二話 ポケモンたちの世界
『まず、あなたは元々いた世界で死んでしまいました。しかし、とある事情により、このポケモンの世界で生き返り、フライゴンとして生まれ変わったのです』
やはり、僕は一度死んでしまったらしい。しかし、とある事情とは何なのだろう。はぐらかしている辺り、聞かない方がいいのだろうか。
『おそらくこの先、あなたは元の世界へ戻ることはできないでしょう。つまり、この世界で生きていかなければなりません』
元の世界へは戻れないのか。だけど、正直心残りはなかった。特に未練や執着があったわけでもないし、むしろあの世界から逃げたいと思っていたほどだ。
『そこで、それをサポートさせていただくのが私、“天使”です。“天使さん”と気軽に呼んでくださいね』
自称天使さんは、間を置いて次の話に移った。
『それで、質問させていただきますが、名前は覚えていますか?』
「え?」
天使さんから単調な質問を投げかけられ、思わずふ抜けた声を出してしまった。もちろん覚えている。僕の名前は…。
「………あれ?」
何故だろう。必死に考えるが全く思い出せない。人間だった頃の記憶自体は残っているのに、名前の部分だけは何かで覆われたかのようだ。
(…ごめん。全然分からない)
『そうですか…。では、ここで自分の名前を決めてください。この世界ではカタカナが主流なので、なるべくそれに合わせてお願いします』
自分の名前を決めるのか…。急に言われても、何も出てこない。見方を変えれば僕の第二の人生になるわけだし、半端なものにはできない。僕はしばらく黙り込んだ。しっくりくるものはないだろうか。見上げると、真っ青な空の中に照り輝く太陽が見える。この前見たプラタナスの何倍も眩しいのに、不思議と温かみを感じる。何か強いエネルギーを感じる。………決めた。
「僕の名前はサンです。真っ赤な太陽の」
『わかりました。サンさん。これからよろしくお願いしますね』
(よろしく、天使さん)
右も左も分からないこの世界だけど、腐っていたとはいえ“男”だ。しっかりしなければ。こんなことを思うなんて、あの頃じゃ考えられないけど。
『あの〜、すみませんが……』
天使さんが話しかけてきた。まだ話していないことでもあるのだろうか。
『実は……』
『生き返るとき、手違いでいろいろありまして……。今、あなたは“オス”じゃなくて“メス”なんですよ…』
〜〜
「……死にたい……」
天使さんに驚愕の事実を伝えられてから、五回くらいそう呟いている。さっきから天使さんにいろいろフォローされているが、僕の潰れた豆腐メンタルは直ることを知らなかった。
『とりあえず元気出してください。ポケモンだとオスでもメスでも恋愛対象以外ほとんど変わりませんから』
「そこが一番問題なんだよ!」
ついこの間まで腐っていたとはいえ若輩者真っ盛りだったっていうのに、急に性転換して男好きになれってどういうことだ。神と手違いを一生恨んでやる。
『落ち着いてください。別にレズとかそういうのになったっていいじゃないですか。考え方次第でOKですよ』
何がOKだ。思いっきりアウトじゃないか。R-18超えちまうじゃないか。薄い本が厚い本になっちまうじゃないか。
『…もう話が進まないのでその話はおいときましょう』
ぐぬぬ……。受け入れるしかないのか…。僕は大きなため息をひとつ吐いた。
『これから、職業を見つけるために近くの街に向かいます。名前はトレジャータウン。ここ、トレジャーアイランドではそこそこ有名な街です。右側に煙突の煙がちらちらと見えるのがわかりますか?』
僕は右を見た。今まで気づかなかったが、木々の向こうで煙が上がっているのが見える。
『そちらへずっと進んでください。背中の方に力を入れると、飛ぶこともできるので』
(OK。やってみるよ)
僕は煙の方へと羽ばたいた。初めて飛んだ空は澄んでいた。