七十九話 貴方がいる世界なら、私はいなくてもいいから
心にぽっかり穴が空いた、よりは、心に大きな穴が、抉れるようにできた気分でした。目も口も固く閉じ、呼吸の音も微弱にさえも聞こえない。ポタポタと、洞窟内で水が滴る音が聞こえるばかりでした。私は、いつも以上に独りぼっちでした。暗闇にまた、置いてけぼり。彼の液体が、私の腕を赤く汚していました。こんな気持ちになるくらいなら____でも、出会わなければ、とてもつまらなかったことでしょう。それに、これからも、彼がいないなんて……。
洞窟を進み、ジラーチさんに願いを叶えてもらおう、という考えには、すぐに至りました。
ジラーチ。千年に一度目覚め、どんな願いも叶えるという幻のポケモン。千年に一度、というところは、噂の独り歩きとでも考えられます。すっと立ち上がりました。彼から肩掛けカバンを取り上げます。
「……少し、借りますね」
肩から回して掛け、やや赤く汚れた持ち手を強く握りしめます。
「待っててください」
返事は来なくても前を向きました。
〜〜
空気の色が変わったのがなんとなく分かりました。奥は近い。ジャストタイミング、といったところでした。カバンの中身も無くなって、襲いかかる強いポケモンたちから逃げ惑うのも精一杯の体だったのですから。尻尾を引きずって、一本の細い通路を行きます。
やけに広いところに出ました。行き止まり、ここが一番深いところでしょう。何かの気配、というのもなし。神秘性もなければ変わったところもなし。調べ回ってみますが、どこもいつも通りの石壁と天井のようで、よくある『崩れそうな壁』とかの類はありません。
そもそも、噂はデマだったんでしょうか。だとすれば、彼の死は……。何のために彼は消えてしまったのでしょうか。言い表すなら『不憫』が正しくて、報われません。せっかくの努力を、神様はこうも握りつぶしていくのでしょうか。***さんの時には感じなかったのですが、きっとエルドはこの想いを一ヶ月間ずっと感じていたのでしょう。
壁に背を預けます。自然と手が硬く握られて震え、目からは雫が滴り始めました。何度も経験し得ないような悲しみでした。切に神に願いを捧げた信徒が、そう簡単に恵みを受けるわけでもない、なんて事実のようでした。振り返ればさも当然。でも、バッドエンドは身に堪えます。
誰か、このフィナーレに救いをください。
願ったからでしょうか、そこは不明瞭ながらも、落ち込んだ視界に光彩が映り込んだのでした。顔を上げたのです。そこには、黄色の星型の頭の、白い体の妖精が、ふわふわと宙に浮かんでいたのです。
「泣いてるみたいだね、ポケモンさん。どうかしたのかい?」
「あ……あと……これ……は……その……」
驚きで声が上ずってしまいます。その様子を見てか、クスッと笑ったようです。
「じゃあ、ポケモンさん。君の名前は?」
一言一句を、ゆっくり、丁寧に話す口調。
「わ、私は……フゥと言います。フライゴンです」
「じゃあ、フゥちゃん。ここにきた目的は?」
それは、もちろん……。
「願いを叶えてもらうため……です」
私の、最愛の彼を……。
「ふむふむ、なるほど、真剣な眼差し……どうやら君の意志は相当強いようだ」
納得した、と頷いています。そして、両手を広げてこう叫ぶのです。
「それじゃあ聞かせてくれるかい?あらゆる富、名声、力。死者の蘇生だってお手の物!何でも、好きな願いをひとつ、叶えてあげよう!」
私は口を開きます。そして……そして……
これが彼の望みでしょうか。これは私の望みなのです。
これで彼は喜ぶでしょうか。これでは私しか喜びません。
彼が死んででもなし得たかったことは何だったでしょうか?
彼は誰のために必死になっていたのでしょうか。
彼は、私を助けてくれたのです。
私は、エルドを助けなければなりません。
なら、やることはひとつですよね……?
「私の、大っ嫌いなトレーナーを、蘇らせてください」
〜〜
「……へぇ〜。君、面白いね」
尖るような目つきだと思います。で、あるからこそジラーチさんは余計に面白がったのでしょう。
「これまでいろんなポケモンの願いを聞いてきたけど、嫌いな奴を蘇らせろってのは前代未聞ってやつかなぁ〜」
ふわふわと私の周りを回って、ジロジロと顔を覗いたり、翼を眺めたり、傷口の具合を確認したりしています。再び私に向き合って、顎に手を添え、うんうん、と頷きます。
「いろいろと、事情が深いようだね。……心得た!全力を持って、君の願いを叶えてあげよう!」
指を鳴らす音が響きました。そうして、ジラーチは急に光を放ち、そして______。