2話
〜1〜
僕はあの時…自分が本当にバカだと思った。だって…ちゃんと言ってれば、彼女は死なずに済んだんだから。
「大丈夫…だから…泣かない…で?」
その時の僕じゃ、彼女の血を止められなくて、考えてる間にもどんどん血は出てくる。
どうして彼女から、大丈夫だなんて言葉が出てきたのかは分からない。それでも、そう言わないと、僕の涙は止まらないって思ったんだろうね。
「きっと…すぐに会えるよ。だから…泣かないで?ね?ライル」
「ごめん…!ごめん…!」
ごめん以外の言葉なんて、その時は出てこなかった。何を言ったら正解だったのかな?愛してるの一言でも言えばよかったの?今でも、何が正解か何が間違いか分からないで、迷路の中をグルグルと回ってる。
彼女の手が僕の頬に流れた涙を拭き取って、そのまま地面に落ちていった。
「リラ…?」
彼女の体がどんどん冷たくなっていって、自分の体の温かさがよく分かる。
「あ…あぁ…あぁ…!」
目の前の現実に受け入れられなかった。まるで眠ってるかのように、安らかに旅立った彼女の死を受け入れられなくて…それと同時に怒りと憎しみがどんどん強くなっていく。
「うわあぁぁぁぁあーーーーーー!!!!!!!」
その瞬間に目の前が真っ赤な炎に包まれた。これは僕の怒りその物。烈火のごとく燃える炎は、僕の周りの物を全て灰にするまで燃え続けた。
「う…ん」
今のは…?夢…だったのか。床が冷たい…。ここは…どこなんだろう?
周りは石で作られた壁に床…ついでに天井も石だった。
「あっ!起きたんだ!」
そう声が聞こえて、起きあがると一匹の“ツタージャ”がいた。彼女の顔を見て、リラにそっくりだと思う。
「君は…誰?」
「私はファイア・エスペラント。君と同じで誘拐された身だよ」
うん…?ま、待って!?ツッコミたい部分が多くてツッコミきれないよ!えっと…?ファイアちゃんの言ってることを振り替えると…僕は誘拐されていて、捕まってる…ってことなんだろうね。
「そう言う君は?」
「あっ!ぼ、僕はライル・カーテリアス」
「じゃあ、ライライね。よろしく」
ら、ライライ!?普通にそう呼び出すファイアに、戸惑いを隠せない。それと…もうひとつ確認したいことが…。
「ねぇ。エスペラントって言ってたけど…君のお父さんってレイン・エスペラントさん?」
「なに?父ちゃんの知り合い?」
「あっ、僕のお父さんとお母さんが知り合いみたいで…!」
「ふぅん。じゃあ、君ってソルト・カーテリアスさんと、ラピス・カーテリアスさんの息子なのね」
「知ってるの!?」
「母ちゃんがよく話してたから」
そう言えば…レインさんと結婚した…確かマームさんはものすごくおしゃべりでフレンドリー、すぐにあだ名をつけて呼ぶ癖があるって。父さんが言ってた気がする。きっと、ファイアちゃんもその血を受け継いでるんだろうね。
「ねぇ、ファイアちゃん」
「ファイアでいいよ。ちゃん付けされると虫酸が走るの…!」
「そう…?じゃあファイア。誘拐って…どう言うことなの?」
「私、誘拐されたの。散歩してたらいきなり襲われて。気づいたらここにいた」
僕と同じだ…。後ろからいきなり襲われて、意識が遠退いて…そこから先は覚えてない。気がついたら、ファイアがいて…僕たちは牢屋に入れられている。そもそも…ここはどこなんだろう?中央州なのかな?はたまた、全く違う場所だったりして…。
すると、甲冑を着た兵士だと思うポケモンが3匹と、“エモンガ”が2匹やって来た。ただ分かるのは、2匹の“エモンガ”だけは、どこか違う雰囲気が漂ってるって言うだけだ。
「やぁやぁやぁ!えーっと…初めまして…だよね?僕はメラニウムス帝国5代皇帝のカルス・エステールだよ?よろしく。こっちは、僕の息子のボルト」
「どうも」
満面の作り笑顔で僕らに話してきた“エモンガ”は、カルスさん。と言うらしい。ボルトと紹介されたもう1匹の“エモンガ”は、軽く会釈した。
「あんた達ね!こーんなに可愛い美少女と、その他おまけを閉じ込めたのは!さっさと出しなさいよ!」
「おまけ!?」
「仕方ないだろ?そうでもしないとすぐ逃げるんだからさ。まぁ、言うことを聞いてくれるなら…スイートルームに変えてあげてもいいよ?せめてものの、最後の贅沢になるだろうしね?」
ファイアに言われたおまけと言う一言が、僕の頭の中で回って何を言ってたかさえも分からない。ちょっとショックだった…と言えばそうなんだと思う。おまけ呼ばわりしなくても良いじゃないか…。
「最後の贅沢…?どう言うこと?」
「その通りの意味だよ。だって、君たち明日の今頃には死んでるんだから」
「はぁっ!?」
ファイアのその一言で、僕は一気に現実に戻された。今…死んでるって言った?え!?し、死んでる!?
「何それ!なんで私達が殺されなきゃいけないの!?」
「実はね…今、ちょーっと研究してることがあってね?最強の兵士…死をも怖れない兵士を作るための研究。でも、それを作るためには元になるポケモンが必要で、僕達はコピーって呼んでるんだけど、それを作ると元になるポケモンは死んじゃうんだよね」
「つまり…僕達はその元になるポケモンってことですか?」
僕がそう言うと、カルスさんはパン!と手をうって満面の笑みを浮かべた。今度のは…作り笑顔…とはまたちょっと違うね。
「そうそう!だいせーかい!いやー。やっぱり…君には見所があるね!」
「冗談じゃないわ!私は、絶体に実験動物なんかになってたまるもんですか!」
「まぁ…別に君は逃がしても良いんだけどね。でも知っちゃったからには消えてくれないと困るから…しばらくそのままね?僕が本当に欲しいコピーは…君だからさ」
そう言って、カルスさんは僕を指さした。え…?ぼ、僕…?
「君自身と言うよりも…君の力の方に興味があるんだけどね?」
「っ!?」
ファイアの頭の上には?が浮かんでいた。そんなことよりも僕は、言われたことの方が気になって仕方ない。
あの事については、もう知ってるポケモンはほとんどいないはずなのに…なんで?
「えーっと?なんだったけ?確か…自分が本当は死ぬはずだったのに」
「やめろ…!」
「自分の愛しの恋人が庇ってくれたお陰で、自分は死なずにすんだけど…彼女の方が死んじゃ──」
「やめろっていってるだろ!!!!」
ついつい大声を出していた。しかも、口が悪く…。ものすごく必死…だったからこそ出てきたもの。でも、僕の怒りはコントロール出来ない…。
「それ以上…!言うな…!!」
あの時の記憶が戻ってきて…怒りと憎しみが溢れてくる…。体の周りには紅い炎が滲み出てきていた。でも…この怒りはけして第3者に向けられたものじゃない。自分自身に向けられたものだ。ある意味、後悔も含まれてる。
「…いいねぇ!うんうんうん!やっぱり良いよ!その力!」
カルスさんは、笑顔でそう言った。彼は、僕のことより僕の力の方が欲しいんだ。ある意味、僕を洗脳して、力を強制的に引き出すことも可能だろう。でも、それをしないのには理由があって、僕にはそれが分かる。
「決めた…!君達、明日の実験材料ね。じゃあまた明日。最後のいい夢を…!」
そう言って、カルスさんとボルト、兵士の3匹は出ていった。ファイア以外のポケモンがいなくなって、フッと力が抜ける。ちょっとだけ疲れたよ…。
そんなときに、呆気に取られてるファイアが口を開いた。
「なんなの…?あんた…?一体何者?」
「…………化け物さ」
それだけ言って、僕は少し目を瞑る。寝る訳じゃないけど、少し冷静になりたかったんだ。ファイアは、僕の横顔を見ながら、今まで起こったことを頭の中で整理していた。
〜2〜
ライルの力を見ることが出来て、上機嫌なカルスは、いつものティータイムでリラックスしていた。
そこに、息子のボルトが入ってくる。
「父上」
「うん…?なんだい?ボルト」
「視察があらかた片付きましたので、先にメラニウムスへ戻っても構わないでしょうか?」
「あー。いよいよ!視察ごくろーさま!僕は後二三日帰らないって、言っといてくれない?」
「はい。仰せの通りに」
家族の会話だとは思えないような事を普通にし終えて、ボルトは1回軽くお辞儀をしてから、退出した。
ボルトはカルスと違って、愛想笑いや作り笑顔が得意ではない。なので、主に無表情でいることの方が多かった。もちろん、パーティーなどで客人をもてなすときは笑顔を頑張って作る。そうしないと、自分が生きていけなかったから。
カルスは、息子であろうが無かろうが、関係なしに首を切る。彼が敬語で、尚且つ家族としての概念を捨てて接しているのは、その為だ。
「ふぅ…」
息抜きでもしないとやっていけない。ちょっとの判断ミスで、自分があの世行きになる。それだけは嫌だった。
花が咲く場所を選べないように、子供も親は選べないし、親も子は選べない。何もないところから、子供は親から知識を学び、どういう子に育つのかが決まる。ボルトにとって、カルスは父であり父ではなかった。それでも、生まれてしまった限り、この命を無駄にしてはいけない気がしてならい。そう思える。まるで、誰かに諭されたかのように。
「でも…僕にはまだやらないといけないことがありますからね」
「エステール少将!」
ボルトがそう呟いたのと同時に、いきなり声をかけられた。今のボルトの階級は少将。自分が優秀であるのと同時に、カルスの影響下が強いお陰で、今の地位にいる。16歳と言う身だが、全うに仕事はしてるつもりだ。
「お勤めご苦労様です!」
「いえ。僕はもうメラニウムスに戻りますので、後の事はお願いします」
「はっ!」
「それと…後ろのお方々は?」
ハキハキと気前がいい兵士の後ろには、“マイナン”と“プラスル”がいた。“プラスル”の方は少し縮こまっているが、“マイナン”は堂々としていた。
「皇帝陛下のお客様でございます」
「そうですか。ごゆっくりしていってください」
「はい。まぁ…出来たらですけど」
少しだけ、皮肉が含まれてるような一言を“マイナン”に言われたが、カルスでなれてるお陰でどうともなかった。そんなことよりも、早くしなければと言う気持ちの方が強い。
「そうですね。それでは…僕はこれで」
そう一言言って、その場を後にする。“マイナン”は、ボルトの背中を見えなくなるまで見終わった後に、3匹で歩き出した。
そして、カルスがいる部屋まで到着する。
「皇帝陛下。お客様でございます」
「どうぞ。勝手に入っちゃって」
そう言われて、兵士がドアを開け2匹をエスコートした。2匹が入った後に、一礼してから部屋に出ていく。
「やぁ。遠い所わざわざご苦労様。で…いきなりなんだけど、仕事内容について話させてもらうよ?」
「どうぞ」
「この写真のポケモンたちを監視して欲しいんだ。出来るよね?」
そう言ってカルスが出した写真には、ライルとファイア、そして────ボルトが写っていた。