はじめましてと、ありがとうと、よろしくねと、
例えばこの洞窟が明るかったりとか、例えばもう少し寒かったりしたら、きっと、こいつは居場所を失っていたんだと思う。私も、お母さんからもらった自分用のお弁当を広げた。最近通いつめで連日外出なせいか、冷凍食品っぽいやつが多い。
「……あれっ」
は……箸がない……。この歳になってもピンク色のかわいい……よりは『きゃわいい』、な箸を使ってるのもどうかしてるかな、って思って、お母さんに割り箸を持ってくから、なんて見え張っちゃったからかなぁ。まぁ緊急事態。
隣に目をやる。最初の感想は『ゴツい』。身長は大差ないのだけども、人とは骨格が違って肩が広く、足がどっしりとしているから風格が出ていた。その風格のまま、もしも血をダラダラと口からこぼしながら他のポケモンの肉をバキ、バキ、なんて音を立てて食していれば完璧だった。紛れもなくホラーだ。映画とかなら平気だけど、私は血の匂いがするだけでダメだから完璧アウト。
偏屈だって目でさっきも見られちゃったけど、大型竜も果物が主食でいいの?体格が大きいってことは、その分食事もたくさん取らないとお腹が空いて死んじゃう。ましてや、私らだって菜の物みたいなローカロリーで生きていける気もしない。ストレス社会だし。
本題から逸れちゃったけど、えーと……なんだったかなぁ。……そう!箸がない!手で食べるのは、隣で実践してくれてるけどもやる気にはなれない。唐揚げくらいならパクってできそうだけど、冷凍じゃないゾーンに煮物が入っているのが厳しい。おまけにお米がいつも通り敷き詰められていて、こっちも厳しい。ご飯には、今日は気を利かせてくれたのかふりかけをかけてくれているから、余計に手では食べにくく、余計に食欲をそそってくれる。気遣いに苦しめられる日が来るなんて。
結局、そのままお弁当箱は閉じた。帰ったら食べよう。唐揚げくらいなら、って気分で食べたらもっと食べたくなっちゃうし。そう思っちゃって……お腹すいたぁ……。ググゥ……、って、お腹が鳴ったみたい。最近はちょっと自分についたお肉が気になるし、ダイエットって思っておこうっと……。
「痛っ、いたたっ!な、何?クリムガン」
鮫肌痛い……。でも、それ気にしてうるうるした目で見られると今度は心が痛い……。手に抱えた、半分に割ったオレン(ジ)に優しさを感じたけど、さっき決めたからね。これはダイエット!手を顔の前に出して、「ノー」を意味してみる。通じたかな?申し訳なさそうに、勿体なさそうに噛り付いている。あぁ……美味しそう……。唾を飲み込んで耐えたけど、空腹は増すばかり。
実際のところ、帰れば済む話なんだけど、そうもいかない理由が二、三個。一つ目は、実は私、ただいま就活中。ま、そゆこと。二つ目は、ここはカントー(あるいは関東)地方の山間部の小さな洞穴で、いるはずもないと思っていた大型生物にこの間、まさに運命的な出会いを果たしてしまって、会いに来て話し相手になるよ、ってな約束を取り付けちゃったこと。三つ目は私情で、こういう生き物がいる、ていうのを思っちゃうと、放っておけない性分。もちろん、私だけの秘密。たとえカレシができても言わない。彼氏より先に職を見つけないとなんだけどね。それと、この生き物、いわゆる、ゲーム『ポケットモンスター』における登場ポケモンのクリムガンに特徴が非常に酷似している。というか一緒。つま先から翼まで全部が全部クリムガンしてる。私もね、学生の頃やらにやったから覚えてる。……あぁ、あの時勉強しとけばなぁ。
職探せ、っていわれそうだけども、やっぱ、離れたくないわけ。こいつの特性は『鮫肌』で、触れた相手を傷つけてしまう、フレンドリー完全拒否体質なわけだから、居着いたところで私が痛いばっかりなんだけど、こいつ、よく見たら愛嬌あるの。挙動というか、そっちの方は本当に可愛い。ドジっ子っているじゃん?あーゆー感じ。
「あ、心配させちゃった?」
無言で俯かれたら心配する、かぁ〜……萌え要素か何かな?癒しの波動を感じる。
「ごめんごめ〜ん、今ね、前の面接のこと考えててさー。聞いてくれる?ひっどいの!ほんと!」
結局、それから2時間くらい愚痴った。社会人になったら今の倍にはなるんだろうなぁ。クリムガンは頷きつつ、黙って聞いててくれた。こういう人欲しかったわけ!何も言わないから、吐き出して終わり!しかも、共感してくれてる風!気分いいね〜。
「おっと、そろそろ……じゃあね〜」
立ち上がる。あとにする。手を振ると、振り返してくれた。可愛いなぁ、まったく。洞穴を出ると、二、三日浴びてなかったのでは、ってくらい、西日の光が眩しく感じた。帰ったらお弁当食べちゃわないとなぁ。
〜〜
いとしさ、それは時に
〜〜
クリムガンは、その場所に佇んでいた。目の前で、『ヒト』は、とても弱々しくも倒れた。彼にとっては、もしかするとちょっとした喧嘩のちょっとしたどつきだったかもしれなかった。数秒間、青ざめた景色を眺めたポケモンは、主でもない『ヒト』に近づき、意識おろか、あるべきものの喪失に気付いた。嘆いた。頭を抱えた。愚鈍。愚行。自責。呵責。
昂揚していたから突き落とされた。本当に、『癒しの波動』なんて使えなかった。使えたら、今この状況で、効果はなくとも使ったろうに。
次いで流した涙の意味はなんだろう。流れた雫が、洞窟内を制圧しはじめた赤い液体と混ざった。発生源は、『怪物』の目の前の変死体と、変死体から離れた右腕だった。
はじめましてと、ありがとうと、よろしくねと、さようなら。