1話
〜1〜
この騒動が分かったのは、エドワードさんがアヤの部屋に入ってからのことだった。部屋は、いつも通り綺麗になっていて、ベランダへの窓が開いていた。レースのカーテンがなびいている中、机の上に手紙が置いてあった。
『ごめん』
たったその3文字しか書かれていない紙切れが、この騒動の幕開けとなる。
僕らがアヤの部屋に入ったのは、もう起きてすぐだった。僕はこの騒動を聞いて眠気なんてすぐになくなった。
「行方不明…!?」
「私がアヤ様の部屋に入った時には…もうこのような状態で」
僕とフェル、レヴェンテにセクトは、部屋の状況をゆっくり見る。唯一、まだ起きてこないランドは、僕の隣の部屋で爆睡中。
「ランド…まだ起きてこないの?」
「ほっとけ。そのうち起きてくるさ」
セクトだけが、ランドのことを心配してるようだ。まぁ、レヴェンテの言う通り、そのうち起きてくるだろう。ランドは弱くないしね。
部屋の中は争った形跡がないことから、誘拐ではないようだ。
「自分で出ていったのかな?」
「そうじゃない?大体、誘拐されるポケモンが、手紙なんて書かないわよ」
「だよね…」
自分で出ていったなら、どこに行ったんだろう?アヤが行きそうな所を知ってそうなのはランドだけど…あいにくまだイビキをかきながら寝ている。起こそうとしたけれど、どんなに揺すっても、叩いても全く起きなかった。流石に、僕でも諦めたよ。
「うーーん。ねぇフェル。ここにも水晶があるの?」
「この近くの山の頂上の祭壇にあるの。まぁ、この戦争騒動が終わってから取りに行こうとしてたんだけれど」
「そこっていう可能性はないかな?」
「水晶を手にいれるには、水晶の力が必要なのはお前も知ってるだろ」
それもそうだよね。アヤは水晶を持ってないし…じゃあまた違う所なのかな?すると、ランドがあくびをしながらやっと起きてきた。
「なぁ、俺の水晶知らねぇ?どこにもねぇんだけど」
僕らは、そう言ったランドをじっと見つめた。…それならもっと早く起きてほしかったな。
「なんだよ?」
「いや、なんでもないよ。じゃあ行こうか」
どういう状況か全く分かってないランドをほっておいて、僕らはアヤを追いかけに山に向かう。
僕らに黙って行くなんて…どうしたんだろう?
─────
────────
一方アヤは…水晶が奉られている“デスマウンテン”の頂上にいた。 頂上には、祭壇があり、その中には黄色い水晶がライメイ島を見守るように奉られていた。
「ついた…」
青い水晶を手にし、水晶を守っている結界に触れる。すると、結界はガラスが割れるようにパリンッ!と割れ、粉々になった。
アヤはそのまま黄色い水晶に触れようとする。
「…っ!?」
手にしようとした瞬間に、黄色い水晶はものすごいスピードで誰かに取られた。後ろを見ても誰もいない。アヤは剣を瞬時に抜いて、すぐに警戒する。後ろに何かいるのに気がついて、おもいっきり剣を振ろうとする。
「おっと、危ないな」
アヤが渾身で振った剣は振る途中で止められ、そのままアヤの手から離れて崖の下に落ちていく。
祭壇の方を見ると、顔の目の前に手を向けられ、そのまま意識を手放した。
「それじゃあ、行こうか。囚われのプリンセス」
ポケモンはアヤを連れて“テレポート”でどこかに行った。その行方を知るものはまだいない。
〜2〜
ケルマたちは、水晶が奉られているという“デスマウンテン”の麓に来ていた。山の頂上には雷雲が立ち込め、雷が鳴っている。
ランドは上を見上げて、嫌そうな顔をしながら言った。
「登るのは骨が折れそうだな」
「それでも行くしかないよ。アヤがそこに行ったんなら尚更ね」
セクトがそう言って、ランドはなんとなくいつもの無表情に変わった。何を考えているのかよく分からない顔。こう言うときのランドは、警戒心が強い時だ。
「よし、行こう」
僕らは慎重に山の中に入っていく。植物は一切ない切り立った山は、枯れ木が所々にあるだけで、黄色い土と灰色の岩が目立つ。楽しい登山には向かない山だ。
すると、目の前に何かキラキラ光る物が見えた。
「あれ何?」
「うん?なんかあったか?」
「ほら、あそこでキラキラ光ってるの」
近づいてみると、アヤがよく使ってる剣の1本が、地面に刺さっていた。青い龍が彫られた剣だ。
「これ!アヤの剣だ!」
「でも、アヤって双剣でしょ?もう1本の剣は?」
「どっかに転がってるかもな…登りながら探すか?」
「そうだね。とにかく急がないと」
僕はアヤの剣を抜いて持とうとする。でも、かなりの長さと幅のある剣にうまく持ち上がらない。アヤよくこんな重いものをブンブン振り回してたよ…。
「重い…」
「だろうな。双剣にしては設計ミスなところがあるからな」
「双剣って、普通ならもっと細くて軽いものか、短剣2本だもんね」
なんとか剣を持ち上げて、ランドに背中に縛ってもらった。やっぱり重いけど…まだなんとかなるかな。
僕らはそのまま山を登る。たまに落雷にあいながら、全然楽しくない登山を満喫した。
「ふぅ…や、やっとついたー」
頂上には確かに祭壇があったが、中には何もない。もう持っていかれたあとみたいだった。
結局アヤはどこにもいなかったし、剣があんなところに落ちてるのを思うと、嫌な想像しか出来ない。
「あ、俺の水晶みーっけ」
ランドは祭壇近くの草むらの中から、青い水晶を見つけた。確かにアヤはここに来たんだ。何が目的かは分からないけど…。
「ねぇ!あんなところに剣があるよ?」
セクトが崖の下の方を指しながら言う。崖の下には、辛うじてなんとか木に引っ掛かっているアヤのもう1本の剣があった。赤い龍が彫られた剣だ。
「流石に、あんなところにあったら僕じゃとれないよ」
「じゃあ、私が取ってくる」
「雷に気を付けてね」
所構わず降ってくる雷こそ、何より怖いものはない。空中なら尚更だ。地面に足がついていたら、電気の逃げ道があるからまだ大丈夫だが、空中に逃げ場なんてない。
「大丈夫。私、地面タイプだし」
地面タイプなら雷もへっちゃらだと言いたいのだろう。もちろんそれは承知の上だが、それでも心配になるものだ。
セクトは木の所まで静かに降りると、アヤの剣を手に取った。そして、そのまま僕らの元まで戻ってくる。
「はい。取ってきたよ」
「ありがとう」
初めてこう近くで見ると、ものすごく綺麗な剣だ。彫られた龍は今にも動き出しそう。
「“ブルーレッドドラゴン”」
「え?」
「その剣の名前さ。赤と青の龍は常に対し、2つで1本の剣なんだってよ」
「2つで1本の剣…」
なんとなくだけど、分かったような気がした。特に、2つで1本の剣って部分が。この剣は片方だけじゃ成立しない剣なんだ。両方揃って初めて剣になる。だから、双剣じゃないと意味がない。
「でも、アヤはどこに行ったんだろう?」
「さぁね」
その行き先は、2本の龍の剣が知ってるような気がした。主を呼んでいるように。