狂気⇔正気
第一章;旅立ち
これからの事

「何で俺に何も言わずに飛び降りた?」
「すみません。」
「もしあそこで俺が波導弾撃ち込んでなかったら、今頃どうなってたと思う?」
「申し訳ございませんでした。」
「“報連相”って知ってるか?」
「美味しいですよね。」
「ふざけてんのか。」
「ごめんなさい。」

今、私は宿屋の一室の、床の上で正座をさせられている。
かれこれ一時間、目の前で仁王立ちしているリオルに説教を受けている。
リオルは崖に落ちて行く際、ぎりぎりの所で地面に向かって波導弾てのを打ち込んで落下速度を弱めて着地し、気を失っている私を担いでここまで運んできたらしい。


「ご迷惑をおかけしました。」
「そう思うんなら二度と勝手な真似すんなよ。」
「はい、肝に銘じておきます。」

やっと怒りが静まったようで、リオルは一息つくと、とりあえず飯にしようと言ってきた。
私もちょうど空腹だったので、賛成!と歓喜の声を上げて立ちあがる。
そんな私を見て、ウザっと一言呟いてリオルは部屋を出て行ったので、私も急いで後を追った。


廊下に出ると、見たことのない生き物がわんさかいた。
リオルの肩をポンポンと叩いて耳元で「ねぇ、そう言えばあんたらってどういう生き物なの?」と尋ねると、奇怪な目を向けて来た。

「・・・お前何言ってんの?」
「いや、だって明らかに普通の動物と違うし。リオルって多分犬だと思うけど、犬種は何なの?」
「・・・いぬ?けんしゅ?」

訳がわからないと首を傾げるリオルに、慌てて言葉を付け加える。

「あー、あれだよ、柴犬とかプードルとか・・・いっぱいあるでしょ?」
「・・・お前が何を言っているのかわからないが、これだけは言える。頭大丈夫か?」

そう言って、指をこめかみに押し当てながらジト目で見つめてくるリオル。
私は返す言葉が見当たらず、無言で見つめ返した。

「そもそもポケモンの中に“しばけん”とか言う奴はいない。」
「ポケモン?」
「・・・・・・・お前、まさかポケモン知らねぇとか言うんじゃないだろうな・・・?」
「・・・悪い?」

ありえねぇ!とリオルは叫んだ。

「お前今まで何処で生活してきたんだよ!ポケモン知らねぇとか意味わかんねぇわ!」
「だ、だって知らないものは知らないし、そもそも私昔の記憶全然ないから知ってたとしてもわからないよ!」

“記憶がない”というのを聞いた途端、リオルはピタッと黙った。

「記憶・・・喪失なのか?」
「うーん、どうなんだろ?多分そうだと思うけど。」

呑気にそう返答する私に、リオルはバツの悪そうな表情を浮かべた。

「あー・・・、ごめん。」
「え?いいよ、全然気にしてないし。それよりもそのポケモンて何なのか教えて?」
「・・・わかった、じゃあ説明するから良く聞いとけよ?」
「うん、ありがとう。“第一回リオルせんせの楽しい楽しいお勉強会”の始まりだ!」
「俺達ポケモンは世界中いろんな所にいて、たくさん種類がいる。その中で、人間と共に暮らす奴や、自分の縄張りを持って暮らす奴もいる。ちなみに俺は後者で、付け加えると人間と集団行動が嫌いという理由で一匹であの森に住んでたんだ。あの森はちょっと訳ありでな、俺以外のポケモンはみんな出て行ったんだよ。」
「ふーん、何で?」
「それは・・・まぁ、いろいろだ。」


そう言うリオルの表情に、一瞬陰鬱な影をかすめた。
この話題は触れない方がいいな。
そう思い、私はそれ以上聞かず、食堂に通じるドアを開けた。


中はポケモンで賑わっていた。
テーブルに陳列されているトレイには色鮮やかなマカロンが山の様に積もられていて、それをポケモン達がむしゃむしゃと食べている。

「うわぉ、これは凄い。」
「・・・・あの中に入っていく気にはなれねぇな。」

そう言って、リオルは近くの椅子に腰かけた。
私もその隣の椅子に腰かける。

「なぁ。」

いきなりリオルが話しかけてきたので振り向くと、お前名前もわかんねぇの?と聞いてきた。

「うん。まぁ、適当に呼んでよ。」
「適当って言ってもなぁ・・・お前特徴ないしなぁ・・・。」

ちらっと私の服を見て、「あ、そうだ!」とポンと手を叩いた。

「お前の着てるその服に、名前とか書いてないのか?」
「そんな、園児じゃあるまいし。書くわけないでしょうが。」
「そんなのわからねぇだろうが。ほら、脱いでみろよ。」
「セクハラは止めて頂きたい。」
「誰もお前の裸見て興奮する奴はいねぇよ!」

早く脱いで来いとリオルが煩いので、仕方なくトイレへ向かい、服を脱いで何か無いか探してみた。
すると、背中のタグに黒いマジックで“K”と書かれているのを見つけた。

「ケイ?」

ふむ、ケイか。
ケイなんて女の子によくある名前だし、違和感もない。
良いじゃんケイ、可愛いじゃんケイ。

「リオル!私、今日からケイって名前にするわ!」

大声でそう言うと、女子トイレの扉の前で待っている筈のリオルが、何故がすぐ後ろに立っていた。

「わかった。」
「何で入って来てるんだよ!お前はぁ!」





「・・・言っとくが、お前のその貧相な体見ても大概の奴は憐みしか抱かないと思うぞ。」

打たれて掌形に赤くなっている頬を摩りながら、リオルは机に備えられているメニュー表を開く。

「喧しい!貧相言うな!慎ましやかと言え!」

まったく、ポケモンとはいえ男の子に裸体を見られた事なんて無い私に対して何たる言い草だ!名誉棄損だ!訴えてやる!障害賠償を請求してやる!

「今日のおススメメニューは“マッギョの姿煮”に“サメハダ―のスープ”だってよ。」
「マッギョ?サメハダー?」
「ポケモンだ、水タイプのな。」
「アンタ共食いになるんじゃないの?」
「こいつらは俺と分類が違うから共食いじゃないし、この世界の主な食材はポケモンだ。だからポケモンがポケモン喰っても別におかしくない。」
「ふーん、そういうもんなんだ・・・。」
「そういうもんだ。で?これにするか?」
「どれどれ?」

机に身を乗り出して、リオルの指差している写真を見た。

ふむ、なかなかに美味しそうではないか。
ポケモンて言うからちょっとグロいのかなっと思ったが、写真を見た感じ普通の鰈の姿煮だ。

「じゃあこれを頼もうか。すいませーん!」

手を上げて店員を呼ぶと、厨房からエプロンを着けた女の子が出て来た。

「ご注文はお決まりでしょうか?」
「はい、これとこれをお願いします。」
「畏まりました。」

店員が厨房に入って行く後ろ姿を見ていると、リオルが私の手の甲をちょんちょんと突いた。

「何?どした?」
「そういえば、お前はこれからどうする気なんだ?」
「どうするって?」
「俺は暫くしたら森に戻ればいいけど、お前は帰る所あるのか?いつまでもここでのんびりしてるわけにはいかないだろ?」
「あー・・・。」

そう言えば、私達はあの黒いローブ二人組から逃げている最中なんだった。
完全に忘れてたわ。

「まぁ・・・どうにかなるんじゃない?なるようになるさ。」
「気楽だな。お前は良いかもしれないが、ここの奴らに迷惑かかるだろ。」
「うぐぅ・・・。」


た、たしかにそうだ。
此処にいる人やポケモン達に迷惑をかけたくない。
どうしようかと腕を組んで考えていると、料理が運ばれてきた。
テーブルの真ん中に置かれたマッギョの姿煮から漂う匂いが食欲をそそる。

「と、取り敢えず飯だ。腹が減っては戦ができん。」
「・・・そうだな。」

両手を合わせた後、目の前の料理を無我夢中に口に運んだ。
うん、美味しい。空っぽの胃に染み渡るなぁ・・・。
それにサメハダーのスープも超美味い。
あれか、フカヒレスープってやつか。

美味しい料理を食べて満腹になったので、部屋に帰って休む事にした。
部屋に戻り、二つあるベッドの内一つに飛び込んで、大の字になった。

「リオルぅ、私、今のところは自分の世界に戻る方法を探すわ。」
「そっか。」
「だからね、アンタも一緒に来てくれたら頼もしいんだけど・・・だめ?」

リオルの方を見ると、目があったリオルは顔を赤くして、慌てた様にそっぽを向いた。

「・・・え!?あー・・・いや、うん。良いけど別に。」
「何でリオル君赤くなってんの?」
「・・・うるせぇ!さっさと寝ろ!」

そう言ってリオルは布団を被った。
何故キレる?
まぁ、リオルが一緒に来てくれるなら心強い。

「これからよろしくね、リオル君。」

背中を向けているリオルに向かって言った後、私も目を閉じた。


ふいに小さい声で「・・・おう。」と聞こえた気がしたが、おそらく気のせいだろう。




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フィルブ ( 2014/07/21(月) 09:33 )