01
年の瀬が近づくにつれて、小さなラルトスの眠気は少しずつ強くなっていた。子供とはいえ、大晦日に8時なんて時刻に寝るのもどうだろう、なんて思って、よく公共放送とかでありそうな何時間も続く歌番組とかを見て、こたつでぬくぬくとみかんを食べて過ごそうという魂胆だ。けれども、流石にそろそろきつい。親は大晦日なのに帰ってきてないし、ストーブ付けっ放しだし、眠たいし、こっそり開けたお菓子食べ切ってないしでゆらゆら揺れていた。
ピンポーンッと、インターホンが鳴ったのはその時で、危うく眠るところだった目を擦って、お父さんよりお母さんの方だとアタリをつけてこたつを出て玄関にトントンっと歩いて行った。ガチャリとノブを回すと、案外にもそのどちらでもなかった。
「よっしゃ!まだ起きてる暇そうなポケモンいて助かったよ!ちょっと手伝ってくれないかね?」
さらりとした毒舌。デリバードのシーズンはとっくに過ぎているのに何を言ってんだこのもじゃもじゃは。ラルトスは(目は相手には見えないだろうが)酷い形相で睨みつける。ついでに、心の中も読んでおく。これもラルトスの特技の一つだ。だが案外心の中もおんなじようなことを思っているらしい。つまり、思ってることがすぐ口に出るタイプだ。
「ちょっとちょっと!そんな顔で睨まないで!怪しいポケモンじゃないよ!そもそもここら辺じゃ家も少ないからここを頼らせてもらっただけだしね!」
若干のフランクさが妙に腹がたつ。お父さんお母さんからの言いつけで、知らない人が来たらドアを閉めなさいと言われているため、そのようにしようとした。
「待って待って無口なラルトスちゃん!話聞いてよ!」
けれども、ラルトスもまだ子供。こんな風に言われると、ちょっと気になってしまって食いついてしまう。
「実はだね、僕らもじゃひげはクリスマスの後も絶賛残業中でお仕事が入ってるんだ!それをラルトスちゃんに手伝ってもらいたいのさ!」
お腹をポンっと叩く。配達か何か?
「僕らはクリスマスの後も、こうして街を歩いて『新しい年』を配っているのさ!」
下手したらタチの悪い下手くそな訪問販売だが、ラルトスは意外と信じ込んだ。それも仕方なし。ファンシー空間なのだし、何が起こってもしょうがない。むしろ、信じる根拠さえできた。デリバードはたしかに、12月の24日の夜以降、全く見ない。その間、何をしていたかと考えることは少しあった。もっとも、そもそも12月の24日以降見ない理由は他にもあるが。
「けれども、ちょっと配達が遅れててね!そこで、さっき言った通り君に手伝って欲しいわけさ!」
ビシッと指をさされた。態度がいちいち癪に触るデリバードだが、やはり悪いやつではないらしい。ラルトスは快く首を縦に振った。
「それじゃあちょっと待ってね!」
デリバードは袋の中から小さな袋を出した。色々突っ込みたいかもしれないがその辺はひとまず心に置いておくとしよう。
「この小さな袋の中身を君のいる町のみんなのポストに入れて来て欲しいんだ!寒いだろうから、耳当てをあげよう!」
そこはマフラーじゃないだろうか、って顔をしたら、察してくれた。
「いや〜君の前にも他の町で何人かに頼んでてね!マフラーとコートとセーターとマッチは無くなっちゃったんだ!」
それにしても耳当てはどうかと思った。だが、数ある選択肢からすんなりとマッチを受け取ったポケモンもいるみたいだし、我慢することにした。
「それじゃ頼んだよ!タイムリミットは年が変わるまで!じゃあ僕は他の町に配達に行ってくるよ!アディオス!」
デリバードはそれから、パタパタと羽ばたいて飛ぶ……ことはなく、とりあえず歩いて立ち去って行った。
ラルトスは袋の中をのぞく。キラキラ発光している紙がたくさん入っている。何故発光しているのかとかは分からないが、こんな紙切れ一枚が『新しい年』なのかと思ってちょっとだけがっかりもした。けど、割と綺麗な紙だ。書かれている文字は、年齢的な方の理由で分からないが、おそらくそれらしいことだろう。
紙を戻し、袋を担ぎ、胸を張って一歩二歩と歩き出した。ラルトスはまだ、これが名誉ある仕事だと思ってるらしい。残業をタダで手伝わされていることは、気づかない方が幸せではあるが。
☆☆
町は年越しということもあって家の中、あるいはコミケ(と、ラルトスのお兄さんから教えられたところ。ラルトスのお兄さんのキルリアもそこに行っている)で過ごしているポケモンが多いらしい。それでもいるにはいるが、まだラルトスが恥ずかしがるほどでもない。
一軒一軒を回り、家のポストの中にキラキラの紙を投函する。投函するたびに、その家が幸せになった気分になって、少しずつラルトスもノってきた。しかも、こんな嬉しい仕事をしているだけでなく、なんと夜更かしだって事実上認められたようなものだ。こんなに嬉しいことはないだろう。気分良さそうに歩いて、リズムよくポストの中にキラキラの紙を入れる。
昨日も遊んだ友達の家も、喧嘩してうまく話せない友達の家も回る。新年を前に、友達がらみで悩んでいたことも全部スッキリした気分になった。
最後の一軒のポストを回り、仕事納め、終了!と、ラルトスは気分良く帰ろうとした時だった。袋の中に一枚だけ残っている。ラルトスは不思議がった。あのもじゃひげが数を間違えたかな?回れていない家があったのかな?数を間違えているなら今頃もじゃひげが飛んでくる気もする。文字通り飛んでくるわけじゃないが。回れていない家があるようにも思えない。そこでラルトスはハッとした。そうだ、自分の家にだけ出していない。ラルトスは大急ぎで袋を担ぎ直し、走ろうとする。
その時に、除夜の鐘が鳴り始めてしまった。一回、二回、三回……ラルトスは大急ぎで走る。早くしないと、自分の家だけ新しい年が来てくれない。一〇一、一〇ニ、一〇三、一〇四……自分の家が見えて来た。息が切れて苦しいけれど、それでも頑張って走る。一〇五、一〇六、一〇七……急げ急げ、体を急かした。
ふっと、体が後ろに引っ張られた気がした。つまづいた。行きでは気にしないような小石に、足を取られてしまった。そして、……一〇八回。間に合わなかった。
それからラルトスは一人で玄関の前で泣いていた。
「どうしたんだい!泣いてちゃ新年にふさわしくないじゃないか?」
肩を叩かれた(というより揺さぶられた)のはあのデリバードだった。一枚のキラキラの紙を見せた。事情を分かってくれたらしい。
「それなら心配ご無用さ!ほらほら、ゆっくり深呼吸して!」
ラルトスは、泣きながら、ゆっくり息を吸って、吐いた。気分が少し落ち着く。
「そう!そのままゆっくりと目を閉じて、また目を開けてごらん?」
言われた通りに、ラルトスはゆっくりと目を閉じていく。
☆☆
再び目を開けると、ラルトスはこたつで眠っていた。目を擦ると、ストーブは消えているのが分かる。
「あ、母さん。ラルトス、目覚ましたよ」
「ほんと?もう少し寝てるかと思ったけど」
お兄さんの声、ついで、お母さんの声が聞こえる。
「起きたか、ラルトス。じゃあお父さんと一緒に初詣行くか!」
お父さんもいたらしい。寝ぼけた頭で、首を横に振る。がっかりしたお父さんが見えた。
「じゃあ、ラルトス、新聞取って来てちょうだい」
お母さんに言われて、ラルトスは新聞を取ってくる。ポストの中には、沢山の紙が入っていた。寝ぼけているのに、やけに見覚えがあり、むしろキラキラ光ってないことに違和感を覚える。
お母さんにその紙を見せに行った。
「あぁ、良かったわね。今年もいっぱい届いたみたいね、年賀状!」
その年賀状の束の中にはもちろん、ラルトスの仲のいい友達も、喧嘩して話しづらかった友達のも入っていたが、一通だけ、ラルトス宛に、送り主の分からないサンタのハンコのついた場違いな年賀状があったのは、言うまでもない。