二話 消失
誰もいない丘を、遣る瀬無く走っていた。息が切れて、もう倒れる寸前まで来ている。でも、心が望みを求めて足を前に出す。折れてしまったらおしまいだ。それもこれも、三十分ほど前からずっと。
全部消えた。
何もかも消えた。
自分の野営道具の他には、周りには何もなかった。一つの探検隊、俺たちの探検隊が丸ごと消えた。それから、何かのドッキリだと思いつつ、村民にあいつらがどこへ行ったか尋ねに行った。
「し、知らないだぬ……。探検隊なんて、何のことだか……。そもそも、お客人とわしは初対面だぬ。ポケモン探しなら他をあたってほしいだぬ……」
息が完全に切れて、膝をついた。走り回っても何も見えてはこない。ずっとずっと、暗い空の下で背の低い草が無責任に揺れているだけだ。心臓が吐き出しそうなほど痛い。視界がかすむ。なんだ、どういうことだ。何もわからない。最初の混乱は今では恐怖心に成り替わり、俺の心を締め上げる。
尻をついて、座り込んだ。腰のポーチから水筒を取り出して、口もとへ運ぶ。だが、震える手からするりと抜け落ち、中身をトクトクとこぼしながら丘を転がっていった。それを拾う気にもなれない。何も考えられないと頭を抱えた。
原因はなんだ。黒幕は誰だ。こんな精神攻撃を仕掛ける奴はどいつだ。
だが、こんな急にしかも、十数のポケモンをその痕跡ごと消すなんて、もはや神だ。ありえない。
もしかすると、今まで見ていたものも夢だったのか。現実では俺だけでずっと旅をしていたってのか。おかしいのは俺の方か。
だがこれまでの、現実としか呼べない体験のすべてはどうなる?今までの生涯のすべてを、ただの夢で済ましていいはずもない。
……あぁ、もう何もわからない。あのいつもの頭痛で目をつむった瞬間突然……。
「……頭痛……?」
そうだ。そもそもあの頭痛は何だったんだ。普段から結構な頻度で起きているせいでここ最近は慣れきってしまっていたが、改めて考えると、不自然極まりない。ノンに勧められて一日休暇を貰ったりもしたが、全く改善しない。唐突には始まって、ずっと続いている。
「……だぁぁぁぁああ!わっかんねぇ!!!」
考えることは俺の得意分野じゃない。そういうのはライとかカロトとかの仕事だ。そうじゃねぇか。俺が訳の分からない状況にうだうだと頭を掻いていても何にもならない。ならやることはシンプルだ。
探す。見つからないにしても、俺にできるのは、まずは自分の足を使うことだ。悪い奴につかまってんならぶっ倒す。だろ?
正直、心細さともいえるものはあるし、見つからないのかもしれない。なんだったら、そもそもあいつらが消えていなくなってしまったんじゃないかってのも考えられる。でも、俺がそんなことを考えたところで、それをどうできるわけでもない。誰か見つかれば、そいつに知恵を借りよう。もしかしたら、先にサンに合えるかもしれない。その時は全部を話して一緒に世界中を探すんだ。誰も見つからないとしても、手掛かりをいくらでも探し出して、何が起こったのかを必ず突き止めてやろう。俺が必死に頭を回すのはそれからだ。
「よし、やるぞぉっ!!!」
右手を大きく上げると、なんとなく気分が上がった。これから何でもできる、そんな全能感が湧き上がってくる。神だか何だか知らねえが、どんな奴でもかかってこい。
「……たっ!いたた……」
後ろから声が聞こえた。びっくりして後ろを振り返る。ちょうど後ろの方に生えていた木に背中をぶつけてしまったらしく、痛そうにしている。そこにいたのは……。
「あ、ぇ……ええと……。フィ、レン……さん……。お邪魔でした……か?」
もじもじときまり悪そうに顔を伏せているラティアス。ノンだった。