1話
〜1〜
何とかにげきることができた僕達は、森の中に身を潜めていた。
それにしても…あのハーミルって言う“キリキザン”…かなり強かった。天と地の差ほど開いて、僕達じゃどう頑張っても勝てる相手じゃない。
「はぁ…はぁ…。ここまで来れば…何とかなるかな…?」
息を整えながら、僕は二人に聞いた。ファイアもボルトも息は上がってなかった。体力無いのは僕だけ!?
「うん…で、それにしても…!」
ファイアはボルトの方をキッ!と睨み付けた。ボルトは放心状態で、ファイアが睨んでる事も気がついてないみたいだ。
「ボルルン!」
「…っ!?は、はい!」
「まったく!何考えてるの!?戦うなら戦うって言ってくれれば良かったのに!」
そう言ったファイアの言葉に、僕たちは唖然とした。そっち!?そっちで怒るの!?な、何て言うかさぁ。もっとあるでしょ!言葉に出来ないけど!あぁ!こう言うときに、母さんみたいな文章力があればいいのに!
「一人で勝手に突っ走らないの!言ってくれれば、私たちだって一緒に戦ったよ!?もう仲間なんだから、一人でなんでもしようだなんて思っちゃダメ!」
え…?いま、私たちって言った!?いや、ムリムリムリムリ!!僕二人みたいに強くないし体力無いし!そりゃあ…力があれば…まだ何とかなったかもしれないけど…いや!あれは使っちゃダメだ!もう…誰かが傷つくのは見たくない…。
「分かった!?」
「あ…は、はい…。ごめん…なさい」
相変わらずの敬語でボルトは話すが、ファイアはそれも気にくわないみたいで、ボルトに突っかかっていた。ボルトがタメ口で話すときが来るのかは僕にも分からない。もしかしたら、ファイアに矯正されるかも…ね。
「そ、れ、よ、り!!これからどうするの?」
「ボルトは首都に行くんだよね?て言うか…ここどこ?」
「ここは東州の北部です。ここから真っ直ぐ南下していけば、首都にたどり着くと思います。っと、その前に、寝れる場所を探さないといけませんね」
最悪この不気味な森で野宿なんだろうな…。何が出てくるかも分からないのに…幸い、僕達の中にはワガママな子はいない。それが幸いだとは思いたくはないけれど…こう言う絶体絶命の時には、実感できる。
「村とか集落とかあればいいんだけど…最悪、お化け屋敷でもいいや」
「お、お化け屋敷!!??それはダメ!ぜっっったいだめーー!!」
ファイアの声が森中に響く。お化けが…ダメなのかな?き、聞かない方が良いよね…殺されかねないもん。
「誰かいるのかい?」
そう言われて、灯りが僕達に照らされる。眩しくてよく見えないけど…ポケモン?ダメだ…眩しくて目が開けられない。
「あの…そのランプ避けてくれませんか?」
「あぁ!ごめんね!」
そう言って、ポケモンはランプを下に下げてくれた。目の前には、“マリルリ”と言うポケモンが立っていて、優しく微笑んでいる。
「君達…まだ子供だよね?早く家に帰らないと、お母さんに叱られているよ?」
そう言われても…僕らの家はここから何百と離れてる。そんな簡単には帰られない…。顔から不安が見えたのだろう、“マリルリ”は察してくれた。
「もしかして…帝国に誘拐されたの?」
「そうですけど、なんで分かるんですか…?」
「たまに帝国に誘拐されて、逃げ出してきた子供達が、僕らの村に行き立つことがあってね。それで…もしかしたらって」
一番近い村だから、行きやすいんだろうね。それでも、捕まっちゃう子はいるだろうに。僕らは、ボルトのお陰で逃げ出せたけど、自分たちの力ではどうしようも無かった…すぐに諦めるのは、僕の悪い癖だ。
「……ねぇ、もしよかったら、僕の家に来るかい?」
「え?」
“マリルリ”が呟いたその一言が、あまりにも衝撃的過ぎて、僕は驚いてしまった。
「もう遅いしね。まぁ…良ければ、だけど」
ものすごく親切なポケモンなんだなって思った。初めて会ったポケモンに、家に呼ぶようなポケモンはそうそういないだろう。
「え、あっ!じゃ、じゃあ!お言葉に甘えて…!」
「よし。じゃあそう来たら、さっそく行こう!あっ!僕の名前を言ってなかったよね!僕はサファイア・アストラ。よろしく」
サファイア……アストラ…?もしかして、母さんの小説の“ラピスライト”に出てきて、よく話に出てくる…あの?
「君達の名前は?」
「私、ファイア・エスペラントです!」
「ライル・カーテリアスです」
「エスペラントと、カーテリアスってことは、レインとマーム。ソルトとラピスの子供か。……君は?」
唯一名前を言ってなかったボルトに、サファイアさんは優しく聞いた。それでも、ボルトはどこかよそよそしくて、怯えてるかのようにボソッと呟く。
「ボルト…です」
「ボルト君だね。よろしく」
自分の名字は言わないで、名前だけをサファイアさんに言った。何でなんだろう?サファイアさんとは初めて会ったみたいだけど…。あんまり深く考えない方が良いかな?
サファイアさんは、自前のランプで前を照らしながら、森の中を進んでいく。僕たちは、なるべく離れないように1列に並んで、サファイアさんの背中を追いかけた。
「そう言えばライル君。ソルトとラピスは元気?」
「はい。2人とも仕事に追われて忙しくしてます」
「そっか。2人ともあの時の夢を叶えたんだね」
あの時の夢…?そう言えば、ラピスライト現象の時に、星の丘で仲間全員のこれからを話したとか…父さんがいってた気がする。
「マームとレインの事は、マームから手紙が来るからよく知ってるんだけどね…」
「そう言えば、母ちゃんが毎週末に大量に手紙出してたかも…」
毎週末!?確かに、僕の家にも必ず一週間に1回は手紙が来てたけど…あれってファイアのお母さんからだったのか。内容は見ないようにしてたから、知らない。気になってたけどね?
「まぁ…マームらしいけどね」
苦笑いをしながらも、サファイアさんはどこか楽しそうだった。それに比べて、ボルトは少しうつ向きながら、一言も話さない。先頭と最後尾だけでも、温度にかなり差がある。ボルトは、自分の気配を消しているみたいだった。
「サファイアさんにはお子さんいないんですか?」
「いるよ?娘が1匹。優しくて、良い子なんだ。年は…多分君達よりも年下だと思うよ?」
へぇ。どんな子なんだろう?僕の想像はどんどん膨らむ。種族は…“ルリリ”か“マリル”。もしかしたら全然違うかもしれない。女の子って言ってたよね。年は…僕らよりも年下。だから…12か、13ってところかな?
「私早く会ってみたい!」
「仲良くしてあげてね。あっ!見えてきた」
サファイアさんが前を開けてくれて、ポツリポツリと灯りが見えるのを確認した。
「あそこが僕が住んでる村。“ルフト”村だよ」
「自然に囲まれてるんですね。空気が美味しいです」
「朝はもっと美味しく感じるよ?この辺は、切り立った山々に囲まれてるから、中々見付けづらいんだ。隠れ里って感じだね」
隠れ里か。確かに、その言葉が相応しいと思った。周りは森、その向こうには山。見つけづらい位置にある。こう言う自然に囲まれた中で暮らすのは、どんな感じなんだろう?
「さ、もう少しだ。ここから先は、迷ったら2度と戻ってこられないって言われてる森に入るから、絶体に離れちゃダメだからね?」
「はーい!」
ファイアの元気な声が、少しだけ山彦の用になった。サファイアさんは、慣れているからなのか、迷わずに進んでいく。
僕らの新たな出会いは、ここから始まっていく。
〜2〜
僕らは、迷うことなく“ルフト”村にたどり着いた。木で出来た大きな家が目立つ。それでも、木と木なら、森の中の木を探すとの同じで同化してよくわからなくなるらしい。
「さ、ここが僕の家だよ」
僕らは、と言うか…僕とファイアは驚いた、目の前にある家は、確実に僕の家よりも大きくて、大豪邸だった。あくまで木で出来てるけどね。その家は、周りの家よりもダントツに大きい。
サファイアさんって…何の仕事してるんだろう?
「さっ!入って入って!」
サファイアさんは、家の玄関のドアを開ける。僕らは、恐る恐るではあるが、中に入った。
まず一言言おう。広い!僕の部屋の何倍あるのかさえも分からないぐらい広いリビングに、隣はダイニングキッチン、廊下も長くて、途中に2階にあがる階段がある。その他は、よくわからないけど倉庫かなんかの部屋みたいだ。皆が寝るのは、2階だけみたいだね。
「すっごい…豪邸…!」
「普通ですよ?」
「凡人にして見たら、これは豪邸なんです!」
ヘラっと普通と言ったボルトに、ファイアが反応した。まぁ、東州の皇帝陛下の家が、豪邸じゃなかったら、逆にビックリだよね。ボルトにとってみたら、少し狭いぐらいなのかもしれない。
「父ちゃん?」
廊下に続くドアから、“マリル”が出てきた。少し、おどおどしてるようにも見える。あの子がサファイアさんの娘さん。眼鏡をかけていながらも、壁をつたりながら、手探りでこちらに近付いてきた。
「ただいま。フィン。今日はお客様がいるんだ。挨拶して?」
「こんばんは…」
名前はフィンか。僕の想像通り、“マリル”だったね。でも…目が見えないのかな?壁をつたってきたってことは、そう言うことだよね?
「僕はお母さんを連れてくるから、フィン。後は任せてもいい?」
「うん」
そう言って、サファイアさんは廊下に出ていった。フィンは僕らをソファに座るように勧めてくれて、フィンが僕の前に座ったのを見て、ファイアの質問攻撃が始まる。
「初めて、フィンちゃん、私、ファイア・エスペラント。よろしくね!」
「よろしくお願いします。あと…出来れば種族も教えてくれませんか?」
フィンは丁寧にファイアに返した。とてもしっかりしてる子なのかもしれない。
「なんで?」
「私、目がよく見えなくて…眼鏡をかけてもあんまり見えないんです」
フィンは目が見えないのか…やっぱり、僕の予想はまた当たった。今日に限って勘が冴えてるな…。
「そう言うこと!私の種族は“ツタージャ”だよ?」
「分かりました。そちらのお二人は?」
「僕はライル・カーテリアス。種族は“フォッコ”」
「ボルトです。種族は“エモンガ”。お見知り置きを」
一気に言っちゃったけど…大丈夫かな?フィンは、一つ一つ確認しながら、僕達の顔を見る。かなり目を細めながらね。
「えっと…ファイアさんに、ライルさん、それとボルトさんですね。覚えました!」
記憶力はかなりあるみたいだね。ある意味、僕よりも頭が良いかも…。目がよく見えないからこそ、記憶力を鍛えられるのかな?
「よしっ!じゃあ…あとは、その敬語禁止!」
「え!?で、でも…年上のポケモンとは敬語で話なさいってとお…あ、お父さんが」
父ちゃんって言うのを我慢して、ムリクリお父さんって直したよね…?まぁ、サファイアさんがそういう風に教えてるんだろう。僕もそういう風に習ったし…。
「友達だから関係なし!どこかの誰かさんと違って、フィンちゃんはまだ修正効きそうだしね」
「僕だって、まだなんとか「なりません」……」
ファイアに言葉を被せられて、ボルトは少しシュンとした。もはやどうにもならないって諦めたんだろうね。そう言えば…ボルトは迷惑そうにしてたのになんでシュンってするんだろう?
「だから、タメ口で良いからね?」
「はい!あっ…うん!」
フィンの顔は、少しだけ笑顔っぽい雰囲気が出てた。でも、完全には笑顔で無いのが少し気になる。笑えない…?まさかね。
すると、サファイアさんが“マリルリ”。多分奥さんだと思うポケモンを連れてきた。
「こんばんは。私はミント・アストラ。さ、ご飯が出来てるわ。どうぞ」
「わぁ!ご飯だー!!いこ!フィンちゃん!」
ファイアは、フィンの手を引っ張って、ミントさんについていった。あっという間に誰とも仲良くなれるファイアの性格は、見ててとてもおもしろい。特にファイアは、感情がハッキリしている。喜怒哀楽が激しいって言うか…落ち込んでたと思ったら、次の日ケロッ!としてる…そんな感じ。…どうも例えがダメだね。
「僕達も行こう。ダイニングは隣だよ」
「はい」
隣のドアを開けて、僕らはダイニングに入る。これでもかと言うほどのご馳走をお腹いっぱいに食べて、僕らはそれぞれに用意された部屋で一夜を明かした。
その時に僕が見た夢は、仲間と楽しそうに笑っている、僕と皆の姿。そして、綺麗な朝焼けの空だった。