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ガルーラは経過観察のため一昼夜ポケモンセンターに預けられた後、野生へ返された。
モモカはリリースに立ち会い、続く数日も八番道路ポケモンセンター付近に滞在していた。その間、迷いガルーラを見たという報告は一度もなかった。それは、ガルーラ観察と称してクサナギと一緒にフィールドに出る日々の終わりを意味していた。
いつかは迎えると知っていたことだ。モモカはさしてためらうことなく、「島巡りを続ける」とクサナギへ挨拶しに行った。するとクサナギはカフェスペースに誘ってくれた。
カウンターにクサナギと並んで座りながら、モモカは安心半分寂しさ半分でつぶやく。
「ガルーラ、お家に帰ったね。」
「ああ。子供と一緒に、な。」
クサナギがおごってくれたエネココアは、いつもより甘くて優しい味がした。
「クサナギさんは一緒じゃないの。空っぽのモンスターボールと。」
彼のホルダーに二個しかボールが下がっていないのを見て、モモカは尋ねた。
「やっぱり……捨てちゃった?」
「まさか。」
クサナギがおかしそうに肩をすくめた。
「君が言ったんじゃないか、手放す必要はないと。家に置いてきたよ。もう肌身離さず持たなくてもよくなっただけ。」
モモカはうなずいて、ココアを飲んだ。とても温かかった。
モクローはクサナギのジュナイパーと並んで、カフェのマスターにもらったポケマメを美味しそうに頬張っていた。あらためて見ると、クサナギのジュナイパーは老成した風格のあるポケモンだ。古い樹木の木肌にも似た灰茶色の翼に身を包み、冠羽は端が切れて逆三角形様になっていた。クサナギと共に生きてきた長い年月のどこかで失ったのだろう。それでも、失くしたものより得たもののほうをよく知っていそうな、穏やかな顔つきをしていた。
「ねえクサナギさん。クサナギさんのポケモンのニックネームの由来、聞いてもいい?」
モクローのついばむ先にそっと柄付きのポケマメを差しだすジュナイパーを眺めながら、モモカは尋ねた。クサナギはドヒドイデのことをカガミ、ジュナイパーのことをタマと呼んでいた。
「ああ……。カガミは、鏡を見るのが好きなやつでな。そう呼んでやったら嬉しそうだったから、そのまま使ってる。」
「タマは? すごく可愛い名前。」
ジュナイパーが顔を上げて、るるるる、と喉の奥で鳴いた。返事をしたようにも、喜んでいるようにも聞こえた。タマは俺が付けたんじゃねえよと、クサナギは弁解っぽく言う。
「最初のポケモンだって見せたら、おふくろがえらく気に入ってさ。玉みたいに丸いねえって何度も繰り返すもんだから、それを名前だと学習しちまって。」
「単純ー。」
「そういう君のモクちゃんはどうなんだ。」
今度はモクローが呼ばれたと思って顔を上げた。その頭をなでてやりながら、モモカは歯切れ悪く答える。
「んー、じつはね、モクちゃんは仮のつもりなんだ。本当はもっと可愛くてかっこよくって、ジュナイパーに進化しても似合いそうなニックネームを付けてあげたいんだけど、良いのが浮かばなくて……。」
「そりゃ十中八九モクちゃんで定着するな。」
「うう、反論できない……。」
クサナギにクックッと笑われたのが悔しかったので、「でもクサナギさんのかっこいいジュナイパーがタマちゃんなら、うちの子もモクちゃんのままでいいや」と思ったことは、内緒にしておいた。
彼がこんなふうに笑う人だとは、最初に出会った時は想像だにしなかった。どちらかといえば気難しそうなおじさんだと感じたものだ。
今は、こんなふうに情が深くポケモン想いの島巡り大先輩に出会えて、モモカはとても嬉しく思っている。
カップを空にした後、いよいよ島巡りに旅立つモモカとモクローを、クサナギはポケモンセンターの外まで見送りに出てくれた。
「達者でな。島巡り、頑張れよ。」
「うん。クサナギさんもお仕事頑張って。ここに来れば、またいつでも会えるよね?」
「ああ。」
と口にしてからクサナギは「いや」と言い直した。
「保証はできないな。そのうちいなくなってるかもしれん。」
「え、なんで? ポケモンセンター辞めちゃうの?」
「そういう訳じゃない。ただ……ちとやりたいことを思いついた。」
「どんなこと?」
「秘密だ。まだ具体的じゃないし、準備もいるからな。ま、しばらくはここにいるさ。気軽に遊びに来いよ。」
「うん……。」
それ以上は尋ねても無駄そうだった。
それでモモカはクサナギに別れを告げ、モクローと一緒に真っ直ぐ道を歩き始めた。
クサナギとジュナイパーは、彼らの背中が見えなくなるまでそこに立っていた。
◎◎◎◎◎◎
遠い地方で開かれたバトル大会で、司会が表彰台の頂点に掌を向け、叫んだ。
「優勝は、アローラ出身のクサナギ選手ー!!」
時を同じくして、アーカラ島八番道路のポケモンセンターに、奇妙なガルーラの目撃情報が入った。ヴェラ火山の奥地にいるそのガルーラは、腹袋に子供だけでなく布の塊のようなものを抱えているらしい。
モモカとモクちゃんたちが島巡りを終え、それらのニュースを耳にするのは、まだずっと先の話である。
了