ハウとピチュー
ハウとピチュー
 ハウオリシティ!
 天気は快晴、気分上々。すれ違う人の「アローラ!」の声がきらめいて、潮風はどこまでも広がる青い海の香りを運んでいる。ハウはその空気を胸いっぱいに吸いこんだ。
 アローラで一番にぎやかなこの街を、ハウが訪れるのは初めてではない。祖父に連れられて、あるいは母の買い物の付き添いで、ハウは何度もハウオリシティに来たことがあった。
 けれども今回は特別。ハウは生まれて初めてこの街を、一人のポケモントレーナーとして訪れた。「喜び」を意味する街の名は、まさしく今のハウの気持ちそのものだ。さあ、ポケモンと共に島巡りを、大冒険を始めよう!
 ハウはうきうきとはずむ足取りで道を歩いていた。
 突然、カチリと小さな音がして、ぽんとはじけた光の中からピチューが姿を現した。
「あれ、ピチュー?」
 驚いてハウは自分のボールホルダーを確認する。一つが空になっていて、目の前のポケモンは間違いなくハウのピチューだった。
 モンスターボールに手でも当たってトリガーが作動してしまったのだろうか。それともピチューの意思?
 原因は分からないが、こんな現象も起きるらしい。早くもポケモンと島巡りをしなければ知らなかった新発見だ。
 ハウはにいっとピチューに笑いかけた。
「ピチューも一緒にハウオリシティ歩こっか!」
 言ってハウが先に歩きだしたので、ピチューも急いでその後ろに付いていく。小さな四本足で一生懸命ちょこちょこ走るピチューを見て、ハウは少し速度を落とした。
「そうだ。すごくいいものがあるんだよー。連れてってあげるね、ピチュー。」
「いいもの?」と問うように、ピチューはハウを見上げて首を傾げたが、ハウはにんまり弧を描いた口に指を一本重ねただけだった。

 ハウはピチューと共にハウオリシティをずんずん歩く。見知った街も、ポケモンと一緒なら違った景色に見えた。
 ポケモンセンターへの道案内をしてくれる標識。屋根の上にとまってこちらを観察しているツツケラの視線。道路の端っこを歩いているあの人は、連れているフワンテが街路樹の陰に入るよう道を選んでいるのだと気がついた。なるほどゴーストタイプのポケモンは明るい所が苦手なのかもしれない。ポケモンと一緒に歩くとは、きっとそういうことなんだろう。ハウも真似して日陰を選んで歩いた。アローラの灼熱太陽でかんかんになったアスファルトが、ピチューのやわい足裏を焼いてしまわないように。
 さてピチューはというと、そんなトレーナーの思いやりを知ってか知らでか、道路際を彩る植物に興味津々で、鮮やかな赤や黄色の花がいくつも咲いているのを見つけたり、自分の何倍も大きな木が潮風にゆらゆら踊っているのを見上げたりしては、チューチュー鳴いてハウを呼び止めた。



 ハウはその度にピチューの側にかがんで、
「そうこれはハイビスカスだよー。いろんな色があって、世界中に何千種類も品種があるんだってー。」
とか、
「これはねーヤシの木! えっとー、非常に利用価値が高い植物でー、幹も葉っぱも使えるしー、もちろん実はすごく美味しいんだ! あっでもこの辺の木は実が落ちてくると危ないから、熟す前に取っちゃうんだってー。」
とか話してやった。
 もっとも、そんなふうに説明できたのは街路樹に取り付けられていた観光客向けの解説札のおかげで、ハウ自身、生まれてからずっと身近にある植物がそういう言葉で表現されることを改めて知った。
 ピチューにとっては、ハウと一緒に見つけたそれらひとつひとつが「いいもの」だったのだろう。話が終わるとハウを見上げて首を傾げるような仕草をした。
 ハウはにこにことピチューの頭をなで、
「ううん。もっといいものがあるんだよー。こっちこっちー!」
 楽しそうに歩きだした。ピチューはハウを追いかける。

 あっちを歩くポケモンとあいさつしたり、こっちに咲いている花の匂いをかいだりして、ハウオリの街道を隅から隅まで歩きまわった後、ハウとピチューがたどり着いたのはマラサダショップだった。
「ピチュー! マラサダ食べて行こっかー!」
 ぱあっと声のトーンを上げてハウが誘う。ピチューはマラサダが何か分からずとも、ハウの表情と建物の中から漂ってくる甘い香りに、ただならぬわくわくの気配を感じているようだった。ハウはマラサダショップの常連みたいなものだったが、自分のポケモンを連れていくのは初めてだったから、ピチューと同じようにわくわくと浮足立つ。今まで何度も経験したことでも、ポケモンと一緒ならまた初めての経験になる。
 ハウとピチューは、記念すべき「初マラサダショップ」の第一歩を踏みだした。
「いらっしゃいませ!」
 ピチューは目の前に現れた人とポケモンとマラサダの群れにすっかり驚いてしまったようだ。足を止めて耳をぴくぴく動かし、せわしなく辺りを見回している。注文を繰り返したり次の客を誘導する店員の声に応じて、人々がわいわいと楽しげに列の中を移動していた。彼らが指さすショーウィンドウの中をつられてのぞこうとしている小さなピチューになんて気づくはずもなく、皆、もうすぐ我が物になるマラサダに夢中である。
 ハウはピチューが他のお客さんに踏みつぶされては大変と、慌てて抱き上げて注文列に並んだ。大丈夫だよー、マラサダ美味しいよー、どの味がいい? と興奮した様子のピチューをなだめながら二人分を注文し、なんとか席についた。
「それじゃあマラサダいただきまーす!」
 くんくんとマラサダの匂いをかいでいるピチューの前で、ハウは大きく口を開けて自分のにかぶりついてみせた。じーっとハウを見つめるピチュー。もぐもぐと口を動かしながらピチューに微笑むハウ。
 とうとうピチューも、ぱくっとマラサダにかじりついた。とたん、その目がきらきらと輝き始める。ぱちっとほお袋から小さな火花が散る。それから夢中でマラサダを食べ始めた。
「気に入ってもらえたみたいで良かったよー。」
 初めての甘味に文字通り電気がはじけるほど喜んでいるピチューを愛しげに見つめながら、ハウも自分のマラサダを食べ進めた。

「さてっと! そろそろいいものが近づいてきたよ、ピチュー!」
 マラサダショップを後にして、再びハウオリシティの街路を歩きながらハウは言う。街にはやわらかな影が落ちていた。二人で散歩を始めてからずいぶん時間が経っていた。ピチューは一日中ハウと一緒に歩き回って、植物の名前を教えてもらい、たくさんの人やポケモンとすれ違って、とびっきり甘いマラサダを食べて楽しんだのに、この上まだ「いいもの」があるのかと驚き喜んだのだろう。高い鳴き声を一つ上げると、歩くハウの足元をぬって駆けまわった。
「あはは、ピチュー危ないよ。おれの足当たっちゃうよー。」
 困ってまゆを下げながらも、すりすりとなつっこく体を寄せるピチューの毛が肌に触れるのを、ハウはもちろん悪く思わなかった。
 そうしてじゃれあいながらハウとピチューがやって来たのは、ポートエリアだった。
 ぐんと強くなる潮の香りと、鼓膜をくすぐる波の音。数羽のキャモメがはるか頭上でハウたちを追い越し、海の方へ飛んでいった。
「見て! ピチュー!」
 ハウが示した先には、燃えるような夕日が輝いていた。
 空は赤く染まり、静かにゆれながら出港の時を待つ連絡船がその中に黒々と浮かんでいる。太陽の下にできた一筋の光の橋が、波の動きに合わせてきらめいた。
「ねー、夕焼けきれいでしょー。晴れた日のこの時間、ここでだけ見られる景色だよー。これをきみと見たかったんだー。」
 ハウがピチューを抱え上げると、ピチューは腕の中でじっとその空を、海を、港と船を見つめていた。あまりに動かないので心配になって顔をのぞきこむと、ピチューは嬉しそうに二、三度鳴いた。それでハウもにっこりして、夕暮れのポートエリアを眺めた。ポケモンが何を美しいと思うのかは分からないが、自分の見たこの夕空の色が、ピチューの瞳に映る色と同じだといいなとハウは思う。
 それは、一日の終わりを告げる優しい色に世界中が包まれているような、不思議な時間だった。
「これから何度だって一緒に夕焼け見ようねー。」
 西日を浴びてきらきらと温かな色になったピチューを、ハウはぎゅうっと抱きしめた。
「アローラで一番きれいな夕焼けが見える場所、探しに行こう。それでそれでー、そうやって島巡りしながらたくさん鍛えてさー……。」
 ハウはそこで一度言葉を切り、ピチューを降ろした。見上げるピチューに笑いかけると、波止場の先端に向かって走りだす。ピチューもそれを追いかける。
 コンクリートが途切れたぎりぎりのふち、まだ見ぬ広い世界に一番近い場所で、ハウは思いきり息を吸いこんだ。筒状にした両手を口に当てて、海に向かって一気に吐きだす。

「本気のじーちゃんに、勝つぞーっ!!」

 ハウの真似をしたピチューの遠吠えがそれに続いた。本気のじーちゃんに勝つための、心強い仲間の声。ハウはそれが嬉しくて、周りの人がちょっと驚いた様子で二人を見ているのも気にせずに、ピチューとぱちんと手を合わせた。

カイ ( 2018/01/12(金) 22:07 )