九十二話 バベルの塔 #Floor_A
===前回のあらすじ===
運がいいのか、あるいは何か裏があるのか、兎にも角にも僕らは『大空の塔』の八階層部分に侵入することができた。ここから頂上を目指して登り、何としてでもクレセントを止めなければならない。
「カロト、今ここ何階?」
「十一階。文献じゃ罠は少ないフロアとされてるけど、用心深くね」
作りは案外しっかりしていた。五百年以上前の建物とは思いにくい。劣化はほぼなし。石を組んで作られているのに、風化はまるでなく、ちょっとしたひび割れがある程度。むしろ君が悪いほど綺麗な状態で残っていた。
そして、気味の悪さはもう一つ。
「まさかこの階も、住みついてるポケモンはゼロなのかな?」
エンカウント反応がない。ダンジョン・迷宮の類といえば、セットとして用意されるのが敵遭遇。この世界では、『住処にしている』という認識で通っているポケモンたちが、この階まで全然いない。
「……カロト」
「ちゃ、ちゃんとダンジョン内の生息ポケモンはいるって書いてあったって!……あ、あれ……でも、どうだろ……」
「こんなところでヘタレモード発動させねーでくれよ、俺は目の前に出て来たやつを吹き飛ばすことしか能がないから、お前が頼りなんだぞ?」
「うぅ、うん……。でも、なんか、こう……不安、というか……」
ため息ひとつ。目が泳いじゃってて見てられない。最終決戦に相応しくない、いつも通りの雰囲気だ。
「大丈夫ですよ、カロトさん!いつも頼りになりますし、私も尊敬してます!」
「そーだよ!じしん持ってこーよ、カロト!サンに教えてもらったよー!ゆーきゃんどぅーいっと!」
You can do it.『君はできる。』という、簡単な英文だ。仕事の後、ソアに足元をぐるぐる回られた挙句に教えを請われて、伝えた言葉だ。単純なソアらしい。
「……うん、頑張ってみる。アイキャンドゥーイット、だ」
古代言語だとしても、すっと飲み込んで読み解いて、カロトはその語義に同調した。ソアがその後、「I can do it.』の意味を聞いて来たのはいうまでもない。
〜〜
二十階。煉瓦造りの横壁の隙間から冷たい風が入り込む。
「……待て」
フィレンが何かを感じ取った。
「……一つ。足音からは、そこまで大型のやつとは考えにくいが……」
「あぁ、もちろん警戒するべきだ」
初めてのエネミーの登場。ソアを抑え込むノンが大変そうなので早めに、どうするかは決めたい。あ、でもちょっとかわいい。とはいえ、僕らは壁越しに部屋の様子を確認している。うまく部屋の中の様子を確認したいのだけど、出入り口に近づくのも危ない気もする。
「……サン、例のステータスの覗き見で、透視の真似事はできないか?」
「え、透視?」
これまた考えもつかなかった。そうか、確かに、じっと見つめればステータスを割り出せるというのは、もしかすると物体的な制約もないのかもしれない。
「あぁー、やってみる」
「頼むぞ」
何だか、こうやって大々的に使うのも久々な気もする。眼に力を。最近はタイムが縮んで三秒弱でお手軽に覗けるようにもなった。別のデータも見れたらいいのに、とか考えたけど、まぁ欲張りは良くないか。色んな方向に目を向けて、グッと力を込める。反応を見れたのは意外と早かった。ギリギリだけど見える。青色の画面のようなものが見える。
「……」
「ゾロアークって……セレアとクレイを連れ出していきやがった張本人じゃねーか……」
ステータスは、攻撃力と敏捷性に優れている、いわばアタッカータイプ。ゾロアークといえば、化かすこと、つまりはイリュージョンがお得意のポケモンだが、僕のこれにかかると、それも無意味というわけだろう。嬉しいのやら悲しいのやら。
「やっぱり、あの強さは幹部級の実力だったからって考えて良さそうだね。回避能力も尋常じゃないから、相手にすると厄介だ。集団でかかるよりも、足止めに誰かを残して進んだ方がいい。早く進むべきならなおさらだ」
カロトが説明をする。流石だ。一回戦ったことのある相手なら、手玉にとるように分かっている様子。
「僕はここでは倒れられない。だからここは、フィレンかボーバンに足止めを任せて……」
「残念だけどよ、ここで真っ先に倒れるのはお前なわけ」
それは、風より早く来た。辻斬りはカロトを捉え、もう既に。