151のほころび - 第一章 御三家
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疑念
「とりあえず」と言いながら助手はモンスターボールで一杯のダンボール箱を抱えて所長室へと入ってきた。「サンプルを三十匹ほど捕まえてきましたよ。私ももう年ですからね、一人でこれだけ捕まえるのは、やっぱり骨が折れました」
「ご苦労。ご苦労」汗を拭う助手を見て博士は労った。「年だと言いながら、仕事はやけに速いじゃないか。よいことだね。ま、コーヒーでも淹れるから、ちょっと休みたまえ」
「ありがとうございます。でも、休んでいる暇はありませんよ。そうでしょう、博士」
「ああ。いやいや。コーヒーを飲むくらいの時間はあるよ」
「あ、そうですか……」助手は首を捻った。「大至急サンプルを集めて欲しいと博士がおっしゃっていたので、てっきり急ぎの仕事なのかと……」
「それにしても本当に」と博士は二人分のコーヒーを持って来て言った。「君には感謝しているよ。いくら給料が少なくなってもここに居続けてくれているのだからね」
「給料が少ないだなんて、そんなこと思ってませんよ」
「強がることはない。私も、薄給と分かってはいるのだが、給料を上げることが難しくてね……なかなか思うような結果が出せず、研究所は火の車なのだ……本当にすまないと思っておるよ」
「そんな。私は気にしていませんよ。研究の手伝いができるだけで幸せですから」
「そうか……ありがとう」
「しかし」と助手は首を傾げて言った。「今まで疑問だったのですが、博士は何を研究しているのですか」
 この助手、探究心は旺盛で目の付け所はよいのだが、なにぶん知識が乏しく言われたことをこなすだけしかできなくて、ポケモン研究に関することはほとんど何も知らないのだ。ポケモンの名前くらいは覚えているものの、その記憶も、しっかりと定着しているわけではないらしく、よく忘れてしまう。
「う。うむ。それはだな……ああ、そうだそうだ。この間、友人から、旅行の土産だといってお菓子を貰っていたのをすっかり忘れていた。ちょうどいいから今食べようじゃないか」
「ええ、そうですね」
 博士は箱に入ったお菓子を冷蔵庫から取り出した。
「ほら、食べなさい」
「頂きます。……うん、おいしいですね、これ」
「うむ。やはりモーモーミルクロールはうまい」
「でも、変ですね」と助手は納得が行かない様子で言った。「これ、友人から貰ったと言っていましたけど、いつ貰ったんですか。ここ一ヶ月、この研究所を訪れた人はいないはずですよ」
「え。あ。ああ」博士は、毎日郵便物などをチェックするといった雑用は全て助手に任せているという事実を思い出し、ほんの少しうろたえた。「そうだな。多分、一ヶ月以上前に貰ったのを忘れていたのだろうね」
「そんなに前ですか? でもこれ、ロールケーキですよ? そんなに昔に貰ったのなら、とっくに腐っていると思いますけど……」
「鋭いな、君は……うむ。やはり、君が残っていてくれてよかった。私の研究の助手をやるのであれば、それくらい頭が切れるのでなければ務まらないからね。いや本当に助かっているよ。それじゃあ私はまだ雑用が残っているのでこれで失礼しよう」
「ちょっと待って下さい。私の捕まえたフシギダネは、ご覧にならないのですか」
「ん。あ。ああ。そうだな。では見せたまえ」
 博士は、ボールからポケモンを出してみて驚いた。「これは……フシギソウではないか!」
 出てきたのは、フシギダネではなく、その進化形であるフシギソウだったのだ。
「こ、こっちのもフシギソウです!」助手もポケモンを出して驚きの声を上げた。
「馬鹿な!」
「どうしてでしょう……捕まえた時には、フシギダネだったのに……!?」
「ほ、本当に捕獲時はフシギダネだったのか?」
「ええ! もちろんですよ!……ちゃんとポケモン図鑑も使って確認しましたから間違いありません!」
「あり得ない」博士は頭を抱えて低く呟いた。「あり得ないぞ」
「どういうことでしょう……」
「まさか……モンスターボールの中でレベルアップしたというのか!?」
「そんなことが……モンスターボールの中でレベルアップすれば、進化できる……しかし……あり得ません!……な!? 博士……このボールも、このボールも、みんなフシギソウです……」
「なんだと……!? どれもこれもフシギソウに進化しているじゃないか……ということは、つまり、……捕まえたフシギダネ全てが、ボール内部でフシギソウに進化したということになる……!」
「こんなこと……信じられません! 炎タイプの多いこの地域で、草タイプであるフシギダネが原因不明の大量発生をし、そのフシギダネをモンスターボールで捕獲してみれば、ボール内部でいつの間にか進化してフシギソウになっているなんて……! 一体、何が起こっているんでしょうね……冷静に考えてみれば、とても不思議です。偶然とも思えないし……」
「くそ……!」助手の目を盗んでこっそりと別室へ移動した博士は、苛立っていた。「違法のボールを間違えて助手に持たせてしまっていたとは……なんというヘマをしてしまったのだ」
 博士は、仲間に電話を掛けた。
「まずいことになった。私の助手に、研究内容を勘付かれてしまったのだ」
「バレたのか?」
「いやいや。そうじゃない。まだ悪事であるとバレたわけではない。ただ捕獲したフシギダネはみんな進化してしまったし、それを見た助手は疑念を抱いているようだし、ああ……とにかく早く来てくれ!」
 博士は、モンスターボールの研究をしていた。斬新な性能を持つボールを開発しようとしていたのだ。しかし資金が底を尽きかけ、やむなく闇に手を染めた。
 元ロケット団員であるという人物から違法に入手したデータを元に、ボール内部に、ある種の電波を生じさせ、中のポケモンを放っておくだけで強制的に進化させられるようなモンスターボールを作り出したのである。何しろボール内部のことだから、電波を誰かに受信されて違法がバレるといった恐れも少ない。何より、ポケモンをレベルアップさせる手間が省けてよい。
 今の世の中、チャンピオンを目指すトレーナーが増え過ぎ、競争率が余りに高くなり過ぎ、結果、負け続けの落ちこぼれたトレーナーが増えた。彼らにこのボールを売りさばくつもりだったのだ。
 電話の相手は、その違法ボール開発の仲間だった。彼は販売ルートの確保などで全国を飛び回っていた。
「なんだがよく分からないが、……ヤバい、ということか?」
「そうそう、そういうことだ。私一人では誤魔化せなくとも、君が何か国の調査員にでも扮して現れてくれたら、疑念を晴らすことができるかもしれない」
「全く仕方がないな。どうせ、君がドジを踏んだのだろう」
「すまないね」
 フシギソウの鳴き声が喧しさを増してきた。助手が全てのフシギソウをボールから出してしまったらしい。
 助手の声が聞こえた。「やはり……全部がフシギソウに進化している! 一体、なぜこんなことが起こったのだろう?……あれ、こ……このモンスターボール、僅かに、普通のモンスターボールと色が違うぞ……変だな……」
「くそ」と博士は言いながら助手のいる部屋を覗いた。「もう時間がない。助手がボールの変わった点に気付き始めた。早く来てくれ。頼むぞ。それじゃあ――」
「待てよ! 俺には、まだ状況が掴めていない。もう一度、今の状況を詳しく説明してくれ」
「状況だと? だから、言っただろう。とにかく」博士は助手とその周りを取り囲む三十匹のポケモンをちらと見た。「ふしぎそうなのだ」
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■筆者メッセージ
一年ぶりの更新である。なぜ一年も更新しなかったかというと、なかなかショートショートのアイデアが固まらなかったのである。一年に一つのショートショートというのが、わたしの脳みその限界ということなのかもしれない。

フシギソウを題材に、どうやってショートショートを書こうか、と一年間考えに考えを重ねた結果がこの小説である。一年前と比べ、題材のポケモンは進化したものの、小説そのものは進化も進歩もしていない。

ちなみに、作中の「モーモーミルクロール」は、実在するお菓子である。このお菓子は、ポケモンとはなんの関係もないロールケーキである。しかし、作中では、あくまでジョウト地方のモーモーミルクを使ったお菓子として描いていることをご了承願いたい。

たぶん、つぎの更新は一年後だろうと思う。楽しみに待っていてくだされば幸いである。
kaisuke ( 2015/08/15(土) 00:24 )