九十九話 shoot(狙い撃つ)
===前回のあらすじ===
フィレンやノンたちは、順調に死線をかいくぐり、うまく乗り越えただろうけど、僕はというと……以前にぼろ負けした相手だ。それでも、なんとしてでも引き下がれない。全力を尽くして頑張るのみ……だけど、また同じ展開……そんな中クレイが放った言葉は……。
「ここまでとしておくとしよう」
「なっ……!」
予想外だった。まさか、見逃すというのか……?
「そんな状態ではもう戦えなかろう。私も死にかけのポッポを狩るような趣味は無い。そもそも、貴様を殺すことは禁じられてはいないが命じれてもいない。それよりも、私の横を通り過ぎた奴を追うのが遥かに賢明だという判断だ」
つまり……僕がもう役立たずだから放っておく、ということか……!当然、そんなことは……。
「さ、させ……ない……」
後ろを向いたクレイに食らいつくように歩く。クレイがこちらを向いた。感覚の薄くなった足を動かす。左腕からの出血を止める右手は押さえたまま、ゆっくりとだが、歩けるようには歩ける。
「まだ……戦……え……」
出血を抑えるのをやめ、無理に右手を地面にかざして……『地震』を……。
ヒュウンッ!
「……がぁっ!……」
『冷凍ビーム』が正確に右手を捉えた。冷たい。痛い。痛い。
「戦えない、現実とはこういうものだ。どうなろうとお前はもう私を止める力がないのだから、何もできない分ここで待っているがいい。大将首と目的のもの以外なら置いて行ってやろう」
クレイは、また前を向いた。僕は……僕は……いや、まだ歩ける。まだ……まだ……戦える……!ここで意地を見せなきゃ、また同じだ……!
「ま……待て……!」
「……ほう」
クレイは、もう一度、『冷凍ビーム』を放つ。今度は右手ではなく、胴体に。避けられるわけもない。
「ぐっ……あぁっ……!」
冷たい。 痛い、痛い。体が痛い。心臓に小さな麻痺がかかる。ショックで頭が白くなる。
「邪魔をするなときっぱりと言わなければわからないか。それとも、実力行使で分からせてやろうか」
でもまだ、もう少しだけ……意識よ、保ってくれ……!ここで負けたら……!
「やって……みろ……。僕は……負けたり……なんか……」
「……よかろう」
ダークライの手に、再度、氷の結晶が生成された。『冷凍ビーム』が来る。当たれば……本当に……厳しいかもしれない。でも、避けることもできそうにない。
翅を動かそうともがく。
足を早めようともがく。
技を出そうとあがく。
どれもうまくいかない、どうにもうまくいってくれない。
まずい……まずい……!このままじゃ……!
「『波動弾』!」
クレイの態勢が崩れた。技の宣言とともに、青色のエネルギー弾がクレイに命中する。倒れはしないが、『冷凍ビーム』は逸れた。エネルギー弾の発生源には……。
「フィ、フィレン!」
「遅れてすまない、サン!……っておいおい、ズタボロじゃねーか」
「アルトとの……は……」
「勝ったからここに来たんだよ。いいからそこ代われ。お前は休んでろ」
助けに来てくれた……!僕は、少し後退りする。フィレンが前に出て、手にもう一度『波動弾』を生成する。
「つまらない友情ごっこか」
「それで負けたら文句ないよな?」
「知ったことか。私はそのフライゴンごときには確実に勝てるデータがあるが、お前のことは眼中になかった」
「ここでお前が負けたら、俺に負けたんじゃなくて俺とサンに負けたことになることを忘れんなよ?」
フィレンはニッと笑う。
「ならば勝利は確定したも同然。くだらぬ友情の鎖にかられては、お前も実力では戦えまい」
クレイも、先頭の体勢をとった。
「舐めてもらっちゃ困るね」
『神速』、早速急接近!奇襲攻撃だ。回避したクレイに対応、相手に技を打たせるどころか、距離を取る隙すら与えさせず、猛攻を続ける。回し蹴りから、『神速』、裏取りが決まった……!そのまま一発を決め、その勢いのまま、さらに攻め手を続ける。悪タイプであるダークライと、格闘タイプであるルカリオ、優劣も相性でくっきりと出ている。
「すごい……」
先ほどの僕の戦いとは大違いだ。クレイが押されている。クレイはあるタイミングで技をあしらい、うまく距離をとった。お互いに見合う。
「ふむ……想定内とはいえたしかに腕はいい」
「褒めても何も出ねぇぞ?」
フィレンはもう一度、攻撃の準備を開始する。仕留め損なった、という思いしかなさそうだ。
「腕が立ち、今後障壁となりうる存在は、消さなくばならない。まだ見せるには早いやもしれんが、まぁいいだろう」
悪寒。急に、背筋を走る嫌な予感がした。
クレイは、ゆっくりと、くらい穴の中から何かを取り出す。かチャリという金属の小さな衝突音が聞こえた。あれは……。
「……なんだそれ」
あれは……あれは……………まさか……………。
手に馴染む形状、人類が生み出した、中遠距離で猛威を誇る『武器』……。そうだ……この世界で、『剣』さえ知らないポケモンたちが、『あれ』のことを知っているはずない。
弾薬が込められ、ガチャリと音を鳴らして撃鉄を下ろしてセットする。
その発射口が、フィレンの方を向いていく。
その引き金に指が添えられていく。
見ているだけで分かった。
フィレンは分かっていない。
「フィレン!伏せろ!!」
乾いた銃声。ピストルは今撃たれた。弾丸はまっすぐフィレンの方へ飛んでいく。
〜〜
外した、いや、外れた。動体視力は並ではないらしい。体を捻って弾丸軌道から逃げている。フィレンの後ろの柱に、局所的に窪みができる。フィレンは、それをまじまじと見ていた。
「やべぇな……」
窪みからは小さな煙が出ており、その威力を物語っていた。
「けど、掴めた」
フィレンは、そう呟いた。そして、『神速』をかける。クレイは再びフィレンに四発撃つが、全て当たらない。全て『見切った』ようだ。それでも危険だ。だが、それも考慮せず、フィレンはクレイの懐に潜り込む。
「『インファイト』!」
早く終わらせようと決定打を放ちにいった。
「『悪の波動』!」
しかし、牽制がかかる。フィレンが技を見て後退りした隙に、クレイも距離を取る。そして、自分の持ち物を、オモチャのようにガチャガチャと弄り始めた。
「ふむ……やはり鉄鋼オタクの打ち立てた理想論とは役に立たんな。生身なら殺傷力はポケモンの技の数千倍だそうだが、それでも結局効果が薄いポケモンも多いらしい」
独り言をぼやく。だが、急にクレイは銃を弄るのをやめた。
「……いや、まだ使い道は一つあるか、たとえば……」
クレイは、銃口を前に立てた。拳銃は……僕の方を向いている。
「……っ!」
体がいうことを聞かない。動けない……。
「……!サン!」
このままじゃ……。
殺され……!
「……眠れ」
パァンッ!
乾いた音が室内に響く。僕は、誰かに押されていた。フィレンの胸部から鮮血が弾け飛んでいた。