ルカリオ戦記

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第1章予言の勇者と4つの聖杯
ルカリオと幽霊と古井戸と


古井戸に幽霊が出る。
あれは新学期が始まったばかりのころだっただろうか。噂はたどっていっても出発点がわからない。
「小川町のさ、廃屋の奥に古井戸があるだろ?あそこに幽霊が出るんだってさ」
ルカリオの場合、そんなふうに教えてくれたのはフタチマルだった。彼はラーメン屋の息子で、ルカリオの家の近くに住んでいる。そのため、二人は自然と仲良くなり、気がついたら高校に上がっても行き帰りも一緒、なんてことになっていた。
ちょっぴり興奮しているのか、ユーレイと発音するときにはそれが裏返った。
「お前ってほんとそういうの好きのな」
「僕だけじゃないって、みんな言ってるって。深夜に通りかかったらバッチリ目撃しちゃった奴もいてさ、慌てて逃げたらしいよ」
「どんな幽霊なのさ」
「さあ…女の人じゃないの?」
「さあって…やっぱはっきり見てねーじゃん」
ルカリオが言うと、フタチマルは少しムッとしたように言う。
「はっきり見たって言ってたぜ。確かに見たんだって、きっと」
「だいたいさ、古井戸ってのもなんか胡散臭くね?どうせなんか出そうだから適当に話作っとこうってなったんじゃないの?」
ルカリオがめんどくさそうに言うと、フタチマルは言ってニッと笑った。
「ルカリオって変なとこ真面目でカチカチだね。やっぱ鉄骨屋の息子」

ルカリオの父、ナイルは製鉄会社に勤めている。本人はそこまで鉄が好きという訳ではないのだが、成り行きで今の会社に勤めることになったそうだ。(このため、ナイルの口癖は、人生なるようになるなぁ、である)
それでも確かにルカリオには、頭の固いところがあるらしい。本人もほとんど自覚していないが、そう指摘されることは少なくない。そして母曰く、この性質は明らかに父親譲りのものらしかった。
とにかく、そういう性分のルカリオに言わせると、そのユーレイとやらの噂話にはヘンテコなところがたくさんあった。
例の古井戸がある廃屋は何年も前に取り壊されたもので、今まで古井戸に幽霊が出るなんて話は聞いたことがなかった。それがいまになって出るなんて奇妙だし、第一あそこで誰かが死んだなんてのも聞いたことがない。
ルカリオがぼんやりと考えていると、予鈴が鳴り、二人は席についた。


帰り道、フタチマルと並んで歩きながら、昨夜、サッカーの代表チームがアウェイでイランの代表チームと互角に戦ったという心弾む話題を振られても、ほとんど話す気にならなかったのは、古井戸の話が気になっていたからだ。
二人は問題の廃屋の近くにさしかかった。普段なら、フタチマルはこの一つ手前の角を右に曲がってバイバイする。
「なあ、フタチマル」
ルカリオが声をかけると、フタチマルは肩越しに振り返った。
「なに?」

「ここなんだよな……」
ルカリオは古ぼけた廃屋を見やる。大きさは小さな木造作りの一軒家くらいだが、なにしろ10年前に空き家になったため、木は腐り屋根の一部が崩れかかっている。壁の穴から外からの風が吹き抜け、クモの巣が揺れていた。
ルカリオがじっと見つめているのを、フタチマルは不思議に思って尋ねた。
「どうしたのさ?」

「確かめたいんだ。噂が本当なのか。あのまま嘘かホントかわからないなんて嫌だろ」

ルカリオの大真面目な表情に、フタチマルは目をパチクリさせていたが、すぐにニッと笑って言った。
「その話、乗った。僕も一緒について行くよ」



ギィギィと、歩くごとに古い床の木が軋んだ音を立てる。昼間だと言うのに廃屋の中は驚くほど暗かった。埃っぽくて、時々フタチマルが大きなくしゃみをするもんだから、ルカリオはそのたびにびっくりした。
「古井戸ってのはこの奥にあるのか?」

「らしいよ。なんでも林に面してる方にあるんだってさ」
フタチマルが鼻声になりながら答える。
廃屋は、母屋と小さな小屋に分かれていて、ルカリオ達が歩いているのは母屋の方だ。問題の古井戸に行くには小屋に行かなければならず、しかもそこに行くには母屋を突っ切って行くしかなかった。今にも何か出そうな雰囲気なのに、まだ歩かないといけないことを考えると、思わず引き返しそうになる。
だが…もしここで引き返そうなんて言ったら間違いなくフタチマルに弱虫だと思われてしまう。第一言い出したのは自分だ。ここは腹を決めるしかない、とルカリオは弱気な自分を奮い立たせてなんとか足を進めるのだった。
一方フタチマルはというと、微塵も怖がった様子など見せずに、むしろこの状況を楽しんでいるようだった。興味津々にキョロキョロと辺りを見回している。
(なんで楽しめんだよ…。オレもう怖くて泣きそうなんだけど…)
楽しげな友人を横目にため息を吐きながら、2人は薄暗い母屋の中を歩き続けた。


しばらく歩き続けた後、突然フタチマルが声を上げた。
「ルカリオ、井戸ってあれじゃない?」
彼が指差す方向を見ると、確かにそこに井戸はあった。昔によく見るような古めかしい井戸で、それこそ何が出てきそうな雰囲気だ。
林を背景に、ポツンと一つだけある。

「…で、どうする?」
ルカリオが尋ねると、フタチマルは一言。
「待つ」

「何を?」

「幽霊出てくんの」

「はぁ!? 本気で言ってるのかそれ?」
帰るとの返事を予想していたルカリオは、思いがけない親友の言葉に驚きを隠せない。
「当たり前じゃん。幽霊見なきゃ来た意味ないよ」

「いやいや…だから噂は嘘だから幽霊なんか出ないって」

「だから噂は本当だって。幽霊は待ってないと出てこないんだ、多分」
どうやら本気で噂を信じているらしい。

「はぁ…分かった、付き合うよ…」
と言いつつ待ったが、結局何の変化も現れず、二人は肩を落として帰る形になった。


適当にご飯を済ませて布団に潜り込んだ。父親は今日、取引先との話で遅くまで帰ってこないし母は明日まで実家に泊まってくる予定だった。高校生だから一人立ちでもさせよう、という両親の考えでもあった訳だが。

「結局何もなかったな…」
久々に面白い話が来た、と思い、単なる噂だとわかっていながらつい行ってしまった。自分のことは、まだ現実的な考えを持っていると思っていたから、幽霊という言葉に期待を持ってしまった自分が少し恥ずかしかった。
「あー、もう!さっさと寝よう!」
布団を引き被って横になった。
考えるのはやめだ。寝れば今日のことも忘れるだろう。



ふと時計の秒針の音が気になり、時間を見る。布団に入ってからもう2時間は経っていた。
「だめだ…眠れない…」
いくら寝ようとしてもその努力をあざ笑うかのように目はしっかり冴えていて、古井戸のことがずっとぐるぐると頭の中で回っていた。
そういえば、とフタチマルの言葉が思い出される。
『深夜にその古井戸で幽霊を見た奴がいる』

(そういえばオレ達がいたのは夕方頃だったよな…。もしかして深夜になると出てくるのか?)
こんなこと考えるなんてどうかしてる、と自分でも呆れてしまう。しかし忘れようとすればするほど、気になって眠れない。
今日は両親はいない。ならばーー
「いっそのこと確かめるか…」
さっさと確かめて寝ようーー

自分の行動に首を傾げながらも、ルカリオは支度をして家を出た。

近くの田んぼから、微かにカエルの鳴き声が聞こえる。薄暗い街灯に照らされた夜道を歩き、例の廃屋にたどり着いた。
床は相変わらずギシギシと不気味な音を立て不安を駆り立てる。
歩いて行くとーー見えた。
例の古井戸がある。
月明かりに照らされた古井戸は、夕方とは違っていっそう不気味に見えた。本当に幽霊がいるのでは、と思うほどに。

腕時計を見ると、12;00を指している。
何か起こるか、と待ってみるがやはり何も起こらない。帰ろうと立ち上がったときーー

ピチョン、

雫の音がした。
「今のは水の音か?」

耳を澄ましてみると、やはり雫の滴る音がする。
雨なんか降っていないし、古井戸の水は夕方見たときには枯れていた。
まさかーー
ルカリオは恐る恐る井戸に近付き、中を覗き込んだ。
水の音の元は、井戸だった。枯れていた筈の水が、井戸の中にはあった。
(確かに夕方、井戸に水はなかったのに…どうして水があるんだ?)

不思議に思って井戸を覗き込んでいるルカリオは、背後から近付く人影に気づかない。

一歩、また一歩と人影はルカリオに近付いてくる。
そしてーー
ルカリオが後ろを振り返ろうとした瞬間、ルカリオは井戸に突き落とされた。
「え⁉」
何が起こったのか分からないまま、自分の体は下に落ちていく。思考が停止したまま、氷のように鋭い冷たさだけが感じられる。

何が起こった。
何をされた。

息ができない自分に気づく。思ったように身動きがとれない。ここはーー
(水中⁉ そうか、オレは井戸に突き落とされて…)
バタバタともがくが無駄だ。薄れゆく意識の中、下から段々と白い光が見えてきてーー





「ちょっとあなた、大丈夫ー?」
野菜が入ったカゴを持った少女が、倒れている人物に声をかける。返事はない。

「この辺じゃ見かけねェ顔だな。誰だよこいつ。生きてんのか?」
赤いたてがみの少年が、少女に話しかける。

「息はしてるから生きてるだろうけど…とりあえず私の家に運んで早く治療をしないと。あんたも手伝いなさい」

「はぁ⁉なんでオレが手伝わないといけねェんだよ!よそ者なんかほっとけって」

「いいから黙って手伝いなさい!ほら、さっさと運ぶわよ」
少女に言われてしぶしぶ少年は、倒れた人物を背負い運んでいった。


























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■筆者メッセージ
悪役、街の人、仲間などコラボキャラ募集中です!
コラさん ( 2017/02/20(月) 21:23 )