百話 あと、それから、これから、
尻をついた僕は咄嗟に立ち上がって、駆け寄った。
フィレンは立ち上がらない。銃弾を受けたところから、夥しく血が流れ落ちていく。
心拍はある。
手は痙攣している。
けれど息がない。
血は止まらない。
死んでしまうかもしれない。
呼びかけても応答がない。
何度呼びかけても反応がない。
それどころか嗚咽もない。
心拍も小さくなってきた。
血はそれでも止まらない。
本当に死ぬのかもしれない。
フィレンが死ぬのかもしれない。
「あ……あぁ……」
フィレンが、『僕のせい』で死ぬかもしれない。
「まさか、本当にかかるとはな。友情に踊らされると隙を突かれるとも分かっていなかったか」
フィレンが……フィレンが……。
言葉にできない罪悪感がのしかかった。不安と後悔で勝手に苦しくなった。涙がポロポロ溢れてくる。ごめんなさいと謝っても足りない。いつもいつも、だらしない僕を、引っ張ってきてくれていた。そのことにも、ずっと気付けずにいた。だからフィレンが……フィレンが……僕のせいで……。
「……っ!……かはっ!!……はぁ……はぁ……」
「フィレン!」
「さ…………サ……ン……」
口から血を吐き出した。
気管に詰まってたらしい。
けど、呼吸は絶えず早い。
「わ……わりぃ…………はぁ……はぁ……俺……」
「喋っちゃダメだよ!無理しないで!」
胸のあたりから、空気の抜ける音も聞こえる。
血はやはり止まらない。
抑えても抑えても止まらない。
視界が潤んでぼやけていく。
またどうしようもなく謝る。
また足手まといだったと謝る。
僕がもっとしっかりしていれば、フィレンがこんな目に遭わずに済んだのだろうか。
そんな保証はひとつとしてない。
けれど、こんなことになったのは、やっぱり全部僕のせいだった。
「すま……ない……俺……の…………こと……は……かはっ!……はぁ……いい……から……」
フィレンが絶え絶えしい息遣いで言葉を発する。僕は、それを見た上で、フィレンを抱きかかえる。そんなこと、できないよ。
思えばここまで頼りっきりだった。思い出してみても、いつも誰かに助けられていた。それなのに、僕は、それに気づいてもなかった。ただ強くなったと思っていた。僕は、初めから僕のままでしかなかった。なんだよ、前世から何も変わってない。倒れたフィレンを抱きかかえて、僕はもう一度、ごめんなさいと呟いた。そして、
「友情ごっこは終わったか」
僕は、フィレンを安静に寝かせる。自分の橙のスカーフをフィレンの胸元の銃痕に巻きつける。止血になればいい。小さな思いだ。そして、向かい合う。僕の敵と。体はボロボロ、そうでなくても勝ち目なんてハナからない。けどさっき、フィレンは言ってくれた。このダークライを倒せば、『僕とフィレン』が倒したことになるって。ちゃんとフィレンは、僕のことを見てくれていた。その気持ちに、応えよう。フィレンの敵討ちも兼ねよう。それもあるけど……単に、全て僕が悪いはずなのに、理不尽に許せないだけってのもある。だから倒す。それでいい。それ以下であってもそれ以上ではないのだから。
「絶対に……」
少しずつ、壊れた人形のようになっていく感覚がなぜかとことん愛しく感じた。自分の体が何かに支配されていく気がした。
「許さない……」
大きな歯車ひとつのせいで動いている気分だった。その大きな歯車は、さっきの衝撃で、もう止まりそうにない。
「……待っ……サン……!」
もう、何も失いたくない。
傷口を再び動かす。痛覚が走るはずが、特に何もない。翅を大きく動かして、低空飛行に移っても、もう痛みは感じない。『ドラゴンクロー』を準備。
「愚かな……真っ直ぐ来るなど……」
クレイは銃を構え、そのまま撃つ。かわそうとしたけど肩に当たった。当たったこと以外は分からない。右肩から血が流れているだけ。右腕だけ完全に上がらなくなった。怯まない。回転して『ドラゴンクロー』。回避される。距離を置かれる。
ニガサナイ。
もう一度……『ドラゴンクロー』……!
姿勢もめちゃくちゃでまた飛ぶ。クレイが構えた銃が、左翼の根元を狙い撃つ。突然、力が入らなくなり、地面に転がり落ちる。落下の衝撃で、足を打った。擦り傷ができた。元からある傷口がまた開いた。気にかけたことじゃない。足を打っても、まだ動ける。冷淡な目をするクレイに足を引きずって近づく。左腕で『ドラゴンクロー』を……!
ガシッ……。クレイに、振り下ろそうとした腕を掴まれた。
「……っ!ぐっ……!……っあ!」
「邪魔だ」
もがいても、強く握られていて何もできない。クレイは僕の頭に拳銃の銃口をつけた。それでも、僕はクレイを睨む。絶対に許さない、絶対に退かない。引き金にまた、指がかかっていく。
「待て」
部屋の中に、別のポケモンの声が響いた。
〜〜
「銃を下ろせ、クレイ」
「……貴様か」
クレイは銃を下ろす。僕が暴れるから、右腕は掴んだままだ。
「計画は失敗した。目的のものは塔の上に初めからなかった」
「なかった……?」
「あぁ。隠した当人は、塔にあるとは言ったが、塔の『上』にあるとは一言も言ってなかったらしい」
「まんまと嵌められたと言うことか」
計画失敗……ということは、僕らは守りきったんだ……!でも……。
「今から行くのもかなり無理がある。下はすでに制圧されているだろう。撤退する」
「わかった」
クレイに命令をすると、突如現れたヘルガーは、僕の方を向いた。そばにサーナイトをつけている。テレポートできたのだろうか
「サンという名前だったか。覚えておくと役に立つ。私の名前はベレグ。クレセントの最高指導者をやっているものだ」
クレセント……つまり敵……テキ…………フィレンを……フィレンを……!
「お前が……お前が……お前のせいで……!」
「首魁が出てきて逸る気持ちは分かるが、落ち着いて貰う必要がある。クレイ」
「ああ」
合図の後に、頸に強い衝撃を感じた。そこからのことは、何一つとして覚えていない。
〜〜
「このフライゴンは連れて行く。サーナイト、テレポートの準備だ」
「かしこまりました」
ベレグと連れのサーナイトはテレポートの準備を始める。クレイもそれに合わせて帰るつもりらしい。
「……待っ……サ……ン…………んぐっ……!」
全身に傷を負い、胸から新鮮な血液が流れ、それでももがく、フィレンの姿がそこにはあった。咽び声、時々、喉に血を詰まらせる。
「勝手にどっか……行くとか……ぐっ……卑怯って奴だろ!おい、……はぁ…………」
呼吸すらまともにできてない。それでも動いている。ふらふらと立ち上がる。
「行かせ……ねぇ……俺は……ま……まだ……お前と……」
足を動かす。その軌跡が血で染まる。顔は前を向き続けている。視界に靄がかかり始めているらしいが、それでもまっすぐ歩き続ける。
「その意、敵ながらも尊敬に値するだろう。生き延び、機会があればまた会えることもあるだろう。それまで、芯を以ってさらに強くなれ、若き青年」
ベレグは、それだけ言った。テレポーテーションが始まり、気を失ったサン共々、光彩の中に消えていった。
フィレンが伸ばした手は、何にも届くことはなかった。
〜〜
目を覚ましたのは牢獄の中だった。
「……」
状況を理解した。傷はまだ少し残っているが、手当てされた様子がある。敵を拉致してこんなところに放り込んで生かしておく理由は拷問による情報搾取か、僕をいいように使うかだろう。
フィレンは生きてくれているだろうか。死んでしまっただろうか。
あの場で生きているとは思いづらい。不安、そして後悔が僕を呑み込んでいく。
「ごめん……フィレン……」
自分の不甲斐なさが情けない。そう思うのも遅すぎたとも感じた。僕は、最初から最後まで、役立たずだった。
そうだったんだ。今まで、僕は、何も成長していなかった。たまたま弱い奴と戦ったり、強い奴と戦ってるときは、決まって誰かに助けてもらっていただけだった。あまりにも、そのことに気づくのが……。
もっと早く、誰かのためになる力を持っていたら……こんなことにならなかっただろうか?別の、明るい未来があったのだろうか。そんな選択があったかは分からないけど、きっとこうなるよりずっと良かった。僕の……ボクの責任だ。
今ままで迷惑かけてごめんなさい。
守ってくれていたことに気づかなくてごめんなさい。
強くなろうともしなくてごめんなさい。
守りきれなくて、ごめんなさい。
人生は一度きりだった。生まれ変わっても、また大地を踏みしめることになっても、たとえ肉体が変わっても、第二の人生なんて、実はなかったのかもしれない。一度しか流れないこの世界でも、僕は、また失敗したんだ。
人間の頃……人間だった頃……あの時……あの時も……そうだったように……
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あぁ、そうだった。
そうだったんだ。
僕は、何も変われてなかった。
心も、未来も、運命も、決意も。
変えられる力がどこにもなかった。
だから……だから………………
だからせめて……………………
「もうちょっと、待ってて……」
ポロポロと涙を流しながら、また弱音を吐いた。
頑張るから……ボク、強くなるから……。
〜〜
目を覚ましたのは病床の上だった。
体に負担はないが、まだ呼吸しにくい。
「……!」
俺の体の上にもたれて、椅子の上でイーブイが寝ていた。体には包帯が巻かれ、同じ種類のがそのイーブイの手にある。俺が起きたのに気づいてが、イーブイも目を覚ました。
「……ふぁ〜……あ、起きた?」
俺は首を縦に振る。……少し調子が狂った。メグは、改めて自分の状況を見て、顔を赤らめた。そして、明日から飛び降りた。
「べ、別に心配とかしてなかったから!昨日の夜は私がたまたま看病するって話だっただけだったし!あーもう!サンちゃんが居なくなってなきゃあんたなんか別に死んじゃったって……」
メグは、そこで言葉を切った。それ以上言えなくなって、そっぽを向いた。
「……サンちゃん、やっぱり連れてかれたの」
首を縦に振る。
「……そう。やっぱりね……じゃあこれ、あんたが持っといて」
メグは、俺に、少し赤黒い色の残った橙色のスカーフを渡してきた。
「なんだかんだ、私もあいつがほっとけないの。いつも頑張ってた。強い相手と戦うことになっても、逃げることもなかった。だから、あいつとまた会えた時にあんたが渡してあげなきゃ。でしょ?」
俺は、手に持ったスカーフを眺めた。俺の命を救ったスカーフだ。俺は、橙色のスカーフを腕に巻いた。こうなったのも、俺の責任だ。あいつはきっと、一人で抱え込んで寂しくやってることだろう。なら、そばにいてやらなきゃならねぇ。そのために……
「はやく、サンに会いにいくぞ」
ぼそっと、呟いたつもりだったが、隣のイーブイは黙って頷いてくれた。
〜〜
大空の塔大規模制圧作戦から数日後、炎の大陸中枢の軍事基地内で爆発が生じ、それを画策した捕虜のポケモン一匹が脱走した。
疾風戦記___to be continued