九十六話 そして誰もが駆けていく
==前回のあらすじ==
総力戦の色を呈して来た『大空の塔』攻略戦。みんなが他の敵を食い止めてくれている中、僕らは上の階を目指す。そこで会ったのはセレアだった。
「出て来たか」
陽光が差す。透き通るような桃色の羽は朱を帯びていた。眼には、使命感と決意があった。ただでは通してくれないことは自明。
「先日は……お世話になりました。あなた方との日々、とても楽しかったですよ」
「退屈だった、の間違いなんじゃないのか?口車にはもう乗れねぇし、元から乗せられるような俺じゃない」
挑発。ライは、キッと鋭くセレアを睨んだ。僕も……まぁ裏切られた気分だったから、あまり良い感情は浮かばない。
「本当に世話になったって思ってるんなら、道を通してくれても良いんじゃねーの?」
フィレンも、同じ気持ちらしい。手でセレアを指し示す。
「残念ですが、それは叶いません。私にも、私の使命(つとめ)というものがあるのですから」
下を向き、決意を吐き出すように語った。目を瞑って、まさに彼女は、交戦が逃れられない運命として受け止めようとしていた。
「私の肩書きは偽物でしたが、意(おもい)は真実です。皆さんの助け合いの姿は、非常に感動いたしました」
少しずつ目を開いていく。澄んだ桃色が、水色の光を帯びる。
「ですが、それでもここは通せません。あなた方を想う故にも、あなた方にはこれ以上、私たちの邪魔はさせません」
顔を上げた。切る視線は真っ直ぐ前を捉えている。
本気だ。
「任せろ」
ライが前に進み出る。
「俺が相手をする」
僕等を背にし、掌に微弱な波動を起こす。
「ライ、いいの……?」
「この勝負は、大将を先に向かわせた方の勝ちだ。それにな……」
後ろを振り返った。はにかんだ。その笑顔は、爽やかな好青年のものだった。
「こいつには、騙し合いで一度負けている」
「……オーケー!ライ、ここは任せた!僕らは先行くよ!」
「……あぁ、先に行って、この島の運命をかっさらって来い!」
僕等は、走り出したソアの後ろに続き、セレアの横を通り過ぎた。セレアは攻撃しようともしなかった。僕は後ろを振り返りながら、先の階段を駆け上がっていった。
〜〜
「よろしかったのですか。皆さんを行かせてしまって」
「お前こそ、虚勢張るのはやめろ。見苦しい」
「……分かりましたとも。つまりは」
______GameStart.
「徹底的に抗えば良い、とのことですね」
〜〜
ライと別れて、さらに三十分ほどが経ったと思う。ソアが階数を数えなくなったため、僕等まで階層を把握しきれなくなってしまった。
「おい、こっちだ!」
フィレンが階段を見つけた。僕は目の前の敵の前で岩雪崩を放って軽くあしらい、後方のフィレンの方へ低空飛行で進む。
「サンー!乗せてー!」
その途中、手を振っていたソアの手を掴んで乗せ、増えてきた敵の間を掻い潜った。フィレンは、こっちに向かって波動弾を構える。……オーケー。
階段まで全速力で突っ込んだ後に、フィレンがすれ違いに波動弾を放った。
「進むぞ!」
「オーケー!」
声二つで階段を登る。フィレンもようやく頼もしくなってきた。
上の階は静まり返っていた。これは、ゲームで言うところのボスステージっぽいところ。妙に広い一室。やっぱり都合の良すぎる配置だ。柱が少なく、隠密的な戦いに向かない。そして、案の定か中央には……。
「……来ちゃった、かぁー……」
バシャーモの姿があった。アルト……フィレンはそう呼んでいたポケモンだ。
「……久々だな、アルト」
「そっちこそ、あまり変わってないじゃん?」
「訳ねぇって。これでも俺、結構変わった方だぞ?波動弾も覚え直したんだ」
アルトは、驚いた顔をしていた。そして、少し笑っていた。
「……へぇ、あんたが……そう」
笑うのをやめた。腕を下ろし、拳を握った。顔が俯いた。口から悔しさが吐き出そうになっているのを、必死にこらえているようだった。
「あたし、何か変われたかな……」
「他と変わってるところならたくさんあるだろ」
「余計なお世話だっての!……ったく……」
フィレンは大げさに笑っていた。アルトに呆れられているらしいということにも相まって、一段と大げさに笑っていた。笑い声を少しずつ落とし、そして息を一つ吐いた。
「……よし、お喋りはこれくらいにしておくか」
「……あたし的には、戦いたくないんだけど……」
「そのためにここで喋るのをやめるんだよ。思い出話に花を咲かせちゃ、また俺がミスるからな」
敵前にして、フィレンは微笑みかけていた。これが、フィレンのできうる最大限の優しさなのかもしれない。アルトの握った拳は、ややほどけていた。
「……そ、……」
「ありがと」
その一言の後からは、彼……彼女は、瞬き一つで目の色が変わった。やけに落ち着いた変貌だった。フィレンの話では、急に苦しみ出したとのことだったのに。彼女は、攻城兵器と成り果てた。ようだった。
「先に行ってろ。俺が引き受けとく」
「……分かった。ソア、行こう」
「うん!」
僕はフィレンに従った。階段の方へ向かう僕等に、アルトが右脚で回し蹴りを仕掛ける。『神速』が、それよりも早くに対応する。
「さてと……バシャーモさんよ」
風が追いついた。
「俺を倒せるバシャーモってのは、アルトだけだぜ?」
回し蹴りを腕で完全に止めたフィレンは、瞬き一つで目の色を変えた。やけに奮い立った変化だった。前のフィレンは、こうじゃなかったろうに。
〜〜
九階、八階、そして七階は今降りました。カロトさんがそろそろ、苦しそうな息遣いになります。私の癒しの波動も、もう何回使えるかが分かりません。幸いか、あるいは裏に何かあるのか、ここまで敵さんとの遭遇はありません。好都合ですが、むしろ違和感すら覚えてしまいます。しかし、そんなことに悠長に好奇心を抱いている場合でもありません。メグさんのところまで行けば、簡易的な治療道具を持っているフゥさんに頼んで、応急処置がなせます。混戦が予想されもっとも危険であるため、というのが一つでしたが、私が持つべきだったと、今では心残りが湧いて来ています。後悔しても遅いのは分かっているつもりなのですが、もっとしっかりしていれば、と、自責は止みません。
六階の階段を降り、五階へ。これでもう少しといったところです。ここから……。
「……おい、なんでそっちから来てるんだよ!」
……こんなところで……。私はその場でへこたれてしまいました。いつぞやのキリキザンさんです。名前は忘れてしまいましたが、私を誘拐した方だったのは覚えています。
「先鋒のはずなのに、何故こんなに待たされるのかと思っていたら、まさか、お前ら、ショートカットでも使っただろ!」
相性は私にとって最悪です。勝てない、と、その一瞬で分かったのです。涙が出そうになりました。ついてないなぁ……なんて、自分の悪運のせいにしちゃって、ほんと参っちゃいます。私の実力不足、というのがいいところなのに。
「お、おい……そんな、急にしょげた顔するな……ただちょっと腹を立てただけじゃないか……こっちが悪いみたいじゃないか……」
カロトさん、ごめんなさい……。私、最後まで……役に立たなくて……。
いえ、そうではないはず。いつもいつも、みんなが何をして来たでしょう。どんなに不利なところでも、正解を探して、ある方はその拳を揮い、ある方はデータを取り、お兄ちゃんや私の背中のこの方は知恵を絞っていたのです。
ここで、私だけくじけてはならないのです。
私は、誰かを救いたい。
私は、誰かを支えたい。
私は、誰かを幸せにしたい。
今まで、誰かにそうしてもらえたから。
ソアさんのように
お兄ちゃんのように
皆さんのように
なりたい_____
カロトさんを、少しの間柱の影、攻撃が当たらないところに。態勢を固定して、なるべく血が出ないようにします。
「き、切り替えてくれたか……それならこちらとしても嬉しい。では、手合わせ願おう。私は……」
さぁ、とっとと、私の全力を出しましょう。
これが、私なりの恩返しとなりますように。
そう流星(ほし)に願いながら。