前編
写真の中で、ハウとヨウとリーリエが肩を並べている。ハウは口を大きく開けて笑っていて、リーリエはちょっと驚いているようにも見える。ヨウはそんな二人に挟まれて、真ん中に立っていた。
それは、ヨウとハウがまだ島巡りを始めたばかりの頃、ハウオリシティの観光案内所前で、ロトム図鑑が初めて撮影した写真だった。ポケファインダーをつけてもらって大喜びしたロトムが、面白半分で切ったシャッターだけれど、三人ともいい顔をしている。
リーリエに送るための写真を整理していたら、この写真を見つけた。三人が冒険を始めた時の、思い出の写真だ。きっとリーリエも気に入ってくれるだろう。
そういうわけでヨウは、この写真も一緒に印刷した。ちなみに印刷した枚数は三枚。一枚はリーリエに送る分、もう一枚は自分の分、最後の一枚はハウにあげる分だ。
(ハウも喜んでくれるといいな。)
そう思いながらヨウは、三人の写真とアローラのみんなの写真を、大事に鞄に入れた。
ヨウからリーリエに宛てた手紙は、無事に完成した。
荷造りひもだって忘れずに確保してある。
朝ご飯を食べ終えて(ロトム図鑑は充電を終えて)、ヨウもポケモンたちも体調はばっちりだ。天気は上々。風は穏やか。最高の一日になる予感が、空気の一粒一粒に宿っているようだった。
「いってきまーす!」
「いってきますロトー!」
ママに元気よく声をかけて、ヨウはロトム図鑑と一緒に自宅を飛びだした。いってらっしゃーい、とママの返事とニャースの声が、背中に聞こえた。
リーリエに送るための写真を撮り終えて、今日はハウの家で荷送り準備をする約束だった。
昨日の夜、ハウと別れる間際、スカル団員に出会ったことが少々気になる。ハウ、大丈夫だろうか。島巡りもこなした男だし、そこまでへこたれているとは思わないけど、結構ひどい暴言を投げつけられていた。なんと声をかけようか。あるいは全く触れないほうがいいだろうか。それはそれで腫れ物扱いしているみたいで失礼のような。
「大丈夫ロト? ちょっと元気ない?」
もんもんとそんなことを考えながら歩いていたら、ロトムが心配してくれた。「大丈夫だよ、ありがとう」と答え、ヨウは笑顔を見せる。
まあ悩んでいてもしょうがない。きっとなんとかなるだろう。
そう結論を出した頃、リリィタウンに到着した。
村の一番奥にあるハウ宅の前にやって来て、ヨウがドアチャイムを鳴らそうとした時だった。がちゃり、と玄関扉が内側から開いた。
「ハウー! アローラロトー!」
先に飛びだしたのはロトムで、ヨウもハウが迎えに出てくれたのだと思った。ところが視界に現れたのは、気だるそうにこちらをにらむ男の
眼。それも二人分。
ロトムは驚いて、ぴゃっと急転回しヨウの鞄にもぐりこんだ。
昨日のスカル団員たちだとすぐに分かった。服装こそ白のタンクトップに土色のハーフパンツという簡素なものに変わっていたけれど、明るい水色に染めた短髪、ぎろっと不機嫌そうな目つき、ヨウを見て一瞬こぼした「うおっ」という声――彼らが放つ雰囲気に、覚えがあった。
しかし彼らがなぜハウの家から出てきたのかは全く分からない。すっかり固まってしまっていると、
「おお、ヨウ。いらっしゃい。ハウが待っておりましたぞ。」
スカル団の男たちに続いて、もう一人よく見知った男が中から出てきた。しまキングにしてハウの祖父、ハラだった。ヨウに向かって和やかに挨拶するハラからは、とてもスカル団に対する緊張や敵意は読み取れない。どころかハラは、ヨウにかけたのと同じ声音で「さあまずは向こうからですな」と促し、団員たちもその指示に従ってしおらしく歩き始めたのだった。
ヨウはぽかんとして彼らが去っていくのを見つめていた。
「あっ、ヨウー。アローラ! 中に入りなよー。」
そう声が聞こえて、ヨウはやっと我に返った。開けっぱなしにした扉の奥、家の中からハウがヨウを見つけて手招いていた。
ハウはヨウにソファを勧め、パイルジュースを供してくれた。
「びっくりしたでしょー。まさかスカル団の人たちがおれの家から出てくるなんてねー。」
「すごくびっくりしたロ……。」
鞄から半分だけ顔を出し、ロトムが答えた。ごめんなロトムー、と苦笑しながら、ハウは自分もヨウの向かい側に腰かけた。
「一体、何があったの?」
尋ねると、実はね、とハウは話し始めた。
今朝のことだったという。早朝、まだ太陽が顔を出そうかどうしようか考えている時間帯、突然けたたましいポケモンの鳴き声が近所の草むらから聞こえてきた。
これは異常だとハラが急いで様子を見に行くと、草むらの中であのスカル団員たちがスリープとズバットを繰り出し、野生ポケモンときのみの取り合いをしているのを見つけたそうだ。
草むらは野生ポケモンの縄張り。きのみは重要な食料として貯めこんでいるのだから、軽率にその営みを乱してはいけない。とハラは戒めたが、よくよく話を聞いてみれば、二人は空腹に耐えかねてやったことだと主張する。
ハラは男たちを連れ帰ると、浴室で体を清めるよう命じた。それから傷ついたスリープとズバットに手当てを施し、貸した服に着替えた彼らに朝食を分け与えた。
「おれもめっちゃびっくりしたよー。でもあの人たち、ご飯を食べ始めてからはずっと大人しくしてる。やっぱり美味しいものお腹いっぱい食べたら、けんかする気なんてなくなっちゃうよねー。」
三回もおかわりしたんだよとくすくす笑うハウが、昨夜の出来事をさほど思いつめていない様子だったので、ヨウも内心ほっとした。
食事が落ち着いた頃合いを見計らってハラは、なぜこんな場所をさまよっていたのか事情を尋ねた。彼らは最初話したくなさそうだったが、くちくなった腹が舌と心をほぐしたのだろう。ぽつりぽつりと、自身らの境遇を言葉にし始めた。
グズマがスカル団の解散を宣言し、スカル団がバラバラになったこと。解散を信じたくなくてプルメリに相談しに行ったが、スカル団を再生させるつもりはないとはっきり言われてしまったこと。もう行く場所も帰る場所もなくなって、当てもなくふらふらさまよっていたこと。
一通り話を聞き終えたハラが提案したのは、ここに住み込みで門下に入らないかということだった。居場所がないなら、それが見つかるまでここで己を鍛えればよい、と。思ってもみなかった話に二人は驚き、意地を張っていたのもあってすぐには返事をしなかった。が、ハラの提案した住み込みの中に三食が含まれていることを知るとだんだん態度が変わり、彼らの手持ちポケモンたちの食事も込んでいることがとどめとなって、最終的には「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「名前は、スリープ使いのほうがタッパで、ズバット使いの語尾にスカスカ付けるほうがラップ。さっそく新人門下生として、他の人への挨拶がてら、施設の場所とか使い方を教えてもらいに行ったってわけだよー。」
それでヨウも、ハラに連れられたスカル団員たちがハウの家から出てきた事情を理解した。
タッパたちが戻ってきたらさー、とハウは続ける。
「グズマさんの写真、きちんと返そうと思うんだ。今朝はそんな感じですごくばたばたしてたし、おれもやっぱり昨日の今日だったから上手く目を合わせられなくてー……。」
少し眉を下げながら、「でも」とハウは前を向いた。
「ヨウと一緒なら、大丈夫な気がする。」
ヨウはにっこり微笑むと、うなずいた。
ハラたちが帰ってくるのを待つ間、ヨウとハウは今日の本来の目的、リーリエへ送る小包作りに取りかかった。ロトム図鑑も手伝ってくれた。
ククイ博士が預けてくれた島巡りの証。ハウの手紙。園児たちの画用紙も含む寄せ書き。そしてヨウの手紙と、みんなの写真。リーリエに届ける内容は、完璧だった。あとはこれを一つにまとめて発送するだけ。
輸送用の段ボール箱とか、それを包むための茶色い包装紙とかは、ハウがもう用意してくれていた。封筒や筆記用具、のりなどの細々したものまでぬかりない。手紙を送るのは結構好きだから、とハウははにかんでいた。
封筒のサイズを確認するために写真の束を手に取って、そこに写っている人たちを眺めていたハウが、突然「あっ」と声をもらした。一葉の写真を見つめた後、その真ん丸な瞳にヨウの姿を映す。ハウが手に持っているのは、ハウとヨウとリーリエが並んだ写真だった。
「ヨウ、この写真……。」
期待通りの反応に、ヨウとロトムは顔を見合わせてにまにました。
「同じの二枚あるでしょ。一枚はハウの分。良かったらどうぞ。」
「……ヨウー!」
感激しながらも、ハウはすぐさま二枚目を確認した。自分のために印刷されたそれを大事そうに手に持って、冒険の始まりに思いを巡らせている。
「ヨウ、おれさ、」
しばらくしてハウはゆっくりと言葉を選び、輝く笑顔でヨウを見た。
「きみに会えて良かった。」
何が、とは言わなかった。だからこそ短いその文章には、ハウからヨウに向けた気持ちがたくさん込められていた。
ヨウはちょっぴり照れながら、ハウに笑みを返した。