某所、某湖畔
from.水君
to.ヒト
 湖があった。美しい湖だった。そんな、リッシ湖やシンジ湖のような、世界有数とまではいかないのだろうが、日の出の光を反射した水面は、月や星を映し出した湖上は、そこに住むポケモン達の何にも変えがたい遺産だった。
 ヒトから見れば、水資源だった。太った大柄の男が、自分の手をパンパンッ、と叩くだけで、湖の畔は何かの工場になった。何かを生み出し、何かを湖に捨て続けた。ヒトと同じく水も汚れた。水と同じく水中に住むポケモンも死んだ。
 やがて空から、何かの爆撃で、工場は跡形もなくなってしまった。一部は湖の奥底に沈んでいった。
 それからずっと、この大きな水溜りは、くすんだ色のままだった。私は、ここでの眺め、原風景であったその頃を記憶している。愚かしい。湖のそばの高台で、私はため息を吐いた。一時期には伝説のポケモンにも勝るにも劣らないレベルの高度な文明を築いた種族の末路が自滅。自然的制裁、という言い方もできる。種としての数は減らしたが、未だに統括意識は根強く残っているらしい。モンスターボールなどという捕獲兵器で、今でもポケモンを従えようとする。
 ヒトも知っているようだが、私は水を一瞬で浄化することができる。だが、彼等が行なったことに、私が責任を取る理由はまるでない。ポケモンを見捨てるような言い分だが、見捨てたのは私ではなくヒトだ。

 朝日が完全に登り切ろうとしていた。北風が冷たさを増す。この地には、もはや用はない。目線を変える時に、景色に変化を捉えた。ヒトだ。大きな袋を抱えて、側にコイルを従えて、辺りを見回している。私は高台から降り、崖を滑り降りて木陰に身を潜めた。そのヒトは、老齢と見受けられる。杖を頼りに前に進んでいる。老人はコイルに指示を出した。コイルはフワフワと移動した後、湖の中へ身を沈めた。意図を察した。コイルの両側のマグネット、基、磁石は、鉄を引きつける。これにより湖底の金属を回収する魂胆なのだろう。
 はっきり言って、無駄なことだ。湖はそもそもに水質自体がポケモンが住むに適さず、尚且つ、沈んでいる金属が全て鉄製とも限らない。あれだけ好き放題した彼等は、後始末としてはこんな方法しか持たないのか。つくづく嘆かわしい。

 やがて、コイルが湖底から浮き上がってきた。右の磁石には、コイルと同じ大きさの機械部品がくっついていた。それを袋に入れ、老人は帰った。その一部始終を眺め、哀れだと思ったものの、むしろ、そんな手間のかかるやり方をし出す彼らに興味を持った。

 次の日も老人は来た。同じように底から同じ大きさの部品を引き上げた。こんなことがほぼ毎日続いた。雨が降ろうと傘をさし、風が吹こうと杖にしがみつき、その様相は自然の後手後手に回っているようで、見るに耐えない。惨めだった。

 一年弱が過ぎてから、老人は来なくなった。数日間、音沙汰がなくなった。もう見るものもないはずなのに、私はその場を立ち去らなかった。またふらっとあの老人がここに足を運ぶのを期待しているのかもしれない。自分の行動に違和感を感じるが、不思議とその違和感の排除には行き着かなかった。

 その後、やって来たのは青年だった。側にはレアコイルを連れている。同じく湖から機械部品を引き上げようとしている。私は、その意味を知った。ヒトは、所詮そんなものなのだろう。嘆かわしくはなかった。愚かしくは思わなかった。

 美しかった。

 茂みから身を乗り出した。湖の中央に降り立つ。青年が腰を抜かした様に座り込んだ。
全ての力を持って。私が触れた部分から水が透明度を得ていく。湖の真下まで見える程、透き通った色だった。私は、青年の方を向いた。驚いた顔は隠しきれていない。

「じじいの言うこと、……本当だったのか……」

 フッと、笑ってやった。所詮、彼等も、私も含めて自然には勝てない種族だ。だが、ヒト……いや、“人間”も……まだ捨てたものではないらしい。北風が冷たくなる。私はその風に乗り、遠くへ遠くへと飛び去った。

フィーゴン ( 2016/12/19(月) 18:36 )