落ちなかった百個のきのみと、少女が歩む一個の夢
* *


 病院に飛んできた両親は疲れ果てた表情で、アユはうんと叱られた。ジャムを配りに行っただけなのに一晩中戻らず、連絡もつかない上、台風の一番強い時間帯で探しに行くこともできず、家族にどれほどの心配をかけたかは想像に難くなかったから、アユは素直に謝った。ハジメが事情を説明してくれたのでようやく場は落ち着いたが、お母さんの両目はレディバが止まっているのかと思うほど真っ赤になっていた。
 祖父が見舞いに来たのは両親と入れ替わり、午後のことだった。夜が明けるとすぐにメガニウムたちを連れてアユを探し回っていたらしい。祖父は両親ほど怒ってはおらず、むしろアユの命に別状がなかったことに穏やかな表情さえ浮かべて、昨夜何が起きたのか話をじっくり聞いてくれた。

「そうか、そうか。やっぱりアユは優しい子やな。シキジカ無事で良かったなあ。ようやったで。」

 大きくてごつい手で、アユの頭をわしわしっとなでてくれた。
 せやけどな、と祖父の顔がふっと険しくなる。

「シキジカがシゲさんとこの罠にかかるんちゃうかって心配して追いかけたって言うたけどな、その必要はなかったで、アユ。」
「え……どうして?」
「わしのオドシシ罠はくくり罠や。アユにも見せたことあるやろ。ワイヤーがぎゅっと締まってオドシシの脚を捕まえるやつ、あれはな、途中で締まりが止まるようになっとぉよ。小さいポケモンとかを間違って捕まえへんようにな。シキジカやったらたぶん抜けるやろ。せやから罠のことは大丈夫やから、とりあえず昨日はほっといてじいちゃんらに相談してから、今日みんなで探して保護したるんが、一番良かったと思うわ。」

 ショックだった。良かれと思ったアユの判断は、決して最善手ではなかった。不十分な知識をもって一人で焦って、軽率な行動で自身もシキジカも危険に巻きこんだ挙句、その状況を打破するための知識も技術も持ち合わせていなかった。木のうろの中で感じた無力さと悔しさが、再び鋭いナイフとなってアユの心に突き刺さった。人とポケモンの役に立ちたいと、思うだけではどうにもならないのだ。
 アユの後悔はその表情ですぐに祖父に伝わったのだろう。「まあわしもアユにちゃんと教えとかなあかんかったな。すまんかったな」と謝る祖父に、アユは首を振った。
 心の傷は手首の骨折とは違って医者には治せない。アユはこのナイフを自らの手で抜いて、二度と刺さらぬようにしなければならない。もしも本当に人とポケモンの役に立ちたいと思うのならば。
 アユはこの時、一つ、強く決意した。


「私、ポケモンレンジャーを目指そうと思う。」

 その決意について家族に伝えたのは、退院後、家族全員がそろった夕食時のことだった。
 父も母も祖父も、その言葉を聞いた直後は目をまん丸くし、ネイティオよろしくじっとアユを見つめ動かなかった。最初に口を開いたのは祖父で、気まずそうにくしゃくしゃと眉をひそめた後、ずいぶんもったいをつけて、そうかとつぶやいた。

「うん、あんな状況から助けてもろたんや、アユの気持ちも分からへんことはないが。しかしそういう理由は後でしんどい思いするかもしれへんで。ポケモンレンジャー以外にも、かっこええ男の子はようけおるやろ。」

 祖父の言わんとしていることを理解するまで三秒かかった。アユに恋心が芽生えたと勘違いしているのだ。アユは慌てて首を振って「違う違う。ハジメさんは関係ないってば」と否定した。
 それからアユは今まで内に秘めていた思い、人とポケモンの役に立ちたくて一生懸命勉強していたけど、ずっとどこに向かっているか分かっていなかったことを打ち明けた。

「私ね、なんとなく勉強していれば何にでもなれるような気がしてた。可能性をいっぱい持ってるのが居心地良くて、そこから抜け出すのが怖かった。だけどそれで結局何にもなれなかったの。人とポケモンの役に立ちたいって気持ち、何一つ形にできなかった。だからそんな中途半端、もうやめる。私はたくさんの知識を得たい、技術を学びたい。困っている誰かを助けるために、人とポケモンの役に立つために。そのためにポケモンレンジャーになりたい。」

 将来のことについて、そんなふうにアユがはっきりと自分の意思を言葉にするのは初めてだった。最初はとんでもないという反応をしていた家族も、しだいにアユの本気を理解してくれたらしい。ついにはアユの夢を応援することを約束してくれた。



 アユがハジメにかけた電話は、数回のコールでつながった。やあアユさん右手の具合はどう? 元気でやってる? と変わりなさそうなハジメの声が聞こえる。

「ちょうど良かった。オレからもアユさんに連絡しようと思っていたんだ。」
「え、そうなんですか。」
「ああ。密輸されたポケモンたちだけど、すべて保護できたよ。この間のシキジカと、あともう一匹ムンナっていうポケモンがいてね、これが最後のポケモンだったんだ。」

 ムンナ、とアユが声に出す前にハジメが「アユさんのおかげだ、本当にありがとう」と続けたので、結局アユがムンナについて話すタイミングはなくなってしまった。

「これで今回のオレのミッションはクリア。明日ジョウトを発つから、アユさんにも一言お礼を言っておきたかったんだ。」
「いえこちらこそ、ありがとうございました。」

 少しの間。それじゃあ、とハジメが会話を切りあげるよりも先に、アユは「あの」と口にしていた。
 続きを言うのはまだ少し怖かった。本当にいいのその道を進んでしまうのと、いまだに夢見がちで臆病な思いが底のほうにちょっぴりだけ沈んでいた。けれどもアユは、ムンナの前で輝く種に手を伸ばした時の気持ちを思い出す。夢を形にするために。アユだけの物語を歩むために。

「ハジメさん。実は相談したいことがあるんですけど……」

 勇気を出してつかんだアユの可能性が小さな発芽を迎えるのに、それほど時間はかからなかった。



Fin.

■筆者メッセージ
ポケモンストーリーテラーカーニバルのテーマAに投稿した作品です。イラストをお題として執筆した作品ですので、ぜひ企画ページと一緒に楽しんでいただけると幸いです。
企画ページはこちらです。
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カイ ( 2019/10/21(月) 22:04 )