11.グズマの写真
11.グズマの写真
 ヨウとハウは彼岸の遺跡を参拝していた。
 ポニの荒磯に砕ける波音も、最奥までは届かない。息遣いまで響いてしまいそうなひっそりとした空間で、二人は祭壇を清めた。
 拭きあげのやり方や供物のきのみの準備など、具体的な清浄の手順はハウが先導してくれた。その手際の良さをヨウが褒めると、
「おれはカプの礼拝は慣れてるからねー。じーちゃんによく付いていってるからー。」
 ちょっと照れながらハウはそう答えた。それから、はっとした表情を浮かべた。
「でもカプ・コケコ用のしか知らないな。共通じゃなかったらどうしようー。カプ・レヒレに怒られちゃうかなー。」
 ハウの心配をよそに、二人が準備をしている間も、石像の前で祈っている時も、怒りが落ちる様子は全くなかった。それどころか、カプ・レヒレが今ここにいるのかどうかもよく分からなかった。
 しかし遺跡の主がいてもいなくても、ヨウたちの気持ちが変わるわけではない。
 目を閉じて、島巡りを無事に終えられたことに対する感謝の気持ちを捧げていると、自然に思い起こされたのはリーリエの姿だった。ここポニ島で、ヨウは一念発起したリーリエと共に険しい道を歩き、雨宿りをしながら語らった。リーリエに送る手紙には、その時の思い出をつづってもいいかもしれない。あるいは、あの時二人でしまクイーン拝命の儀を見守ったハプウが、たくましく日々を営んでいることを報告するのも捨てがたい。ハプウのことを話すなら、今まで写真に撮ってきたあの人のことも、この人のことも、変わらず輝いているアローラの光のことをみんなみんな書きたくなってきて、ヨウは自分でも気付かないうちに微笑んでいた。
「リーリエのことをさー、考えていたよー。」
 礼拝を終え、祭壇から出口に向かう廊下を歩きながら、ハウが言った。
「ぼくもリーリエのこと考えてた。」
「おー、おそろいだー。何考えてたの?」
「リーリエへの手紙に何を書こうかなって。今までのことも、これからのことも、話したいことがたくさんあるから悩んじゃう。」
「全部書いちゃえばいいよー。リーリエには、手紙すっごい長くなるって予告してあるし。」
 にーっとハウはいたずらっぽく歯を見せた。それから、おれはねー、と続けた。
「リーリエがいつか島巡りしてくれたらいいなって、考えてたんだ。」
「リーリエが島巡り……。」
「うん。リーリエさー、ポケモントレーナーになるって言ってたでしょー。それで島巡りのように旅をするって。でもアローラなら『ように』と言わず、いつだって島巡りできるから……リーリエにもいつか、自分のポケモンと一緒に、試練や大試練を乗り越える経験をしてもらえたらいいなーって。」
 それは名案だね、とヨウが賛同すると、でしょーとハウは得意気だった。
「そのためにも、リーリエがアローラのことを忘れないように、最高の写真を撮らないとねー。あとはエーテルパラダイスと、ククイ博士たちだけだ。ラストスパート、頑張っていこー!」
「おー!」
 とハウに続いたヨウの声と、
「最高の写真なら、ボクにお任せロト!」
 とヨウの鞄から顔をのぞかせたロトムの声が、遺跡の空間によく響いた。


 そうしてヨウとハウが、意気揚々と彼岸の遺跡の出口を過ぎた時だった。
「ヨウ、あそこに何か落ちてない?」
 ハウが道を指さした。見れば確かに、黒い岩で出来た道の上に、不自然な白い点が一つ落ちていた。
 二人が近寄って確認すると、それは一葉の写真だった。拾いあげたハウは、表を向けるなりはっと声を出す。
「これ、グズマさんだ。」
 相棒のグソクムシャと共に、こちらを向いて不敵に微笑んでいるグズマ。スカル団のペンダントもタトゥーシールも外し、サングラスのゆがみは直っていた。グズマがスカル団から姿を消したといううわさが真実であることを、その写真は物語っていた。
 誰がいつ何のために撮った写真だろう。そしてどうしてこんな場所に落ちているのだろう。分からないことだらけで、ヨウとハウは顔を見合わせ首を傾げた。
「ああーっ! あれはグズマさんの写真!」
 疑問の解答は、意外とすぐにやって来た。
 ポニの荒磯の小高い場所から、こちらを見下ろし大声を上げたのは、二人組の男。どくろのペンダントを誇らしげに胸に輝かせる、スカル団員のしたっぱたちだった。
「やっぱりここに落としてたんじゃないでスカー。」
「くっそー、なんでよりによってあいつらが拾ってんだよ!?」
 それも声から判断するに、どうやら以前ウラウラの花園で因縁を付けてきた者たちのようだ。
 わあわあとがなり散らしながら、彼らは荒磯の道を一気に下ってきた。
「おいおまえら! その写真、おれらのグズマさんの写真! 返しやがれ!」
 ハウに向かって怒気のこもった言葉と同時に、モンスターボールが投げつけられた。パンッと目の前にあふれた光にハウはひるみ、説得の言葉を発そうとして失敗したのか、口が「あ」の字で止まる。それでもポケモントレーナーとして身体はしっかり反応して、とっさに自分のモンスターボールを投げていた。
 スカル団のスリープと、ハウのネッコアラが相対した。
「やっちまえスリープ! 毒ガスだあ!」
「シャドークロー!」
 ポケモンバトルが始まれば、指示を出すのがトレーナーの性。その時のハウも例にもれず、とにかくポケモンの使える技名を闇雲に叫ぶスカル団員とは対照的に、ネッコアラを導いた。
 スリープの吐き出したガスをものともせず、ネッコアラは相手の懐に飛びこみ、影をまとった爪の鋭い一撃をお見舞いした。スリープは為す術もなく、その場に沈む。
「あああスリープ! ちくしょう、ムカつくムカつく、超ムカつく!」
 スカル団の男は言いたい放題叫んで、スリープをボールに戻した。
「あ、あのー!」
 ハウが声を出しても少しも聞く態度ではない。そのままヨウとハウに背を向けると、コソクムシくらい素早く逃げだした。
「グズマさんの写真、どうするんでスカ!?」
「うるせー! 後でぶんどるんだよ! 次こそは絶対リベンジしてやる!」
 相棒の男にはそんな風に答えている。圧倒的な力の差を見せつけられてなお勝つ気でいるのは、一周回って清々しいぐらいだった。
 あっという間に現れ、敗れ、去っていった彼らを、ヨウとハウはただ呆然と見送るばかりだった。
「バトルなんかしなくても、写真、返したのにー……。」
 つぶやいたハウが手に持った写真の中で、グズマが不敵に微笑んでいた。彼を慕い、今でもどくろ形のSマークを外せずにいるしたっぱたちの声には、答えることなく。





カイ ( 2020/04/12(日) 20:10 )