ハウとケケンカニ
第3話
 アシレーヌとケケンカニに傷薬やきのみを与えた後、ハウは改めてケケンカニに礼を言った。
「ありがとー、ケケンカニ。きみのおかげでニューラの群れをやっつけられたよー。」
 ケケンカニは答える代わりにすっと立ち上がると、アシレーヌと向かい合って拳を構えた。ちらりとハウを見るケケンカニの視線は、礼ならバトルで返せと言っているようだ。どうあってもアシレーヌと戦いたいらしい。
 思えば初めて出会った時以外、マケンカニとの戦闘はずっと避けていた。もちろん無意味に争う必要はないと思ってのことだったが、彼にとってはそれが不満だったのかもしれない。
 ハウは腹をすえ、うなずいた。
「そうだよね。最初のバトル、まだ決着ついてないもんなー。」
 アシレーヌもいいー? と尋ねると、アシレーヌは元気よく鳴いてケケンカニの正面に立った。
 ようやく望みの戦いができることを察したケケンカニは、そわそわと興奮したように体を揺らし、右のはさみをぶるるんぶるるんと振って、ちょっと鳴き声を上げる。バトル相手として背筋を伸ばし立つハウは、そんなケケンカニに対し自然と言葉を返していた。
「うん、もちろん手加減なんてしないよー。おれたちだって、あの頃よりもっと成長したんだからー!」
 答えるようにケケンカニが吠えた。
 それが戦闘開始の合図だった。
「アシレーヌ、うたかたのアリア!」
 高い歌声が響き、無数の水泡が現れた。それらはケケンカニの巨体の上で縦横無尽にはじけ飛んだが、ケケンカニは体中から水を滴らせながらも距離を詰め、接近戦に持ちこもうと食い下がる。その軌道が、ただ泡の爆発を避けようとしているだけではないことにハウは気がついた。
(あっ、背中に障害物を持ってこないようにしてるんだ。)
 アシマリの水鉄砲でマケンカニを木の幹にたたきつけたバトルを思い出し、ハウはふっと微笑む。初戦の失敗を今なお教訓にしているとは、なかなか手強い相手だ。
 ケケンカニが思い切り拳を振りかぶった。
「爆裂パンチだ! 大きな動きで来るよー! よく見てかわして!」
 ハウの指示の下、アシレーヌは注意深くケケンカニを見つめた後、ばっとその場から飛び退いた。直後、強烈な拳がアシレーヌのいた場所に振り下ろされて地面がえぐれる。
 よし、と思ったのも束の間、ケケンカニはすぐに次の動作に入った。反対の拳が大きく上がり、再び爆裂パンチか? それともインファイト? と判断を下そうとしたハウの目に入ったのは、そのどちらにも当てはまらない予備現象だった。振りかぶったケケンカニの腕が、アリアの水泡から得た水をも利用してみるみる凍りついていく! 何だあれはという驚嘆よりも、何か分からないけどまずいという危機感の方が先立ったのは幸いだった。
「ムーンフォース!」
 とっさに選択した技が、ケケンカニの攻撃よりもほんの数秒早く発動した。アシレーヌの内から月の力がほとばしり、光となってケケンカニを飲みこむ。一閃が周囲を白く焼き尽くし、洞窟内に本来の暗さが戻った時には、目を回して地面に倒れたケケンカニの姿があった。
「ケケンカニ!」
 勝負はついた。
 ハウはケケンカニに駆け寄り、ほのかに光る石の塊をリュックから取り出して、ケケンカニにあてがった。石がはらむ生命エネルギーがすうと溶けこむと、ケケンカニは目をぱちくりと開けてハウを見た。そしておもむろに息を吐いた。負けたのだと、理解したようだった。
「いいバトルだったよー。ありがとう、ケケンカニ。」
 とんとんと体をなでてやる。銀色の毛はまだしっとりと濡れていて、かすかに光を跳ね返した。
 ケケンカニはハウに支えられるようにして起き上がった。そのゆっくりとした動きは敗北の悔しさよりも、念願叶った充足感、まだまだ先があることへの希望に満ちているように見えた。ケケンカニの望みに応えてやることができて、ハウも一安心だった。
 ところが、そのまま満足してどこへなりとも去るかと思われたケケンカニは、立ちあがったままじっとハウを見つめ動かなかった。大きな体にちょこんとついた小さな目が、黒々と光をたたえこちらを見下ろしている。ハウはそれを不思議そうに眺めていたが、やがてはっとして、そうっと口を開いた。
「もしかして……おれと一緒に来たいの?」
 ケケンカニがうなずいた。ハウの心臓がどくんと鳴った。
 初めてマケンカニとバトルした時。あの時はハウのほうが、彼を仲間に加えようとモンスターボールに手を伸ばしたのだった。しかしその動作を完遂しなかったのは、完遂できなかったのは、ただ彼がマケンカニという種族のポケモンだったから。祖父のエースであるケケンカニに進化するポケモンだと、知っていたからだった。
 もちろん今もその事実は変わらない。けれどもそれ以上に、目の前にいる彼の戦い方、秘めた能力、強い情熱に、ハウは惹かれていた。そこに種族とか、誰が持っているポケモンだとか、関係なかった。
 ハウは目を閉じる。一つ深呼吸をする。本当に強い思いを持った者しかたどりつけないこの場所で、吐息が白く形になって宙に浮かんだ。
「おれさー、じーちゃんの本気を引き出すのに、じーちゃんと同じポケモン使ったら意味ないって思ってた。自信もなかったんだ。でもそれって、きみにすごーく失礼な考え方だったよね。」
 ハウは、あの時はそらしてしまった目で、今は真っ直ぐにケケンカニを見る。ケケンカニ、と名を呼ぶと、彼もまた真っ直ぐな目でハウを見つめ返した。
「おれからもお願いするよ。おれと一緒に戦ってほしい。じーちゃんに勝って、チャンピオンにも勝って、一緒にてっぺんまで行こう!」
 そして空のモンスターボールを取り出し、ケケンカニに差しだした。



ケケンカニは盟友と拳を合わせるかのように、右のはさみでボール中央のボタンを突く。瞬間、ボールが二つに割れケケンカニが吸いこまれた。
 かちりと小さな音を立て、ハウの手の中でボールは閉じた。
 ハウはしばらくそのモンスターボールを見つめた後、丁寧にボールホルダーに収納すると、アシレーヌの方を振り向いた。
「アシレーヌもお疲れ様。ポケモンセンターに戻ったら、みんなにもケケンカニのこと紹介しようねー。」
 嬉しそうにうなずくアシレーヌを、ボールに戻す。
 思えばマケンカニと再会した時、アシレーヌの特訓中だったのは幸いだった。彼は他ならぬアシレーヌと決着をつけたかったのだろうから。勝敗のつかなかったバトルを終わらせようと、信念を貫いて険しい山にも登り、見事目的を果たしたケケンカニに対して、ハウは人とポケモンの壁を超えた敬服の念を抱いた。そんなケケンカニが自分のボールを選んでくれたことを誇りに思うし、彼の隣に立って恥ずかしくないトレーナーでありたいと願った。
「おれも、決着をつけなきゃ。」
 今日はいったん山頂近くのポケモンセンターに戻り、あと少しだけポケモンたちの調整をしたら。
 きっ、と顔を上げたハウの目には強い光が宿っていた。

カイ ( 2018/09/20(木) 07:34 )