤ!」
アヤは手枷と足枷をつけられて壁に張り付くような状態になっていた。こうでもしないと、アヤは簡単に逃げるだろう。見た目によらず、アヤはかなりの力があるのだ。
「もう!来るの遅すぎ!待ちくたびれたー!」
「あはは…ごめんね」
こう言うセリフはアヤらしい。こんな状況にも関わらず、アヤはみんなを笑わす力がある。いや。そんなことより早く外してあげないと。
「って…ど、どうやって?」
「はい、鍵」
セクトが壁にかかっていた鍵を僕に渡してくれた。僕はその鍵で牢屋の扉を開き、アヤの手枷と足枷を外す。
アヤの手首と足首に赤く痕のようなものがついてる。痛そうだ。
「あっ!痣になってる」
「うん?あぁ、大丈夫だよこれぐらい」
「ダメだよ。見せて」
セクトがピンク色の水晶に手をかけ、アヤの体に触れる。そう言えば、セクトの魔法は回復系の魔法だった。
「天の光よ。我に癒しの力を“
癒し”」
アヤの手首と足首にあった痣は綺麗になくなった。綺麗な黄色い毛がフサフサしている。
「女の子なんだから、ちゃんと気を使わなきゃ?ね?」
「…そう言うもんなの?」
「うん。そう言うもん」
「ふーん」
アヤは自分の手首を見ながら、そう返した。何て言うか…アヤにとってみればそれはどうでも良いことなのだ。自分が傷つくのは慣れてしまったからだと思う。だから、自分よりも相手の事だけを気にかける。自分のことなんて眼中にない。
「ま、とにかくありがとう」
「どういたしまして」
すると、上の方からものすごい音が聞こえた。何かが破壊されるような音。あっ!ランドとレヴェンテが危ない!その音を聞いて思い出したのか、セクトが大きな声で言い放った。
「あっ!ランドとレヴェンテのこと忘れてた!」
「それ言ったらアウトだよ!あ、そうだアヤ。これ返さないと。はいっ!アヤの剣!」
「私の“ブルーレッドドラゴン”!ありがとう!これでもう大丈夫!さ、早く行こう!」
アヤは僕の手から2本の剣を手にした。やっと戻るべき主人の元に戻れて、2本の剣は嬉しそうに輝いて見える。アヤは腰の鞘に剣を収めると、真っ直ぐ進むべき道を見た。
「うん!急ごう!」
僕らはもと来た道を駆け出す。長い螺旋階段に苦戦しながらも、僕らは教会に続くドアを思いっきり開ける。
そこに広がっていたのか、無惨に破壊されたイスや祭壇。壁や床には刃物で傷つけられたと思われる深い跡。何よりも驚いたのが、ランドとレヴェンテが床に寝そべっており、その近くに、血が付いた大斧を持ったリオンが、息を切らしながら立っていることだった。
「ランド!レヴェンテ!」
「…はぁ…はぁ…これで…終わりだぁ!!」
リオンは大斧を振りかぶり、ランドの首をめがけて思いっきり降り下ろした。
ダメだ!今から詠唱しても間に合わない!
「はぁぁぁぁっ!!!!」
ランドの首までもう少しのところで、金属音の甲高い音が鳴り響いた。そこには、青と赤の龍の彫刻が彫られた剣を手にした“ピカチュウ”。その“ピカチュウ”はリオンの大斧を簡単に上にあげた。リオンは驚いた顔で“ピカチュウ”を見る。
「…アヤ」
アヤはリオンの声に反応せず、剣を鞘に収めてランドの顔に触れる。それはとても優しく、羽が触れるのよりも軽い。温かく、日の光に包まれているようなそんな感覚。
「なんでだ…!俺の方がアヤを愛してるのに…!アヤだけを見つめて、アヤの事だけを考えて生きていたのに…!なのに…なのにアヤは俺を見てくれない。声にも反応してくれない。そればかりか、他の男に触れている…!…ふざけるな…!ふざけるなふざけるなふざけるなぁぁぁ!!!」
リオンの体の周りに、大斧の色と同じ黒いオーラのようなものが出てきた。僕でも分かるほど、全身から殺気が道溢れている。
「…セクト!」
「っ!?」
「…ランドをお願い」
「…あ。うん!任せて!」
セクトはランドとレヴェンテの近くに行き、治療を始める。アヤは剣を抜いて、リオンに向けた。
「ケルマ…お願いがあるんだけど」
「なに?」
「ちょっとさ…力貸して欲しいの。流石に、あの怪力バカと戦うのに、一人じゃ無理だからさ」
「僕で良いなら、いくらでも力を貸すよ。だって、僕たち仲間でしょ?」
アヤは軽く笑い、1回目を閉じて大きく深呼吸した。集中力を強くするためだろう。それでもなお、リオンは力をどんどん増していく。黒いオーラは一層に濃くなり、目もギラギラしている。
「…行くよ!」
「うん!」
アヤは迷いなくリオンに突っ込んでいく。リオンも大斧をアヤに向かって降り下ろした。アヤは双剣でその攻撃を受け流し、リオンの左腕に傷をつける。
「ガァァァァ!!!!」
苦痛な叫び声が教会の中をこだまし、リオンの血が飛び散った。
アヤは滅多に他人を傷つけることはない。大概峰打ち程度で終わる。でも、今回はそれだけ追い詰められているということだ。
「ガ…ァァ…」
すると、リオンの左腕から黒い煙のようなものが出てきて、その煙はリオンの傷を癒していく。
「え!?」
「すごい自己回復能力。これ長期戦になるかも」
煙が晴れると、リオンの左腕は、アヤに傷つけられたことなどなかったかのように完全に治り、毛がフサフサに戻った。
「これが俺の力…ははは…!スゴィ…!モット…!モットモットモット!オレニソノチカラヲ…!最強ノチカラヲヨコセェェ!!!アハハハハ!!」
「うわぁ…いつも以上に壊れ始めたよアイツ」
「アヤ!リオンは確かに変り者だけど、あれは絶対違うよ!」
「ケルマも十分酷いと思う」
セクトのそんな声が後ろから聞こえながらも、リオンの黒いオーラはどんどん膨れ上がっていく。リオンの目は真っ赤に染まり、何かに取りつかれたように笑っていた。
「アハハハハ!壊レロ!消エロ!ゼンブゼンブゼンブゥ!俺ガ終ラレセテヤル!俺ノチカラデ…世界モ希望モ…ゼンブ消シテヤルゥ!!!!」
「チッ!そんなこと、絶対させないから!あんたは何があっても、私が正気に戻してあげる!」
「紅蓮の炎よ。我の行く手を阻むものを全て無き物へ!“紅蓮炎龍風”!」
リオンを包み込むように地面から出てきた炎は、渦を描き火柱となり、リオンを焼き尽くす。
もちろん、そんなものは効かないことは知ってる。でも、僕だって何もしないわけにはいかない。今の僕に出来るのは、アヤのサポートをするぐらいだ。
「僕もいるよ?1人じゃなくて、2人で…ね?」
「もう…!2人共私を忘れてない!?2人よりも3人で…ね?」
「ケルマ、セクト……ありがとう」
「お礼はこの戦いが終わった後にね?ほら、行こう!」
リオンを包み込んでいた炎は、リオンのオーラで吹き飛ぶ。リオンが僕らの方を見つめて、ニヤリと笑った。完全に獲物を見つけた獣の目だ。
「アハハ…先ズハ君タチカラ壊シテアゲル!俺ノ力で…カラダモ魂モ…木端微塵ダァァァァ!!」
リオンは斧を持ち直し、こっち向かって笑顔で走ってくる。恐怖以外の何物でもなかったが、それでも目はそらさなかった。目をそらしたら、それでもう死を意味していたから。そして…僕1人じゃなから。怖くても、大丈夫!
リオンに破壊され、体が欠けてしまった“サーナイト”の像は、悲しい顔で歪み、今にも涙が落ちそうだった。雲行きの怪しい空は、これからの最悪な展開を予知している。