八十九話 歪む空
===前回のあらすじ===
最後の『石』の在り処が判明したが、そこはすでにクレセントの手が回っており、遅れを取ることとなった僕ら。なんとしてでも、この防衛戦を死守しよう。
ヒュウンッ!
空気抵抗の音が強く鳴る。高さ、凡そ五〇メートル、『大空の塔』の外壁から三メートルほど離れた場所から落ちたイーブイは、四肢を突っ張って地面に着陸した。本人は気にも留めなかったが、落下の衝撃で吹き飛んで気絶したポケモンもいる。少し遅れて、壁を走ってガブリアスが到着、羽ばたきながらゆっくりとフライゴンが下降した。
「はい、とりあえず目的を再確認して」
「地面にいる敵さんは絶対にこの塔を登らせるな、ですね!」
「バッチリよ」
少し毛に砂が混じったらしく、メグはパタパタと体を揺する。
「貴様ら何者だ!」
「敵襲!ポケモンを集めろー!」
すぐにでも敵意を見せたポケモンたちが集まってきた。しかし、指揮官がいないようでやや統制がない。
「ルート、バトルの腕は?」
「少なくともお前以上」
「ぶっ飛ばしていいかしら?」
「敵のことなら結構。俺のことなら、返り討ちにするだけだ」
「上等上等。やっぱ、オスはそれくらい皮肉を言えなきゃね」
地面を左前足で叩く。地盤がシーソーのように翻った。もちろん、その地盤に乗っていたコマタナはタダじゃ済まない。
「あら?これしきでへばってるようじゃ、つまらないわ」
片足だけで地盤の縁引っ張り上げていく。ニヒッ、と笑った顔は、鬼に近しい。その前足を振り上げる。
「うちのバカのせいでストレス溜まってんだから、も少し楽しませなさいよ」
畳返しのように、簡単に。
「に、逃げろー!!!!」
鈍く重い音が響き、岩盤が割れ、砂が舞う。下敷きになっているのも少なくない。
「本当はお前一匹で充分じゃないのか?」
「へぇ〜、弱音?ついに自分の無力さに気づいた、ってとこ?」
「逆だ。ここまで弱い相手なら、お前くらいの強さが充分ってな」
「あんた、今日はよく喋るわね、全く。偽物かもしれないからここで退治しとこうかしら」
「……ああそうかい」
低姿勢、走る。
刹那、後、ルートは、相手のズルッグを手からぶら下げていた。風が後から追いついた。
「じゃ、これで仲間証明になったかい?」
投げ捨てる。軌道すら見えない筋は、暗殺者のそれに似通る。
「さすがルーちゃんです!よぉーし……私も負けてらんないですね!」
詠唱、高エネルギー陣を展開。フゥの指差す頭上から、流星群(ほし)が墜ちる。流星は命中はそこそこせずとも、地形を抉り、陸上戦闘を不利に傾かせる。
「やるじゃん、フゥちゃん」
「えへへ……それほどでもないです」
「……『お前は当然だから何も言わない』、かよ」
「物分かりがいいのは助かるわ。じゃ、次のことも分かるわよね?」
「分かるさ」
顔についた血を拭う。代わりとしてか、眼球はこれでもかと血走っている。
「今日は運良く、頭が冴えてるのさ」
〜〜
「うわぁ〜……始まってる」
高みの見物というか、本当に高いところから見ている。標高の高さからの追い風の冷たさは特に気にならない。先陣をきって切り込んだ三名が、自分たちの頭数の数十倍の敵を前に圧倒している。速さ、力、技術、どれを取っても負けていない。
「おいサン。感傷に浸るのは後だぞ」
フィレンが親指で注意の方向を示す。そこでは、
「……よし、もう外れる」
岩壁に丸い穴を作り、侵入ルートをライが確保している。ガトッ、と鈍い音がして、煉瓦のブロックが外れた。要らないので下に落とす。目で追うと、相手のポケモンが当たって気絶している。
「……よし、運良くか、飛行タイプのポケモンに遭遇することなく侵入できたね」
「まぁ正規のルートじゃないしそういうもんじゃねーのか?」
確かに、塔を登るなら一階から。わざわざこんなことをしてまで七階分をショートカットしてまで奇襲をかけてくるとはつゆ知らずだったのかもしれない。
「先にフィレンが入って中を見てくれ。良さそうならソア、サン、カロト、ノン、俺の順に入る」
「おうよ」
僕が壁に開いた穴に近づく。フィレンが移動して体重が軽くなる錯覚を覚えた。穴から、中の様子をジロジロと観察する。足をダンジョン内の床に置く。良さそうらしく、右手で手招きした。順々に入る。
「ひゃっほーい!とってもひろいねー!」
能天気一名が放銃状態。だけど、感想だけ叫ぶと、クルッと僕らに向き直った。
「みんな、かくごはいいね……?」
笑みはあるが、そこには緊張感を伴わせる視線があった。
「ぜったい成功させて、この島を助けるよ!」
右手を上げて、高々と掲げた。それに説得力があって、僕らも同じように、右手を掲げる。
「セイバーズ!作戦開始!必ず全員で戻るよ!」