三話 スイッチング
「……っ!ノン!」
間違うはずがあるだろうか。絶対にない。俺はすぐ駆け寄って彼女を抱きしめた。
「わひゃっ!?フィ、フィレンさん!ど、どど、どうしたんですか!?」
「よかった……いてくれて、ほんとによかった……」
「な、何を言っているのですか……?先にいなくなったのはフィレンさんの方ですし……」
「……ん?どういうことだ?」
先にいなくなったのは……俺?いや、あの時は間違いなく俺の前から全員が消えた。当然、ノンもそうだ。何かかみ合っていないのか……?
「で、ですから、私が」
「いや、ノンはずっと俺等とキャンプを……」
「わけわかんないこと言わないでください!と、というか……」
目を合わせると、顔を真っ赤にして慌てふためいているノンが、恥じらいながら俺を見ている。
「そ、そろそろ……離れていただかないと、私……げ、限界というか……」
「……あ、す、すまん!」
慌てて離れる。普通ならメグから一発お見舞いされてるから、切り上げどころを失ってしまった。ノンは呼吸を整えた後、少し文句ありげに見つめてくる。
「わ、悪い……」
って、反省するのも大事だが、今はそこじゃない。
「なあ、俺がどっかいったって話だが……」
「は、はい」
「俺は、お前が先にどっか行ったと思っていたんだが……」
ぽかーんとノンは俺を見てくる。
「えーと……た、確かに……見方によれば私が先にフィレンさんから離れたとも言えなくもないのですが……でも、それはフィレンさんが言ったことですし……」
「俺が?」
「はい、舗装された道があれば今後の旅が楽になるはずだから、……透明化して、近くの地理を調べてきて……ほしいって……」
「……」
なんだ……?何を言っているんだ、ノン。お前にそんなこと、頼んだか?そんなはずないだろ。だって、そういうのを頼むのはカロトの仕事だし、仮に俺が頼むとしてもそんな役回りをノンに引き受けさせようとは思わない。俺自身が行くか、或いはライだとかボーバンだとかに任せるところだ。
「……フィレン……さん……?」
目の前にいるのはノンだ。だが、俺の知っているノンではまるでないように思える。それこそ、メグが前に話していた、現ギルド基地となったノンの家にこもっていたとかいう頃のノンの様子に近い。おどおどとして、自信がない。楽しそうに話をしているいつもとは違う。
「……ええと……ほかのみんなは?」
「……はへ?」
「いや、ほかのみんなのことだ。メグとか、ソアとか、カロトとか……あいつらは」
「あの……フィレンさん……」
「その……どなたの話です……?」
「どなたって……どういうことだ」
「その、どこの宿で居合わせた方のことなのか……覚えていないので……」
「は、はぁ……?いや、探検隊のみんなのことだって!冗談はよせって!お前も知ってんだろ!」
「え、ええと……その……」
ノンは戸惑っていた。俺がキツい口調で喋ったのもあるかもしれない。ノンの普段の性格からしても、今のノンの様子からしても、メグのからかいに付き合わされているとかではないらしい。まさか、本当に忘れちまったっていうのか?あんなに一緒だったんだぞ。お前だってあいつらと楽しそうに話していただろ。それをどうして忘れることなんてできるんだ。どうしてそんなことができるんだ。
ノンは俺の顔をみて少し怯えた。どうやら相当怖い顔をしているらしい。でも、仕方ないだろ。こんな顔をしている原因はノンにあるんだ。ノンが、まさかこれだけの冒険を共にしてきたパートナーたちを忘れるような、そんな……。
「……」
深呼吸をした。きっと今が、「俺が考える」場面だ。少なくとも、感情任せにノンを責めてどうにかなるものじゃない。
「なあ、ノン。少しおかしな話かもしれないが……これまでのことを話しちゃくれねぇか」
「え?か、構いませんが……どこから……?」
「そうだな……俺と出会ってからのこと全部だ」