ちいさなコリンク
特に何をするでもない。
私は電車に揺らされていた。窓の外は点々と輝く光だけしか見えず、今日も同じように通り過ぎようとしている。
次はハクタイシティというアナウンスを聞き、立ち上がってドアの前で開くのを待つ。だんだんと速度が落ちて、ちょうどいい場所にぴったり止まる。ドアが開くと、外にプラットフォームという名前のコンクリートが姿を現す。何度も見続けた風景。そのせいか、うっとうしさを感じる。駅を出て住宅街を歩いた。薄暗い道の端で電灯の灯りだけが浮かぶ。
ふと、目線を下ろした。暗闇の中に何かいる。近づいてみると、一匹のちいさなコリンクが電信柱に寄りかかる形で倒れていた。捨て子…もしくは親とはぐれたかだろう。痩せ細った体といい、何かのポケモンに襲われたのか頬にできた深い傷といい、衰弱しているのは目に見えてわかった。
ゆっくりと抱き上げた。稼ぎはまあまあだが、家に帰れば牛乳くらいは出せるだろう。別に善行というわけではなかった。ただ、道の端で苦しそうな顔をしていたコリンクがなぜか今の自分のように見えて仕方がなかっただけだった。
家に帰り、冷蔵庫から牛乳を取り出す。皿に移してコリンクの前に持っていった。ふらふらと動いているようだが、ゆっくりとなら自力で飲む力はあるらしい。私はコリンクが牛乳を舌で少しずつなめる姿を黙ってじっと見ていた。
飼えるはずもないので、一晩は泊めてやったが、翌日、出勤のついでに野生に帰してやった。それで、その事は忘れることにするはずだった。
二日ぐらい後、帰宅するとあのコリンクが玄関にいた。頬の傷はきっちりと残っているが、前よりも顔色はよくなっている。私はコリンクを家に入れ、適当にだがもてなしてやった。前みたいに牛乳を出してやったり、ポケモンに与えていいのかは知らないが、酒のツマミを分けてやったりもした。それで次の日に野生に帰した。
それからというものの、コリンクは定期的に家に来るようになった。話し相手になってもらった。うっとうしい上司への愚痴とか、休暇がもらえないとか、いろいろ付き合ってもらった。コリンクは私の話を理解しているかどうかは知らないがちゃんと聞いてくれた。
生きる………というか、人生…………というか、そういうのに光が差した気がした。希望という言葉は好きではないが、今の私はまちがいなくそれに当てはまるのだろう。帰宅するとコリンクを探している自分に驚いたこともあった。
半年が経った冬のある日。かなりの間コリンクが来ていないことに気づいた。まあ、そんなこともあるだろうと思っていたが、一週間ぐらいしてもコリンクは来なかった。半年も付き合っていると愛情とかいうやつが生まれるのだろう。だんだんと心配になってきた。
もしかすると…………。そんなことばかり考えるようになっていった。
休日、雪が降った。午前中で既に二〇センチは積もっている。外の気温は氷点下を下回り、本格的に冬になったことを実感させられた。
……………………………死んだな。そう思った。食べ物だってあるか分からない。そもそもまだ自立できるほど成長していない子供だ。この厳しい環境で生き残る術を持っているものかどうかも怪しい。だが、心の中ではまだ生きているのではないかということを考えてしまう。そうやって考えているうちに、雪もどんどん積もっていく。居ても立ってもいられなくなり、家を飛び出した。どこにいるかというあてもなかった。それでも探し続けた。近くの森、川、時々滑り落ちてけがもしたが探し続けた。たった一匹の話し相手を。まるで我が子を探すかのように必死だった。
辺りが暗くなっても、コリンクは見つからなかった。割り切る他になかった。いつもの仕事より数倍動いただろうに、体は疲れを感じていなかった。
一ヶ月くらい経った。地元の子供の中で、ある噂が流れているのを聞いた。
ものすごく強いレントラーがいるんだとか。今のところ負けなしのポケモンで、この辺にいるスカタンクとの力関係が子供の中での関心の的らしい。私も休日に散歩に出たりして、その結果を知ろうとした。やはりあいつには惹かれる物があった。
以外と早い段階でその結果は知ることができた。
空き地で例のスカタンクとレントラーが対峙していた。レントラーの頬には見覚えのある傷が見受けられた。まちがいない。どこで聞き付けたのか、子供も少し集まっている。スカタンクは威嚇のつもりか唸り声を上げた。しかし、レントラーは一切唸らない。まるで王者のように泰然と相手を見据えているだけだった。
数分の見合いの末、スカタンクのほうが逃げていった。乱闘を期待していた子供たちはつまんなそうに帰っていった。私はレントラーを呼んだが、振り向きもせずにどこかへ行ってしまった。
それからというものの、レントラーは私の前に姿を見せることはなかった。
だが、私のまぶたからは紺色の英雄が離れることはなかった。