いつかどこかの世界のきみへ
いつかどこかの世界のきみへ
 夕暮れのリリィタウンは赤く染まっている。西日のせいだけではない。村のあちこちに焚かれたかがり火が、とことこと太鼓の鳴る軽快な音楽と共に、村中を陽気な色に染めあげていた。
 今日はリリィタウンのゼンリョク祭りの日。
 おれの大好きなお祭りの日だ。

「今回のゼンリョク祭りの奉納試合は、ハウとコウミに任せたいと思うのですが、よろしいですかな?」

 数日前、じーちゃんにそう尋ねられた時から、楽しみで仕方がなかった。おれがコウミとゼンリョク祭りで試合をするのは、これが二回目。ちょうど一年前、島巡りに出発する時がたまたま祭りの時期と重なって、二人でバトルを捧げた。
 またコウミと奉納試合ができる。おれはじーちゃんの提案に、もちろんすぐに賛成した。
 小さなお祭りとは言っても、屋台もいくつか出るし、幼い子供やポケモンたちはきゃあきゃあ言いながらあちこち走り回っている。とてもいい匂いがすると思ったら、誰かのアママイコがアロマミストを振りまいていた。あちらのキュワワーは、近くを通りがかる人に次から次へと花輪をプレゼントしている。みんなとってもうきうきだ。

「よーし、おれたちも楽しんじゃおー、ジュナイパー!」

 おれはモンスターボールを取り出して、祭りの空気の中にパートナーを解放した。光と共に躍り出たジュナイパーは、元気いっぱいに翼を広げ声を上げる。ジュナイパーも、今日コウミとバトルできるのをとても楽しみにしていた。
 まだモクローだったジュナイパーを初めて手持ちに迎えた日、最初にバトルの相手をしてくれたのがコウミだった。その後、島巡りの中で何度もコウミとバトルした。ジュナイパーなら、コウミのポケモンのことを一番よく知っている。そして誰より一番、コウミに勝ちたいと思っている。今日の試合でジュナイパーを選ぶのは、じーちゃんに話をもらった時にもう決めていた。
 奉納試合の開始時刻まではまだ時間があったから、おれはジュナイパーと村の中を歩いて、屋台を巡った。
 一押しはやっぱりマラサダ屋さん。揚げたてふわふわのマラサダを二人分買って、おれとジュナイパーは頬張った。じゅわっと広がる甘味に自然と笑みがこぼれちゃうのは、マラサダ自体の美味しさはもちろんだけど、きっと一緒に食べているからだろう。
 きのみジュース屋さんにも寄ろうとしたけど、奉納試合後の楽しみに取っておくことにした。ジュナイパーはお面屋さんが気になったみたいで、独特のデザインで作られたたくさんのポケモンの顔を、不思議そうに首をぐるんと傾げて眺めていた。すると小さな男の子が二人、ジュナイパーに駆け寄って「わージュナイパーだ!」とか「本物だー!」とかはしゃいだから、翼をなでさせてあげたらとても喜んでくれた。

「ハウ! そろそろ奉納試合を始めますぞ!」

 そうこうしているうちに、舞台の方からじーちゃんがおれを呼ぶ声が聞こえた。いつの間にかコウミも姿を現していて、じーちゃんと一緒におれに手を振ってくれていた。側には彼女のパートナー、ガオガエンを引き連れている。
 おれも大きく手を振って、ジュナイパーと共に舞台へ行こうとした。けど、少し思いとどまって、おれはジュナイパーの方を向く。せっかく晴れ舞台に立つんだから、特別かっこよくしてあげなくっちゃ。そう思って、ジュナイパーの胸元の赤羽をなでて整えてやった。すると、嬉しそうにぷるぷる震えるジュナイパーの体から、勝利への強い気持ちが伝わってきた。
 よし。これでおれもジュナイパーも、気合いはばっちり。
 おれたちは舞台に急いだ。
 






 そして、おれとジュナイパーはバトルに負けた。
 コウミとガオガエンは強かった。全然歯が立たなかった、というわけでもないのがまた悔しい。祭りの一環としての奉納試合だから、勝敗は大きな問題じゃないんだけど、それでもやっぱり負けは負けだ。
 おれとジュナイパーは村はずれにある大きな樹に登り、枝に腰かけて祭りを眺めていた。生い茂る葉がおれたちの姿を隠してくれるここなら、誰にも邪魔されず、二人だけで先の試合結果を味わえる。じゃりっと奥歯にまとわりつく苦味をこらえている顔を、じーちゃんやコウミたちに見られるのは、ちょっぴり恥ずかしかった。
 ぐるるるーと喉の奥で空気を転がすのは、ジュナイパーが不満な時によくやる癖だ。ガオガエンに勝てなくて、ジュナイパーもすごく悔しがっていた。背中をなでてやると、空気を転がす音は少し小さくなった。
 コウミとガオガエンに負けるのは、これで何度目だろうか。炎の力を弱めるきのみを持たせておくという対策は、いくつも考えた作戦の内の一つだった。技の練習もたくさんした。バトル中にどうやってアイコンタクトするかの打ち合わせもばっちりだったし、勝ちたいという気持もしっかり重ねられていた。
 そこまでしても、ジュナイパーの勝ちたい気持ちを形にしてあげられなかったのが、負けたことそのものよりもずっとずっと悔しかった。同時に、コウミは本当にすごいな、とあらためて思う。タイプ相性の有利の分を差し引いても、さすがアローラの初代チャンピオンといった貫禄だった。ポケモンのいいところを最大限に引き出して、的確な指示でポケモンを勝利へと導ける。ガオガエンは彼女に出会えて、さぞ幸せだろう……。
 そこまで考えた時に、おれは一瞬、息を止めた。というよりは、吸ったはずの空気が体に入ってこなかった。

 もしも、コウミが、モクローを選んでいたら?

 そんなこと今まで考えたことすらなかった。でも、島巡りの始まりと同じ形でコウミと戦って、ゼンリョクを出しても敵わなくて、ジュナイパーがぐるるると鳴いて、悔しくて、そしたらその考えが急におれの頭の上に落ちてきた。あまりにも突然だったから、避けることも受けとめることもできなかった。ただ、があぁんと大きな音が頭の中に反響した。響きはやがて体の内にまで侵入する。心臓の奥深くにあった得体の知れないメーターの目盛りを、じりじりとせり上げる。ジュナイパーをなでる手のひらに汗が浮く。
 その汗がジュナイパーの背中についてしまうのが嫌で、おれは手を離した。ジュナイパーがこっちを見た。もっとなでてよ、どうしたの、という顔をしていた。

「おれも、すっげー悔しいよ。……ごめんな、ジュナイパー。」

 やっと口にできた言葉は、自分でも初めて聞く音だった。島巡りを始めた頃、勝敗は気にしないと言って漫然とバトルを楽しんでいた時の音とも違う。ジュナイパーと一緒に勝ちたくて、がむしゃらに突き進んでいた時の音とも違う。おれのじゃないみたいな声だった。
 ジュナイパーがじっとおれを見つめていた。その深い金色の目の中に、今の自分の表情を見つけるのが怖くて、おれは視線をそらした。
 村を見下ろすと、屋台のほとんどが片付け作業を始めていた。そういえば結局、きのみジュース屋さんに行くのは忘れてしまっていた。あちこちに焚かれたかがり火が一つ、また一つと消え、リリィタウンに夜がやって来る。
 おれの大好きなお祭りが、終わろうとしている。





 次の日、おれはハウオリシティはずれのポケモンセンターに来ていた。
 本当は、コウミの家に行こうと思っていた。よっぽど悔しかったのだろうジュナイパーが、再戦したそうな様子だったから。
 でもコウミの家が近づいた時、おれはなんとなく気分が削がれて、分かれ道をポケモンセンターの方向に歩いていた。ジュナイパーは何も言わなかった。モンスターボールの中にいるから当然だった。小さな球の薄い壁越しのジュナイパーの存在が、ひどく遠い気がした。
 ポケモンたちを預け、おれは一人でカフェスペースのカウンターに座った。ポケモンたちはみんな元気だったけど、健康診断の名目で快く診てくれるのは、ポケモンセンターの良いところだ。
 ミックスオレのグラスに刺さったストローに口を付けながら、ぼんやりと昨日のことを考えた。どうやったらコウミに勝てただろう。ジュナイパーは本当によく頑張ってくれた。技構成や作戦だって悪くなかったと思う。とすれば改善すべきは、バトル中のおれの指示タイミングや、攻守の見極め。ジュナイパーを勝たせてやれないのは、トレーナーの力量不足だ。
 ああ、そうだ。
 もしも、おれと一緒にいなければ。
 もしも、もっと上手に良さを引き出してくれるトレーナーと出会えていたら、ジュナイパーはきっと――。

「俺にもこれをくれ。」

 その時、隣の席に客が座ったから、おれは思考を中断した。無愛想な低い声で話す、猫背気味の大柄な男。

「グズマさん……。」

 グズマさんはちらりとおれを見て、おう、とだけ言った。
 程なくして、グズマさんの前に注文したミックスオレが置かれる。

「エネココア以外も飲むんだ……。」
「おまえ俺様をなんだと思ってやがる。」

 敵意のない怒りに口の端をちょっと上げてみせてから、グズマさんはすぐに続けた。

「昨日の祭り、見てたぜ。コウミに負けたな。」

 負けた、と他人に言われると、自分で反芻するのとはまた違った重みで、ジュナイパーを勝たせてやれなかった事実がのしかかった。でもそれを表に出すのは、ジュナイパーと一緒に樹の上に腰かけている時だけでいい。おれはいつも通り、にかっと口を開けた。

「うん。やっぱりコウミは強いよねー! さすが初代チャンピオンって感じー。」

 グズマさんは何も答えず、おれを見た。昨日ジュナイパーにじっと見つめられた時のような居心地の悪さを感じて、おれはちょっとどぎまぎした。
 けど、先に視線を外したのはグズマさんだった。グズマさんはミックスオレを一口飲んだ後、おまえとおまえのジュナイパーもなかなかのモンだったぜ、とつぶやいた。
 沈黙。
 中身の減っていくグズマさんのグラスを見て、そういえばおれは全然ミックスオレを飲んでいなかったことに気がついた。口を付けると、冷たくて甘い液体が、心地良く体の中に流れていく。おれは喉が渇いていたんだなと、その時知った。
 おまえはよ、とグズマさんがストローから口を離した。

「ジュナイパーのこと、自慢に思ってるか?」
「もちろんだよー! おれの最高のパートナー!」
「じゃあ、そいつに出会えた自分のことは?」

 とっさに返事ができなかった。
 ジュナイパーはおれにとって最高のパートナーだ。これは即答できる。だけど、そのジュナイパーのトレーナーである自分のことは? 未熟な部分がいっぱいあって、ジュナイパーの勝ちたい気持ちを形にしてやることができない、おれ自身は?

 おれは、ジュナイパーにとって、最高のパートナーか?

 固まっているおれの前で、グズマさんはミックスオレを飲み干した。それから、ごっそさん、と言ってカウンターの上に小銭を置くと、席を立った。ゆるく曲がった広い背中に隠れて、おれにはもうグズマさんの表情は見えなかった。その背中の向こうから、声がした。

「アホヌイ、ア、ラナキラ。」

 そしてグズマさんは、ポケモンセンターを出ていった。おれは「アローラ」の挨拶一つも返せずに、ただグズマさんの背中を見送った。
 アホヌイ、ア、ラナキラ。
 それはアローラの古い言葉だった。
 耐え忍んだ先に光はあります。ラナキラマウンテンの神の導きが、あなたと共にあらんことを。そんな意味の言葉だった。「ALOLA」の最後の「A」から取って編まれた、アローラに生まれ育った人間同士ならすぐに伝わる、祝詞だった。
 その言葉を、おれに贈りに来たのだろうか。どうして? 奉納試合に負けたこと、そんなに引きずっているように見えたのか。かっこ悪いから顔には出さないようにしてたつもりだったんだけどな。もしかして、じーちゃんに何か言われたのかな。
 グズマさんの真意は、結局おれにはよく分からなかった。
 ただグズマさんのいた場所に、ミックスオレ二杯分のお金が、ぽつんと残されていた。





 ポケモンセンターを出てからも、グズマさんの言葉はおれから離れなかった。
「じゃあ、そいつに出会えた自分のことは?」
 正直なところ、おれがジュナイパーにとって最高のパートナーになれているか、今は自信がなかった。
 でもこれだけは確かに言える。おれはジュナイパーにとって最高のパートナーに、なりたい。
 ジュナイパーのモンスターボールがかたりと動いた気がして、おれはジュナイパーをボールから出した。威勢よく飛びだし、翼を振るった彼が、ガオガエンと再戦したがっているのは明らかだった。

「ジュナイパー。」

 その深い金色の瞳に自分の姿を映すのは、まだ少し怖かった。またきみの思いを形にできないかもしれない。おれはきみのパートナーとして、全然実力が足りてないかもしれない。
 だけど。
 この不安に、おれは耐え忍ぶ。その先にある光を、きみと一緒に見たいから。
 おれはリュックから小さな宝石を一粒取り出し、右手に握りしめ、ジュナイパーにその拳を突き出した。

「作戦Zだ。」

 ジュナイパーが同じように手を突き出し、おれの拳にこつんと軽く当てた。肌と羽の重なった部分で二人の体温が行き交うのと同時に、石から虹色の光があふれ出た。アローラの大地の祝福を受けた力が、ジュナイパーの中に流れこんでいく。ふく、と羽毛を逆立て、ジュナイパーは身震いした。そして力が満ちたことを示すように、高らかに吠えた。
 虹色が全部ジュナイパーの中に納まったことを確認して、おれは右手に握ったそれを、Zパワーリングにしっかりとはめこんだ。

「よし、コウミの家に行こう! リベンジマッチをお願いするんだ!」

 ジュナイパーが大きくうなずき、おれたちは駆けだした。





 潮風に誘われて遊びに来た、なんて言ってみたけど、コウミはおれたちの突然の来訪に、全然驚いていなかった。もしかしておれたちが再戦を申し込みに来ること、分かっていたのだろうか。あるいはコウミも、おれたちとまた戦いたいと思ってくれていたのだろうか。そうだったら嬉しい。
 バトルフィールドは、メレメレ海の砂浜を選んだ。バトルに適した広い場所としては、そこがコウミの家から一番近かったからだ。
 ジュナイパーとガオガエン。白い砂の上に立つお互いのパートナー越しに、おれはコウミと向かい合う。

「ハウ、バトルのお誘いありがとう。今日もゼンリョクで行くからね!」
「もちろんだよー! 手加減なんかしたら、おれもジュナイパーも許さないからなー!」

 ジュナイパーが翼を広げて鳴き、おれと同意見であることを示した。たくましい体を見せつけるように吠えたガオガエンはきっと、手加減なんてするわけないでしょ! と答えたコウミと同じ言葉を返していた。

「というわけでガオガエン、遠慮なく決めていこう! DDラリアット!」

 来た。ガオガエンが最も得意とする技。初手の予測としては上々だった。ジュナイパーも、落ち着いて相手の軌道を見極めている。

「フェザーダンス!」

 ガオガエンの攻撃軌道上に、やわらかな羽毛が大量に舞う。視界を奪い、抵抗を生み、強力なラリアットを無力化する。
 が、それでもガオガエンは最後の一振りをジュナイパーに当ててきた。間に入った羽毛がクッションになって致命傷は避けたとはいえ、その根性と諦めない姿勢は敵に回すと恐ろしいものだ。
 しかも、その闘志を支える司令塔が、すぐにガオガエンに打開策を与えた。

「炎で羽毛を焼いて!」

 ガオガエンの腰回りにある炎のベルトが燃えあがった。直後、中央の一点から火柱が上がる。宙を舞う羽をなめるように捉えると、みじめな火の玉に変えて次々と砂浜の上に落としていった。さすがはコウミだ。ちょっとやそっとの小細工は、的確に対処してしまう。
 計算通りだった。

「今だジュナイパー! ローキック!」

 コウミは、舞い散る邪魔な羽毛を焼き落としにかかるだろう。指示を受けたガオガエンは、地に足をつき、羽を燃やすことに一瞬集中するはずだ。そこを狙う。フェザーダンスの後、ガオガエンの死角から攻撃する作戦を、ジュナイパーと練りに練っていた。
 ジュナイパーの強靭な爪が、ガオガエンの足元に襲いかかった。ガオガエンは驚きの声を上げて、砂に手をついた。
 チャンスだ。一気にたたみかける!
 おれのZパワーリングが輝いた。
 勝ちたい。
 島巡りを始めた頃、積極的にそう思うことはなかった。もちろん勝てたら嬉しいけど、ポケモンバトルを楽しめていたらそれでいいやって、そんなふうに考えていた。でも今は違う。
 勝ちたい。
 だっておれのパートナーがそう願うから。戦ってくれる大事なパートナーの思いを尊重できなくて、なにがポケモンバトルか。なにがポケモントレーナーか。それに何よりおれ自身が、パートナーとその思いを重ねられた時、すごく気持ち良かった。どこにだって、どこまでだって行けるような気がした。しまキングを超えられるかもって気さえした。
 光が生まれる。体がゼンリョクの動きを刻む。オーラを通じて、おれとジュナイパーの感情が交わる。


 おれは、きみと、一緒に勝ちたい!
 きみは、ぼくの、最高のパートナーだから!


 溢れる力のうねりが、太陽のような熱く強い輝きになっておれの全身を駆けぬけた。血管を通り、リンパ腺を満たし、内臓を震わせ、おれの体中にジュナイパーの燃えさかる声を響かせた。
 最高のパートナー。
 完全にジュナイパーと一体になった心地に目まいすら感じながら、おれは全身全霊を込めた叫び声で、二人の力を完成に導いた。

「全力無双激烈拳!!」
「ハイパーダーククラッシャー!!」

 その時、ゼンリョクのオーラを通じてパートナーと気持ちを重ね合わせていたのは、おれとジュナイパーだけではなかった。
 メレメレ海の砂浜に、隕石でも落ちたかと見まごうほどの大きな爆発が発生した。





 視界は空の青でいっぱいだった。
 熱せられた砂の温度を背中一面に感じながら、おれは息を吸い、思いっきり吐き出した。

「あーーーっ、悔しいーーー!」

 じわ、と景色をにじませようと湧いてきたやつを、おれは腕で乱暴にぐしぐしとこすり落とした。次に目を開けたら、ジュナイパーが仰向けに倒れたおれを心配そうにのぞきこんでいた。
 おれは起き上がって、ぎゅうっとジュナイパーを抱きしめた。ジュナイパーが控えめに、喉の奥で空気を転がしていた。おれはまた、ジュナイパーの勝ちたい気持ちを形にしてやることができなかった。うん、うん、とおれはジュナイパーの羽毛の中で、うなずく。

「おれも、すっげー悔しいよ。」

 それから顔を上げて、ジュナイパーと目を合わせた。深い金色の瞳の中に、負けて泣いてぐしゃぐしゃになったおれの顔が、映っていた。その表情を逃げることなく、はっきりと見た。

「だからー、また一緒に頑張ろうな、ジュナイパー!」

 昨日、樹の上で答えたのとは違う言葉が、自然に口からすべり出た。
 ジュナイパーは喉の奥でぐずっていた空気を、大きな鳴き声に変えて答えた。おれはジュナイパーの背中を、何度も何度もなでてやった。
 コウミがおれたちに近づいた。
 バトルが終わった後、コウミは倒れ伏したままのジュナイパーにすぐさま光る石の塊を分け与えてくれた。ジュナイパーを元気にした後、交代するように砂浜に寝転がり叫んだおれのことも、黙って見守ってくれた。おれが起きあがるのを、待っていたらしい。

「いいバトルだったよ、ハウ。」

 そう言って右手を差しだした。おれはその手を勢いよく握り返し、「もー、めっちゃ悔しいよー!」と思いっきりむくれてみせた。それからすぐに、だけどー、とつないで白い歯を見せた。

「おれとジュナイパー、昨日よりも息ぴったりだったでしょー?」
「うん。二人はどんどん強くなるね。ハウとジュナイパーは、最高のパートナーだよ。私たちも負けてられないな!」

 アローラ初代チャンピオンのお墨付きをもらったら、嬉しくないわけがない。おれは頭をかいて照れながら、ありがとー、と礼を言った。
 その時、天高くから鋭い鳥のような鳴き声が降ってきた。みんなで空を見上げると、青の中に黄色い点が見えた。カプ・コケコだ。

「わー、カプ・コケコもおれたちのバトル、見に来てくれたんだねー。」
「というか、すごい爆発だったから、心配して来たんじゃない? 砂浜こんなにめちゃくちゃにして、守り神様に怒られちゃいそう。」

 確かにおれたちのバトルフィールドには、最後のゼンリョク技のぶつかり合いのせいで大きな穴が開いていた。焼け焦げて真っ黒になった羽も、ぽつぽつ散らかっている。

「しまキングのお孫さんとして、怒られてください、ハウ。」
「えー! なんでそうなるのー。」
「その代わり、私はククイ博士に怒られるから! 音もすごかったし、きっともうすぐ様子を見に来るでしょ。」
「いやいやー、ククイ博士だったら怒るどころか大喜びで、どんな技だったか聞くに決まってるじゃん。ずるいよコウミー。」

 たぶん分かって言っているコウミが、あははと笑った。ガオガエンも牙をむいてくっくっと肩を震わせている。あれがガオガエンの笑い方なんだろう。それでおれも、ぷふっと息を噴きだした。おれの隣でジュナイパーも、くるくると鳴きながら楽しそうに体を揺らしていた。負けたことはもちろん悔しいけど、それでもジュナイパーは心の底から幸せそうな様子だった。
 もしもジュナイパーが、おれと出会っていなければ。
 もしもおれが、ジュナイパーと心を合わせることよりも大きな感情に出会っていたら。
 今のおれたちには想像もできないことだけど、でももしかしたら、何か一つでも違う要素があったなら、それはありえるかもしれない世界だ。だからこそ思う。おれたちは無数にある可能性、世界の中から、たった一組出会えた存在なんだって。
 もっと上手に良さを引き出してくれる人と出会えていたかもしれない、ジュナイパーへ。
 もっと別の思いを抱いて物語を歩んでいるかもしれない、おれ自身へ。
 おれは、このジュナイパーとパートナーになれて、幸せだよ。
 おれは、ジュナイパーに出会えたおれのことが、大好きだ。

「アホヌイ、ア、ラナキラ。」
「え? ハウ、何か言った?」
「……うん。カプ・コケコには、ちゃんと二人で怒られようって言ったんだよー。それとー、次は絶対におれとジュナイパーが勝つからね、コウミー!」

 にっこりと満面の笑みを咲かせてみせた。
 親愛なる友人たちは「受けて立つよ!」と力強く答え、ジュナイパーもおれと同じ気持ちを、高らかな鳴き声に乗せて表してくれた。

■筆者メッセージ
この小説は、感想作品です。
次項の【作品解説と謝辞】にもお目通しいただけると、大変幸いです。
カイ ( 2019/10/25(金) 21:18 )