四話 捩れ
「私は、ええと、トレジャータウンの古いお家に住んでいたんです。ええと……大陸……ここですね。ここの国からの戦争の火の手から逃げる形で行きついて、ひっそり暮らしていたのです。それである日、フィレンさんが私に話しかけてきたんです」
「俺が?」
「はい。……忘れません。お店であれこれと夕ご飯を買っていた時に話しかけてくれて……」
違う、そんなはずはない……と、声に出してしまいそうだった所をぐっと抑えた。抑えはしたが違うのは確かだ。ノンの他に、メグ、ソア、カロトがいて、メグとソアがけんかしているところに俺が、サンを引き連れて割って入った。ノンの喋りでは、ノンの他の四者の勘定がすっぽり抜けて、そもそもの場面設定すら変わっている。
「それで……最初は、変なポケモンさんだなぁって思ってたんですが……私が、お兄ちゃんのことを明かしたら、フィレンさんが言ってくれたんです」
「……『俺がお前の兄ちゃんのとこまで連れて行ってやる』って。最初は断ったんです。その時の私は、自分が誰かと一緒にいると不幸になっちゃうんだって思って。でもフィレンさんは、まったく気にしないどころか、そんなものは吹っ飛ばしてやるって。……私が悲しそうな顔をしている方が嫌だからって……それで、私は、フィレンさんの旅に同行することにしたんです」
「……」
「実際、フィレンさんとの旅で、私の考えは良いほうに変わってくれました。いろんな森、いろんな山、大きな海も超えて、この大陸までたどり着く中で、たくさんのポケモンさんとお話して、それで、私にとってのお兄ちゃんたちやフィレンさんのように、私も、フィレンさんやお兄ちゃんたちにとって大切なんだって……。お兄ちゃんの手掛かりはまだ少ししかないですけれど……でも、きっとすぐ近くにいるって思うんです!ほんのちょっと前までは全然そんな風には思えなかったのに、今はずっとそんな気がして……」
俺の知らない俺は、そんなことをしていたらしい。どうしよう。ばっちり覚えている、なんていうことが間違いであることはわかる。いくら俺の姿をした別のやつがノンにいろんなことをしてやっていたとして、そいつはあくまで別のやつで、俺は俺なのだ。俺が見てきたノンというポケモンは、メグやソアを強く慕っていて、ライのやつにやっと会えた時には大泣きして。サンがいなくなった後も、俺のことを何度も気遣ってくた。俺がノンを助けた……?馬鹿を言え。俺は、ノンに助けられたことばかりだった。ほかの探検隊員についてもそうだ。俺は、誰かに助けられたことはあっても、誰かの助けになれたことはない。そんな中途半端だからサンは……。いや、今そのことを考えても仕方ない。
大事なのは……この冒険が『俺とノンだけのもの』になっていることだ。俺の知っているこれまでの物語と大きく乖離しているのはそこだろう。メグは。ソアは。サンは。もっともっとたくさんいた『あいつら』は全員、今、何処にいるんだ。
積もる疑問はある。俺も頭を回してみる。しかしながら特に原因だとか答えだとかは思いつかない。カロトなら、どう考えたんだろう。
ただ、目の前のラティアスが、記憶だとか経験してきた冒険がまるで違うにしても、「ノン」であること。それだけは間違いない。
「サンキューな、ノン。いろいろ助かった」
「あ、ええと……はい、それならよかった、の、ですけれど……でも、どうして急に……?」
「ちょっと、な」
ここにいるノンは、「もしも探検隊には加わらず、俺と二匹でずっと旅をしていた場合」のノンなのだと、そこから思った。となると俺は、一年以上の付き合いがあったにもかかわらず、ノンとあまり打ち解けられなかったらしい。少し遠慮がちな態度がそれを物語っている。そうか……俺一匹じゃ、ノンを笑顔にはできなかったのか。少し無力さを感じた。
「なぁ、ノン」
「は、はい?」
「こんなとこにまで来といて、今更だけどよ。ノンはどうして、俺についてきてくれたんだ?」
となるとノンは、そんな頼りない俺だけを頼ってずっとついてきてくれていたことになる。それこそ、こんな野中に一匹で探索に向かわせるような「俺」に、だ。途中で見限ってもいいくらいじゃないか。
「えっと、それは……その……」
「私は、正直その時はあまり、フィレンさんのことをあまり信じ切れていないところはあったのですが、でも……何かしなきゃって、そうしなきゃダメだって、強く思ったんです」
ノンの眼は据わっていた。
「このまま小さなお家で、お兄ちゃんのことをすっかり忘れちゃうまでずっと暮らすなんて嫌だったから……」
俺は、今までノンは受け身なところが多いと思っていた。それはここ最近の、探検隊が消える直前までの頃にも思ってたことだった。優しすぎて、人からの頼み事にはノーと言いきれない。誰かの悪意にさらされることも多い。なんだったら誘拐されたこともあったか。
でも、考えればノンは、『自分で決めて』探検隊に入ったんだった。メグにそう聞いた。ノンは進んで困難な道を選んだ。ノンにとってのライが、そうさせるほどのポケモンであるだけとは思えない。本当はノンは、強い自分を持っている。揺れない物を持っている。
「ノンも、すげえんだな」
「……ひゃい……?」
「いや、なんでもない。こっちの話だ」
「……うぅ、え、ええと、さっきからフィレンさん、自分とばっかりお話している感じです……」
俯きながらあれやこれやといろいろを思っていると、目の前のポケモンは拗ねてしまったらしい。不満げな顔もかわいいが、機嫌を損ねてしまうのは本望じゃない。
「あ、わりぃわりぃ!俺らしくなかったな!」
頭を掻いて苦笑いをした。そうだな、少し俺らしくなかったかもしれない。
「……でも、少しホッとしました」
「へ?」
「フィレンさん、最近ずっと思いつめたような顔をしていて、なんだか……その、とっても切り詰めているみたいで……私に探索を任せたるって言ってたときも、ほんとに心が疲れているみたいだったから、その……私も、何かできないかっていっぱい頑張ってみたのですが……」
「そう、だったのか」
やっぱり、元の「俺」も少し頼りなかったらしい。なら、しっかりしてやらなければいけない。メグがいない、ライがいない。じゃあこのかわいいラティアスのことを誰が守る?……決まってんだろ。