7話
〜1〜
2階を上がって、奥の方に謁見の間かある。
大きな扉の向こう側には、広い空間があり、そのなかには赤いカーペットと一番奥に王様と王妃様の座る椅子がある。その椅子には、王様と思われる“レントラー”だけが座っていた。
「ただいま戻りました。父上」
「お前に私を父と呼ぶ資格はない」
重く冷たい声がアヤの声と重なる。その目は見るのも耐えられないぐらい鋭く尖っていた。
「家出など。王家の恥が。今さら戻ってきて何が目的だ」
王家の恥?このポケモンは、アヤの気持ちを全く考えていないの?自分の娘なのに…この対応には流石に驚いた。
「…目的と言うほどではありませんが、私の旅の連れがお聞きしたいことがあると」
「ほう…私は気が長いほうではない。早く申せ」
アヤは、僕のほうを見た。……やっぱり、僕が言うのね。こう言う目上のすっごく偉い人と話したことがないから、失礼にならないように話さないと…。
「お初にお目にかかります国王陛下。単刀直入に申しますが、今、フレイメルとの戦争を止めていただけることは出来ませんでしょうか?」
「ほう。なぜだ」
「信じていただけるか分かりませんが。私どもは、この世界を救うために動いております」
僕は、ラネール国王に今までのいきさつを話した。この世界を保っているバランスが、ポケモン同士の心であること。争いが起これば、世界のバランスが崩れ、世界そのものが崩壊してしまうこと。僕が人間であることは、伏せて話した。
「…と言うことでございます」
「……ふむ。世界が崩壊…。確かに、それは良くないことだな」
言葉そのものは良いように聞こえるが、声や目付きは相変わらず冷たいものだった。本当にそう思っているのか、そうじゃないのか…全くわからない。
「では、貴様らは何故この戦争が起ころうとしているか…ご存知かね?」
「……いいえ」
僕がそう答えると、ラネール国王はニヤリと少し笑ったような気がした。
「そもそもの原因は、アヤ。お前だ」
その言葉を聞いて、僕らは一斉にアヤを見た。この戦争の原因が…アヤ?
「お前が、フレイメル王家第一王子のリオンとの結婚を断って、家出をしたのが原因だ。リオンの何がダメだ。お前が、リオンと結婚をすればライメイとフレイメルの友好決議が出来るんだ。それが何故解らない!」
「お言葉ですが父上!」
ラネール国王の言葉を遮るように、アヤは大きな声で言った。その目は、すべての決意を決めて、すべてを敵にまわしても構わないと言ってるようだった。
「私は、リオンのそのものが嫌いなのです!何て言うか…私には合わないの!あいつ、いっつもナルシストなことばっかり言ってくるし、もうキモいったらないわ!」
会ったことないけど…本当に嫌いなんだなって言うのがよく伝わった。無理やり結婚させられても、アヤのストレスが溜まるだけだ。
「それに、私は貴方の道具じゃない!結婚だって、フレイメルとの友好を結ぶためでしょ!?そこに何の幸せがあるのよ!」
「お前には、この島の国民のために思うことはないのか!」
「私は、国民である前に貴方の娘よ!」
こんな風に親子喧嘩を近くで見るのは初めてだ。僕は…親とは仲良くしてたほうだよ?そりゃ、反抗期ぐらいはちょっとだけあったけどさ。って、僕のことはいいんだよ。
アヤは、目に涙を溜めながらもけして流さないように我慢していた。
「でも!それでも、私やっぱりこの島が好き。みんなが大好きなの。みんなとの思い出がつまったこの島が大好き。だから…」
アヤは僕らの元を離れて、少しだけ前に出た。
なんだろう。すごく嫌な予感がする。心のなかで、行かせちゃダメだって叫んでる。
「だから…私はここに戻ってきた。この国の為なら、私は何があっても大丈夫です。リオンとの結婚、お受けいたします」
アヤがそう言った瞬間に、ラネール国王が少しだけ動揺したような気がした。…もしかして。
「どういう風の吹き回しだ」
「この島を離れて、改めて考えた結果です。ライメイ王家第一王女として、成すべきことをする。それだけです」
「…そうか」
ラネール国王は、それ以上言うことはなかった。
僕らは謁見の間から出てそれぞれの部屋に案内される。部屋の中は洗礼されていて、静かに休めるよう青や白を貴重とした部屋だった。大きなベッドに高級そうな机や椅子。窓の向こうにはベランダ。部屋に必ず1つお風呂がついてるみたいで、完全にホテルだった。
「……本当にこれで良かったのかな?」
本当に、アヤがリオンって王子と結婚するしか方法が無かったのかな?これじゃあ、アヤだけが不幸じゃないか。…でも、僕に何が出来る?炎の魔法しか使えない僕に、一体何が出来る?僕は…あまりにも無力だ。こんな僕に、世界を救うだけの力があるように思えない。
「はぁ…」
静かにベッドの上で仰向けになりながらため息をついた。ため息をついたら幸せが逃げるって言うけど、もうどうでも良い。今はため息しかつけないんだ。
「はぁ…」
「ため息ついたら幸せ逃げるぞー?」
「仕方ないじゃないか、今の僕にはこれしかできないし……え?」
どこからともなく聞こえてきた声に、僕は反応して起き上がった。窓が開いていて、レースのカーテンがヒラヒラとなびいてる。その向こうに、黄色い何がが見えた。
「アヤ…?」
「…おいで?」
そう言って、アヤは手招きをした。僕はそれに引き寄せられるように近づいた。ベランダに出ると、ライメイ島の景色が一望できた。
「綺麗でしょ?」
「うん」
「夜になったら、もっと綺麗だよ?」
「そうなの?」
「うん!」
そんなたわいもない会話をする。なんとなく、なにもない今が幸せに感じた。そう言えば、今なら聞けるかもしれない。
「ねぇアヤ…」
「なに?」
「ランドとエルって…どういう関係なの?」
僕がそう言うと、アヤは少し口をつぐんだ。…聞くタイミング間違えちゃったかな?
するとアヤは、ベランダの手すりに頬杖をついて優しく話始めた。
「エルは、ランドの恋人。エルはランドが好きだったし、ランドもエルが好きだった。私は、そんな二人の支え役。もちろん、友達だよ?」
「恋人…?」
「うん。でも驚いたなー。本当…驚いた」
驚いた…?何に…?僕は、余計なことは言わないで、アヤの話をゆっくり聞くことにした。
「エルね…?5年前に死んだの。崖から落ちて」
「え!?」
「ビックリでしょ?崖から落ちて死ななかったにしろ、死んで生き返ったにしろさ」
崖から落ちて死ななかったなら奇跡だし、死んで生き返ったにしても、あり得ない奇跡だ。もう、すごいとしか言いようがない。
「でも…エルが死のうが、そうじゃなかろうが…私のやったことは変わらないんだよねー」
「やったこと?」
「エルが崖から落ちたの…私のせいなの。エルの帽子が風で飛ばされて、それをエルが取りに行って、バランス崩して落っこちた。…あの時、私が取りに行ってれば…私がエルの代わりになれたら、こんなことにはならなかったのかなーって」
アヤは軽い口調でそう話すが、顔は怖いまんまだった。
エルが死んでも自分が悪いし、死ななかったにしても自分が悪い。そう言いたいんだろう。でも、それは…仕方ないことなんだ。他人から見たら、それは単なる事故で、アヤには何の罪もない。
「…違うんじゃない?それってただの事故じゃん」
「ううん。違う。あれは…間違いなく私が悪い。私のせいで、エルが死んだの。…違うかもしれないけど」
アヤはそう言うと、ベランダの手すりの上に乗った。
……いやいやいや!!あ、危ないよ!
「あ、アヤ!危ないから!」
「私ねー!」
アヤは、海の向こうにまで届かせようとしているのかと思うぐらい、大きな声でこう言った。
「私ね。今なら、きっとエルの代わりに死ねる気がする。誰かが私に死ね!って言ったら、きっと死ねる。もう、失う物なんてない。ぜーんぶ、私の目の前で消えていった。だから、死ねる」
「……まだ、ダメだよ」
何を言ったらいいのか、僕には全く分からなかった。分からないから、僕が言ってることは滅茶苦茶だろう。でも、それで良い。それで良いんだ。
「まだ!無くしてないもの…あるじゃん!」
「あるかな?」
「あるよ!」
「…例えば?」
「……例えば…えーっと。……僕とか!」
ちなみに、僕がこの時何を言ってたかなんて全然覚えてない。何も考えてなかったからだと思うんだけど…本当に覚えてないんだ。
「あと、ランドとフェルとレヴェンテとセクト!」
「それってみんなじゃん」
「うん。だってさ、僕たち仲間でしょ?あと、友達!アヤがそう言ったんだよ?なら、僕たちも大切なものじゃない?」
すると、アヤはクスクスと笑ってこう言った。
「それ!自分で言うことじゃないよ!?」
「いいの!本当のことだから!僕たちはまだ生きてるよ?まだ失ってないもの、ここにあるじゃん!」
この話をアヤに聞いたときに、僕はものすごく恥ずかしかった。顔が燃えるぐらい恥ずかしかった。僕がこんなことを言ってたなんて、思ってなかったから。
「ふっ。ふふふふ…!本当だね!確かに…まだケルマたちがいたわ。これじゃあ死ねないね」
「でしょ?」
「はー。久しぶりにこんなに笑った。ありがとう。なんか吹っ切れたから、そろそろ部屋に戻るわ」
そう言って、アヤは僕の部屋の手すりから下の階に降りていった。すごい身軽にまるでサーカスを見てるようだった。
「相変わらずアヤはすごいね…ふぅ…なんか…疲れた……寝よ」
そう言って、僕はベットにダイブした。
そのあと、アヤが行方不明になったのは、僕が目を覚ました次の日になってから分かることだった。